三十九
静香は目覚めないまま、六年が過ぎ、消された記憶も戻らなかった。
今は大学に進学しシスカにいる。宇宙工学を極めるためには、シスカの区立大学に通わなければならないのだ。頭がよければ、高校進学と同時に大学に通うことが出来、高校在学中に博士号まで取る事が可能だった。有名な科学者はみな、そうやって早い時期から社会に出て、ものすごい功績を残すものだ。北山知佳の娘である、北山郁美もそうだった。だけど凡人は、順番に卒業していくしかないのである。
シスカに引越しをした最初の日、懐かしい建物を見つけて、その屋上にある展望台に登ってみた。
建物は古くなっていたけれど、そこから見る景色は、あの時と同じだった。港に停泊している貨物船や、遠くにある宇宙センターなんかを眺めていると、後ろから懐かしい声がした。
「お兄さん一人?」
耳元にそうささやかれて、僕は飛び上がるほど驚いた。楽しそうに笑っていたのは女の子だった。
彼女とは前に会ったことがある。あれから六年。本当ならもう高校生になってもいい年齢のはずなのに、彼女はあの時と変わらぬ姿で笑っていた。
「まさかと思うけど、吉野さん?」
間違っている可能性を考えて、疑問系で名前を呼んだ。
「正解。元気にしてた? 伊勢純也くん」
話し方もしぐさも声も、すべてがあの時と変わらなかった。
「まさか」
「言ったでしょう。永遠の十二歳だって。ところで何か思い出した?」
五月とはあれから一度も会っていない。会いたいとも思わなかったし、五月の事を思い出しもしなかった。
「ま、思い出していたら、今ごろこんな所に居るわけないか」
瑞希はつまらなそうに、展望台から姿を消した。
引越ししたばかりのアパートに帰ろうとコンピューターパーツの並ぶ電気街に入っていった。ジャンクパーツばかり取り扱っている店が集まる一角を過ぎると、少しばかり治安の悪い場所がある。まだなれていなかったから、道を間違えて、運悪くその路地に入り込んでしまった。
狭い道を進んでいくと曲がり角にぶつかった。引き返すべきかどうか悩みながらもその角を曲がったとき、そこにはセーラー服を身にまとう、中学生の少女がいた。
わずかに茶色が混じったポニーテールの綺麗な髪は、腰まで届くほど長かった。ほっそりとした後姿は美しく、制服の上からでも分かる細い腕と、スカートから覗いている白い足はとても魅力的だった。
彼女の行く手を阻んでいたのは、サングラスをした黒いスーツの大男だった。彼は聞きなれない言語で叫びながら、斧のような巨大なナイフを少女の頭上に振り下ろした。
少女は向かってくるナイフを簡単にすり抜けて、男の懐に飛び込んだ。
男の動きがぴたりと止まり、顔が苦痛でゆがんでいく。
真下から振り上げられた彼女の手には、緑色に光る刀があった。
男の体から赤い液体が吹き上がり、やがて雨のように降り注いだ。
男が倒れると、光の刀は姿を消した。
振り向いた少女の服は真っ赤だった。
彼女はとても美しく、笑顔はとてもかわいかった。
そのとき僕は思い出した。
彼女との出会いと、彼女への想いを。
何一つ余すことなく思い出してしまったのだ。
「五月」
「ああジュンさん。いらしてたんですか。みっともないところをお見せしました。もう済みましたから」
以前と変わらぬ笑顔だった。
「どうかしました」
「あ、いや」
上着をぬいで彼女に着せた。
「おまえ着替え、持ってないんだろう」
「ええ」
「家に寄っていけよ」
「よろしいのですか?」
「ああ、着替えぐらい貸してやるよ」
「はい」
五月と並んで家に向かった。
とても懐かしい感じがした。