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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
38/39

三十八

 何か一つでも思い出そうと、一晩中考えていて眠れなかった。それで次の日は思いっきり遅刻をした。その上授業中にも眠ってしまった。とりあえず一眠りしない事には午後の授業も散々だと思ったから、昼休みにすこし仮眠を取ろうとした。ふらつきながらコンピューター教室にたどり着いて、まっすぐ静香のマシンに向かっていた。どうしてその場所を選んだのかはわからない。何かに呼ばれたかのように、マシンの前で眠り始めた。


 目を覚まして最初に見たのはキタヤマ三号(改)に向かっている少女だった。

 目が合うと、その子は笑った。

 その笑顔が懐かしかった。


「柏崎さん?」


 いまだに携帯の待ち受け画面に使っている写真の中の少女だった。

 柏崎五月と言う名前も知識として知っている。


「はじめまして、では無いですね」


 今残っている記憶では、五月に会うのは初めてだ。


「僕はあなたの事覚えてないんですよ。だからはじめましてで良いんだと思いますよ」

「私もたいして覚えていないんですよ。ですが、あなたの事はよく知っています」

「あの~」

「とても良いマシンですね、これ」


 五月がキタヤマ三号(改)を軽く叩いた。


「中味は、違うんですけどね」

「いいマシンですよ。でも……」


 五月はそこでいったん言葉を止めた。


「柏崎さん?」

「すいませんけど、私と一緒に来てもらえませんか」


 彼女の表情は変わらなかった。


「僕はあなたと一緒には行けません」

「どうしてですか」

「分かりません。でも、そう感じるんです」


 自分の答えに自信があった訳じゃない。だけど、そのときはそう思った。

 五月は分かりましたとだけ言い残して教室を出て行った。


 キタヤマ三号(改)の前に置いてあった紙袋に気づいたのは、五月が居なくなってからだった。中味は如月女学院中等部の制服と葉書大のメモだった。そのメモは母親宛てのメッセージで、制服を貸してもらった事へのお礼だった。差出人は五月だった。それも忘れた記憶の中での出来事だろう。女子の制服を持ち歩くのには抵抗があったけれど、これは母親宛だから、持っていかないわけにも行かなかった。


 カエデ仲通の商店街で立ち止まった。そこには沢山の酔っ払いが歩いていた。

 公園には誰も居なかった。小学生が遊ぶ時間は過ぎていたし、酔っ払いやカップルが立ち寄るには早い時間だ。ベンチに座って空を見上げると、珍しく月が見えた。


「何が見えるの」

「月」


 誰もいないはずなのに声が聞こえた。視線をおろすと、小学生が立っていた。


「ガキの時間は終わりだよ。早く帰りな」


 彼女は笑いながらベンチに座った。


「思い出した?」

「何のことだよ」

「人の記憶は機械のそれと違って完全には削除できないんだ。いつかまた、思い出すかも知れないのよ。そのことは覚えておいた方が良いとおもうよ」

「記憶を消したのは、お前かよ」

「まあね」

「どうせ消すなら、周りの人の記憶も消してくれればよかったのに」

「それは無理よ。記憶を読み込んで、該当部分を消去して、それから上書きしないといけないんだから、とても全員にできる作業じゃないし、とっても疲れるのよ。第一面倒くさいじゃない」


 まるで機械を相手にしてきるような言い方だった。


「どうして記憶を消したんだ」

「知りたい?」

「いや、いい」

「もし、あなたにとって本当に必要な存在だったなら、いつか必ず思いだすよ。だから、心配しなくても大丈夫」

「別に心配なんかしていないよ。それに、僕はもうあの人の誘いを断った」

「それは賢明だったね、うん」


 そう言って彼女はベンチから飛び降りた。


「もう会う事も無いと思うけど、まあ、元気でね」

「君、名前は」

「吉野瑞希。永遠の十二歳よ」


 瑞希は大きく手を振って、暗闇に溶けていった。


「本当に必要な存在ならば。か」


 瑞希の言葉を思い出して思わず笑った。


「多分それは無いだろう」

 

 その日、玄関の鍵が珍しく開いていた。


「遅いぞ、ジュン」


 父親と会うのは何ヶ月ぶりだろう。一応毎日家には帰ってきているけれど、時間がずれていたから、ここしばらく顔を合わせることが無かったのだ。


「夕飯が出来ているから、一緒に食べるぞ。たまには四人でな」

「四人?」


 食堂には確かに四人分の皿が並んでいた。


「お帰りジュン」


 母親が台所から顔を出した。


「お客さん?」

「何言ってるんだよ。久しぶりにって言っただろう。早く着替えて来い」


 意味がわからず部屋に戻った。私服に着替えて食堂に戻ると、すでに準備は終わっていた。正面に座っているのは、いつもの見慣れた顔だった。


「久しぶりの再会に。乾杯!」


 大人は二人でビールを開けた。

 佐友里と向かい合って座るのも随分と久しぶりだった。何となく照れている自分がおかしかった。


「私たちも乾杯しましょう。オレンジジュースで」

「何の乾杯だよ」

「そうね」


 コップを上に持ち上げたまま、佐友里はしばらく考え込んだ。


「じゃあ、私たちの未来に」

「何だよそれ」

「いいから乾杯」


 久しぶりに楽しかった。

 これで良いんだと納得した。

 五月の事も静香の事も忘れてしまおう。

 そうすれば……。

 いや。


「これで、良いんだ」

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