表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
36/39

三十六

 二人はお互いの影響範囲から少し離れた所にいた。普通の人間であっても、二人の殺気をを感じられた。


「それに葵さん。貴方の主人は、その人ではないはずです」

「そうだね。でもね、これは姫さまからの勅命だから。力ずくでも純也さんを解放しなくてならないんだよね」

「なぜ、あの方が……。まあいいでしょう。でも、ここでは私のほう有利ですから。無理をしないでお帰りください。これからジュンさんと行かなければならないところがあるんです」


 五月はかなり余裕だった。でも、五月と渡り合おうというのだから、葵もかなりの力があるに違いない。能面のような葵の表情からそれを読み取る事は出来ないけれど、たぶん間違いないだろう。

 葵も五月と同じなのだ。


 サードフレーム。


「だめだよ」


 葵が戦闘体勢に突入し、五月もそれを迎え撃つべく気合を入れた。今まさに、一艦隊を全滅出来る力同士がぶつかろうとしているのだ。危険を感じて二人から離れようと思ったとき、座り込んだままの静香を見つけた。静香に気づいて気にはしている様だったが、葵は五月と対峙している為、かまっている余裕は無いみたいだ。

 葵は静香に被害が及ばないように、五月に攻撃を仕掛けながら公園の中央に移動した。

 隙を見て、静香かかえると、近くのベンチに座らせた。

 隣に座っても静香は全く動かなかった。心配して声を掛けてみたけれど、返事が返ってこなかった。

 五月たちはしばらく睨み合っていた。まるで術を極めた者同士の戦いだった。こういう場合は下手に動いた方が負けるのだ。

 静まり返った公園に、空気を切り裂く小さな音が通り過ぎた。

 それを合図に葵が飛び出す。

 葵はすでに紫色の光刀を握っていた。

 五月はこめかみまで手を上げると、その場で軽くこぶしを握った。

 再び開いた彼女の手から、銃弾が転がり落ちる。

 葵はその隙を逃すことなく、光刀を五月に向かって突き出した。

 それは五月の胸に突き刺さった。

 赤い血が、刀の脇から少しだけ噴きだしているのが見えた。


「五月!」


 五月が傷を負うなんて、考えてもいなかった。でも、赤い血が流れていると分かったから、少しだけ安心していた。

 キサチュウの制服が血で染まる。

 目の前の光景があまりにも衝撃的で、座ったまま動けなかった。

 誰かが銃を撃ったのだ。

 それでも五月はすごかった。

 いつのまにか光刀を振り上げていた。

 葵の左腕が肩から切り落とされ、ブランコのそばまで転がった。

 返り血がまた、制服に飛び散った。

 二人とも一度安全圏に離脱したけれど、五月のダメージの方が大きいようで、胸から赤い液体が容赦なく流れ出ている。

 助けなければと立ち上がったとき、どこかで見たような黒い服の男に静止された。五月も葵も、囲まれている。


「困りましたね。どうしてこういう時に表れるのでしょう」


 五月の息はあがっている。


「自業自得だよね」


 葵も少し苦しそうだ。

 五月が死ぬなんて考えられない。それ以上

に、弱っている姿は見ていられなかった。

 でも今は、他人の心配をしている状況ではなかった。静香は自分で動くことさえ出来ないのだ。

「君たちに恨みはないが、運が悪かったと思って諦めてくれたまえ」

 目の前の男が持っているのは拳銃だった。

 もう終わったと覚悟した。頭の中に浮かんでくるのは一人でいるときの自分だった。佐友里も五月も出てこなかった。それが何だか悲しくて、心の中で笑ってしまった。

 しかしその男は引き金を引くより前に、上半身と下半身の二つに分かれた。そして地面に転がった。

 そこには、血だらけの五月が居た。


「五月」

「ごめんなさい。少し油断をしてしまいました。お怪我はありませんか」


 公園の中に、もう敵はいなかった。


「大丈夫だよ」

「そうですか、それはよかっ……」


 五月は電池が切れたみたいにその場に倒れた。声を掛けても揺さぶっても全く返事が帰ってこない。

 この程度で倒れる五月じゃないはずだ。


「悪ふざけもいい加減にしろよ。お前が死ぬなんてそんなこと……」


 そこから先は言葉にならなかった。

 いつのまにか葵がいた。


「おまえ、どうして五月を!」


 葵に掴みかかっていた。


「これは貴方を助ける為なんだけどな」

「余計なお世話なんだよ。僕は五月と――」

「だからそれは」

「そんな事はどうでも良いんだ。なんでお前らは僕たちの邪魔をするんだよ」


 葵は表情を変えなかった。


「五月の事が大好きなんだ。ただ、それだけなのに、どうして……」


 葵はそれ以上語ることなく、片手で静香を抱き上げると、公園から立ち去った。


 残されたのは沢山の死体と、動かなくなった五月と、何も出来ない少年だった。


「なんかひどいやられ方よね」


 五月を抱いまま途方にくれていると、聞き覚えのある声がした。


「五月さんともあろうお方がだらしない」


 けらけらと笑っていたのは瑞希だった。


「なあ、教えてくれよ。こんな時、僕は一体どうしたら良いんだよ」

「やっぱり、泣くのが良いんじゃない」


 頬を伝わった水滴が、五月の額に落ちていった。


「そんじゃ後は任せて、あなたは家に帰りなよ。赤くて鉄分くさい臭いが好みなら、別に止めやしないけどね。ここはすぐに片付けないといけないから」


 二つに割れた男の血が、制服にべっとりとついていた。そのまま着ている訳にも行かなかったから、五月のことは瑞希に任せて、彼女の言葉にしたがった。自分が役に立たない事は自分自身が一番正しく理解している。


「ちょっと伊勢くん」


 公園を出ようとしたとき瑞希に呼ばれた。

 彼女は手のひらを差し出しと、人差し指と中指を額に当てた。


「すべて1なら現実、すべて0なら夢。また会いましょう。あなたと私の夢の世界で」


 電撃を受けたような衝撃と、強いめまいに襲われて、そのまま意識を失った


 夢を見ていた。

 何処までも続く真っ白い世界。

 白いワンピースを来た女が一人。

 思い出したようににこりと笑った。

 彼女は何か言ったけれど、その声は届かなかった。


 意識を取り戻した時、一人でベンチに座っていた。

 公園は、いつもと同じく静かだった。


「えっと、何していたんだっけ」


 どうしてこんな所に一人でいるのか思い出せない。誰かと一緒に家を出たような気もしたけれど、それも確かな記憶じゃなかった。

 家に帰ると、母親が一人で紅茶を飲んでいた。それは、佐友里にもらったストロベリーティーだった。

 でも……。


「お帰り、早かったね」

「うん」


 何かを忘れている気がする。

 とても大切な事だと思う。

 でもそれがなんなのか思い出すことは出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ