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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
30/39

三十

 再び奥の部屋が開いて、ジャージの五月が顔を出した。彼女には少し小さくて、体の線がやけにはっきり見えている。人に見せても恥ずかしくない、すばらしい体型だった。


「西条さん。お茶を入れてください。伊勢さんもこっちに上がっていただけますか」


 部屋にはちゃぶ台があり、その脇には検品途中のパーツが転がっていた。テレビの脇に年代物の汎用機が置いてある。何処かで見たような気がすると思ったら、部室にある静香のマシンと同じ型式のようだった。正面に雪の結晶が付いているから間違いない。


「久しぶりですね。お元気でしたか」


 路地での出来事なんか無かったかのような笑顔だった。


「うん。ずっと君に逢いたかったんだ。手紙をもらったときは嬉しかったよ」

「手紙ですか?」


 図書室で渡された手紙を取り出し、五月に渡した。


「なんですか、これ」

「柏崎さんがくれたんでしょ」


 五月は、くすりと笑ってそれを返した。


「これは私じゃないですよ。きっと誰かの悪戯でしょう」

「でも……」

「私は西条くんとは呼びません」


 たしかにそう書いてある。西条くんと呼んでいたのは瑞希だから、これは彼女の仕業のようだ。五月が書いた手紙でなくて、少しがっかりしたけれど、こうして五月と逢う事が出来たから嬉しかった。


「連絡先を教えてくれないかな」

「いいですよ」


 五月は血まみれの制服から携帯電話を取り出した。


「あんまり電話とかかけないので、持っているだけなんですけど」

「メールとかは?」

「一応設定はしてあります。でも、そういう友達とかいませんから」


 携帯電話の呼び出し音が一回鳴り、続いてメールが着信した。着信履歴とメールの受信を確認すると、覚えの無い相手だったが、すぐに誰だか分かってしまった。

 五月の指示どおりに返信すると。すぐに彼女の携帯電話が音楽を奏で始めた。それは十五年前に流行ったアイドル歌手の曲だった。


「おまえまだその曲使っているのか」


 西条がティーカップの載ったお盆と共に戻ってきた。テーカップからはすごく甘い香りがした。


「なんですか、これ」


 目の前に置かれたティーカップの中身は一見すれば紅茶だった。しかしその匂いは強烈で、普通の紅茶とは違っていた。


「ストロベリーティーですよ。ちょっと香りがきついですけど、おいしいんです」


 そう言われて見ると、確かにイチゴの香りだった。


「で、どうしてお前がここに居るんだ」


 西条が掛け声を掛けて隣に座った。


「呼び出されたんですよ」


 今度は手紙を西条に見せた。彼は読み終えた手紙を乱暴に放り投げた。


「こんなもの、何処で受け取ったんだ」

「学校の図書室です。図書委員が預かっていてくれたんですよ」

「五月」

「私がそんな事をするはずないじゅないですか。用事があれば直接会いに行きますよ。それに、私は西条さんのこと、くん付けでなんて呼んだことはありません」

「瑞希か」

「でしょうね」

「あいつ何のつもりでこんな事」

「結果として伊勢さんに会えたましから、私としては嬉しいです」


 その言葉が何よりも嬉しかった。

 そして瑞希にも感謝した。


「もしかして瑞希のやつ、お前にさっきの様子を見せたかったんじゃないか」


 人を殺す所を見れば、さすがに目が覚めると思ったらしい。以前も同じような方法で、解決した事があると西条は話してくれた。

 シスカで聞いた瑞希の言葉が、現実味を帯びてきた。

 けれど五月の美しさに惚れ直してしまったのは、想定外だったのだろう。


「その程度で私たちの仲を引き裂こうだなんて、瑞希さんもまだまだですね」


 五月は楽しそうに笑っていた。


 その後夕方まで五月とゲームをしながら過ごし、西条お手製のカレーライスまでご馳走になってしまった。


「ねえ伊勢さん」


 真っ暗な路地を歩きながら、五月が腕に手を回した。


「ジュンでいいよ。みんなそう呼んでいるから」

「ジュンさん」

「はい」

「大好きです」

「はい」


 彼女が急に立ち止まる。


「ジュンさんは?」

「もちろん」

「もちろん?」

「もちろん大好きだよ」


 月明かりに照らされた五月の顔は、いつも以上に白く見えた。

 誰よりも綺麗に見えた。

 頬に彼女の手が触れた。

 一瞬、彼女の瞳が緑色に輝いた。


「え?」


 それは一瞬の事だった。

 だから、何が起こったのが、すぐに理解できなかった。

 五月の唇が重なったと気づいたのは、その行為が終わってから、しばらくたってのことだった。


「あなたはもう私の物です。他の誰にも渡しませんから」


 五月の唇は雪のように冷たかった。

 女の子の唇がそんなに冷たいものだとは思わなかった。

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