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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
28/39

二十八

 五月と会えない日が続いていた。

 クビになった以上、用も無いのに西条の店に顔を出す事も出来ないし、たまに顔を出しても、五月が現れることはなかった。

 入学直後と同じように校内を探したり、図書室で待ち伏せしたりといろいろ手を尽くしては見たけれど会えなかった。

 静香とあんな事があったから、部活に顔も出しづらかった。木村とは同じクラスだから毎日顔を合わせるし、話もするけど、何があったか知っているみたいで、落ち着いたら出て来てくれと言ったっきり、部活の話も静香の話も全くしないでいてくれた。それほど気の利くようには見えないけれど、そんな事があってからは、とてもいい奴なんだと見直した。


「また本でも読みに来たの?」


 久しぶりに図書室で佐友里に会った。今日は佐友里が当番だった。期末テストが近いから図書室はいつになく繁盛していた。図書委員も仕事をしている振りをしてカウンターの中で参考書を開いていた。

 佐友里とは中学に入ってから、一緒に居ることが少なくなった。クラスが違うのも原因だろう。廊下ですれ違ったりはする事はあるけれど、直接話したのは久しぶりだった。


「いや、今日は勉強だよ。勉強」

「珍しいね。どうかしたの?」

「だってほら、試験前だし」


 シスカから帰ってから、五月について考える時間が以前より多くなった。心を奪われるという静香の言葉の通りだった。でも、その感情から逃げ出す事は出来なかったし、そうするつもりも全く無かった。

 一日のほとんどを彼女の事に取られていたから、勉強に集中できるはずがない。授業は上の空だし、宿題も適当だった。この前の小テストなど目も当てられないほど散々な結果だった。だから、期末試験はがんばらなければならなかった。図書室にくれば、否が応でもその気になると思ったのだ。

 図書室の中を散々うろついて、唯一空いていた窓際の椅子に座った。四人がけのテーブルには女子が三人。女の子の中に紛れるのは少し抵抗があったし、彼女たちも居心地が悪そうだった。だけどあいているのはその場所しかなかったのだ。

 まず数学の教科書を開いてみた。簡単な問題なのに、全然頭に入ってこない。気合を入れて解き始めてみたけれど、目の前に座っている女子が回すシャープペンシルが気になって集中できない。これ以上ここに居ても時間の無駄に思えてきたし、五月は今日も休んでいると言う情報は掴んでいたから、勉強は諦めて、さっさと家に帰る事にした。


「ちょっと伊勢くん」


 図書室を出ようとした時、二年生の図書委員に呼び止められた。最初の頃は毎日通っていたものだから、よく知られていた。

 彼女は奥で勉強をしている佐友里に気づかれないようにこっそりと手紙を出した。


「これ伊勢くんに渡してくれって」

「誰からですか」

「さあね。女の子だったけど」


 封筒の裏に差出人の名前は無かった。


「ラブレターじゃないの?」


 彼女は楽しげに笑っていた。


「まさか」

「でも、綺麗な女の子だったよ。佐友里ちゃんには黙っておいてあげるからね」


 丁寧に御礼を言って図書室を後にした。

 すぐに開けたいという衝動を抑えながら公園まで走っていった。急いでいる時に限ってやけに遠くに感じるものだ。やっとたどり着いた公園のベンチに座ると、ゆっくり深呼吸してから封を切った。

 封筒の中には便箋が一枚だけ入っていた。


「明日ノ十七時ニ西条クンノ店デマツテヰマス。サツキ」


 中身は電報のような味気の無いもので、それ以外のことは一切書いていなかった。わざわざ手紙でよこす意図は理解できなかったけど、彼女からの呼び出しは嬉しかった。冗談だとか悪戯だとか、そんなことは考えなかった。

 便箋を抱きしめて家まで走った。

 速く明日にならないかと、夕食も食べずにベッドに入った。

 その日は遠足の前日と同様に、どきどきして眠れなかった。


 約束の時間の少し前に店に向かった。久しぶりにやってきた商店街は何時もと違った。

 開いているはずの店が閉まっているし、客もいない。その代わり、黒ずくめの男たちが、何かを追いかけるように走っていた。特別な用事が無ければ、入る事さえ躊躇したに違いない。でもその時は、五月と会う事しか考えていなかったから、なるべく目立たないように仲通を進んでいった。

 いつもの交差点で、別の路地に走りこむ少女を見つけた。紺のフレアスカートに白いワイシャツ。上着を着ていなかったけれど、同じ中学の生徒だった。ここにくる中学生は数人に限られていた。


 その姿を見間違えるはずは無かった。

 だから何も考えずに彼女を追った。

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