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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
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三十二

 佐友里の事が気になって、その日はほとんど眠る事が出来なかった。中学に入って部活やら委員会やらで、佐友里と会う事自体少なくなったから、何かがかけたような気分はしてた。それは佐友里も同じなんだろう。だけど、佐友里は自分にとって姉であり、恋愛対象にはならなかった。それが理由で、彼女の思いを受け入れる事は出来なかった。そういう選択肢は確かにあった。でも今は、それ以上に気になる相手が居るのである。


 いろいろな事がありすぎて、すっかり準備を忘れていたけど、今日から期末テストが始まるのだ。試験期間中は部活は休みのはずだから、佐友里も同じ時間に家を出るに違いない。遅刻ぎりぎりに家を出て、学校まで走っていくつもりでいた。そうすれば佐友里と会わずに済みそうだった。

 母親はまだ帰って来ていないし、父親も朝早くに帰ってきて、すでに熟睡しているはずだった。いつも通り一人で朝食を済ませてから、ぎりぎりまで玄関に腰掛けて時間になるのを待つことにした。時計とにらめっこしていると、来客を継げるチャイムがなった。無意識に返事をしてからしまったと思った。時間的に佐友里の可能性が一番高い。返事をしてしまった以上、出ないわけにも行かないから、覚悟を決めて立ち上がった。踏み出した左足の靴紐が右足の下にあることに気づいたのはバランスを崩した後だった。そのまま前につんのめって、扉のノブに手をついた。鍵はかかっていなかった。

 父親は玄関の戸締りをしない習慣の家で育った。だから何度母親が注意しても、返事だけはしっかりしながら、それを守る事は無かったのだ。今日も朝早く帰って来た父親は、慣れ親しんだ習慣の通り、玄関の鍵をかける事をしていなかったのだ。

 体重のかかった玄関扉が外に開き、支えを失って倒れてゆく。誰かが右手を掴んでくれたから、地面に激突することは免れた。

 その手は雪のように冷たかった。


「おはようございます。大丈夫ですか?」


 静かな物言いで話し掛けてくる知り合いは一人しかいなかった。


「ありがとう」


 何とか体勢を立て直して、助けてくれた相手を見ると、思ったとおり五月だった。


「おはよう、柏崎さん」

「五月って呼んで下さい」

「五月、さん。今日はどうしたの?」

「今日から一緒に登校しましょうってメールを差し上げたはずですけど」


 昨日佐友里の帰った直後に、誰かからメールが来ていたのを思い出した。佐友里のことで頭がいっぱいになっていたから、確認するのを忘れていた。


「まさか、他の女性の事でも考えていたんじゃないんですか」

「そんなわけ無いよ」

「伊勢佐友里さん」


 その名前を言われてどきりとした。佐友里と五月は面識があるはずだから、幼馴染だと言う事ぐらい知っていても不思議じゃない。いや、五月は何でも知っている。佐友里の思いも知っているかもしれなかった。


「彼女、ジュンさんを待っているみたいですね」


 確かに佐友里は待っていた。自分の家の玄関ではなく小学校に通っていた時、待合わせをしていた場所に立っていた。


「道を変えよう」


 佐友里に会わずに済むよう反対側の道へ進んだ。少し遠回りになるけど、学校にはたどり着ける。佐友里とはまだ顔を合わせるだけ気持ちが吹っ切れていなかったし、五月と一緒に居る所も見られたくはなかったのだ。


「良いんですか、佐友里さん」

「別に待合わせしてるわけじゃないから」

「でも、あなたの事が好きなんでしょう」

「関係ないよそんな事」


 彼女がどう思おうと、自分にとっては姉だった。それ以上でもそれ以下でも無いのである。そう思う事で、自分の行動を正当化しようとした。


「そうですよ。あなたが好きになっても良いのはわたしだけ。だからわたしだけを見ていてください。他の人に心を奪われては困ります。絶対に駄目ですよ」


 五月が後ろから手を入れて腕を組んだ。それはまるで、捕らえた獲物を逃すまいと主張している様でもあった。


「もちろんさ。僕が好きなのは、五月さんただひとりだ」


 まだ呼び捨てするには抵抗があった。

 人じゃないという瑞希の言葉も気になってはいた。

 だけどたとえ、五月が人でないのだとしても、仕事とは言え簡単に人を殺すことができるのだとしても、彼女に惹かれる本能のようなものから逃れることは出来ないのだ。


 それからテストの期間中、五月は毎朝迎に来た。今まで学校で会えなかったのが不思議なほど五月の姿を校内でよく見かけた。そのたびに手を振ってくれるものだから、テストが終わる頃には、すっかり噂になっていた。


「付き合って欲しい所があるんですが」


 そう言われたのは、テスト最終日の朝だった。五月とどこかに出かけるのは初めてだから、うれしかった。


「何処に行くの」

「それは、お楽しみです」

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