三十五
家を出て駅に向かった。公園に、もう男たちの姿は無かった。そのことにまったく疑問を感じなかった。もはやあたりまえに受け入れていた。違和感も感じなかった。
五月と付き合うということはこういう事なんだと分かってきた。
よそ見をしながら歩いていたから、突然立ち止まった五月に気づかず、彼女の背中にぶつかった。同世代の女の子に比べてもかなり華奢に見えるけど、五月は微動だにしなかった。むしろぶつかった方が、はじかれてよろめいた。
道の真ん中に仁王立ちで、行く手をさえぎっていたのは静香だった。唇をかみ締め覚悟決めた表情だった。
「静香、何のつもりだよ」
直接実力行使に来るとは正直思っていなかった。
どんな手を使ったとしても五月に勝てるはずがない。むしろ静香の方が危険だった。
「やっと逢えたわね。柏崎さん」
静香は五月に挑戦的な態度で向かった。
「悪いけど、ジュンを帰してもらうわよ」
「だめですよ。ジュンさんはもう私のものなんですから」
二人が争う原因なっているのがとてつもなく滑稽だった。でも自分の意思で五月のもとにいるつもりだ。静香にはそう説明したはずだった。だけど……。
「いいかげんにしろよ。僕は……」
「あなたはこの女に操られているのよ。一緒にいたいという気持ちは、あなたの気持ちなんかじゃなく、五月の思いよ。目を覚ましてジュン。あなたそのままでは――」
五月が黙って一歩踏み出した。それですべてが終わったと思った。静香もあの男たちのように二度と動かなくなるのだろう。
だけどそうは成らなかった。
五月の繰り出したこぶしは、静香の目の前で何者かに止められた。
現れたのは、前にファーストフードで見かけた少女だった。瑞希と同じぐらいの年頃だけど、瑞希よりずっと大人びて見える。短い髪と細い体がその理由だとは思うけど、多くは、彼女のすました表情にあるようだった。笑った事がないような印象を与えるのは、その顔の造りだけが原因ではないとおもう。
「なぜ貴方がここに居るのですか」
すばやく距離をとった五月の顔は、何時もと変わらず落ち着いていた。
「答えなさい、葵」
五月が命令調で話すのを初めて聞いた。怒ってはいなかった。本当に命令しているだけだった。だけど、葵と呼ばれた少女も負けなかった。
「純也さんを解放してくれないかな」
「なぜですか」
「静香が望んでいるからだよ」
かなり落ち着いた声だった。内容はかなり過激だと思うけど、それでも葵は淡々とした表情のままだった。
「それはだめです」
「どうしても?」
「どうしてもです。そもそも、貴方に私の行動をとやかく言う権限はありません」
「五月さんてば、人の記憶を食い物にするのは止めたんじゃないのかな」
「そのつもりでした。でも私は、自分の存在を維持する為にそうしなければならないのです。与えられた使命のための小さな犠牲は、止むを得ないと思いませんか」
それが自分の事だとは思ってなかった。