二十七
瑞希はしばらく外を見ていた。
「社会の時間に国の行政システムについて学んだはずよね。覚えてる?」
この国は女王ユキによる独裁国家だが、五つに分けられた行政区には自治権が与えられていて、女王に指名された管理者が行政のすべてを担っている。授業では確かそう教えられた。
「その女王と管理者を守るために作られた攻勢防衛システムがサードフレームタイプⅡと呼ばれるコンピューターなの。国内に五台、月に一台置いてあるのよ」
それは、社会や情報の時間でも教わったことのない話だった。
「サードフレームは、米軍の一艦隊をたった一時間で全滅できるの。日本の最終兵器より強いんじゃないかな」
途中から、瑞希が何の話をしているのか分からなくなっていた。
「ロボットと変わらないのに、簡単に人が殺せるの。そして殺している時も、笑っているのよ。残酷だと思わない?」
一瞬、瑞希の瞳が桜色に輝いた。
「まさか」
瑞希はさびしく笑っただけだった。
「ごめんね、これ以上は教えられない事になっているの。一応国家秘密だしね」
サードフレームと言うコンピューターと五月との関係を、瑞希は断言しなかった。けれど、その話しぶりから想像できた。西条が言っていた瑞希の強さも、今の話とぴったりだった。
結局五月が何者なのか、どうにも納得できなかった。
ただ、五月への気持に変化は無かった。
「あのさ」
「まだ何か?」
「柏崎さんと連絡取りたいんだけど」
直接会って話したほうがいいと思った。彼女の口から、彼女の事を聞きたかった。
「それは難しいな。私たち本当はとても仲が悪いんだもん」
瑞希はそういって小さく笑った。
帰りの新幹線で、瑞希の話を思い出しながら、考えを整理しようと試みた。けれど分からないことが多すぎて、何時の間にか熟睡していた。
戻った時には夜の八時を回っていた。九時からのアニメを見るために、急いで家に向かっていると、公園で静香を見つけた。ベンチに座って誰かを待っているようだった。捕まると面倒だから、気づかない振りをして通り過ぎた。
「ちょっと、待ちなさいよ」
運悪く見つかってしまい。公園まで連れ戻された。
「座って」
言われるままベンチに座った。
「何の話でしょうか」
わざと丁寧な言葉を使った。
静香は黙ったままだった。
「バイトが首になったんだけど、これって静香のしわざなのか」
「力ずくでも取り戻すといったよね」
「そうだっけ? でも、余計なお世話なんだよ。もう構わないでほしいんだけど」
少し攻撃的な口調だった。必要以上に干渉してくる静香に対して怒っていた。
「どうして近づいてはいけないんだ。静香の説明に納得できれば、彼女は諦めるよ」
最初から諦めるつもりはなかった。
「あの子は――」
静香の目が泳いでいる。後につづく言葉を言いたくないに違いない。
でもそれは、既に知っていることだった。
「柏崎五月は人じゃない」
「そうよ」
「サードフレームなんだろ」
「それ、何処で聞いたの?」
香澄の驚き方は並ではなかった。静香はそれについて少しは知識があるようだった。
「教えてもらったんだ。シスカを守る小学生に」
「瑞希?」
小さくつぶやいたその名前を聞き逃しはしなかった。やっぱり静香は瑞希の事も知っている。でも瑞希がグルだと言う可能性はないだろう。西条もきっと自分の意志で解雇したに違いない。
そうまでしても五月から引き離したいのは良く分かった。分からないのはその理由だ
「別に命は惜しくないんだ。彼女と一緒に居る時間の方が、ずっと価値があるんだから」
好きだと言ってくれた相手に、言うべき言葉じゃないと分かっている。でもそれが本心だったし、静香の気持ちに配慮している余裕はなかった。
「五月はいずれ、あなたから記憶と心を奪ってしまう」
「彼女と一緒ならうれしいよ。たとえ自分の存在が、この世に残らなかったとしても」
「本気……じゃないよね」
静香は泣きそうな顔で問い掛けたが、はっきり本気だと言い切った。だから彼女もそれ以上言えずにいた。そのまま黙って帰っても良かったけど、一言だけ言っておかなければならなかった。
「ありがとう」
その言葉の意味を図りかねて、静香はゆっくりと顔を上げた。
「好きになってくれてありがとう。でも、ごめん。いまは、いやこれから先もずっと柏崎さんの事しか考えられないと思うんだ」
彼女の目に涙が浮かんできた。
「なによそれ。本当にどうなったって、知らないんだから」
それ以上、彼女に掛ける言葉は無かった。
彼女もまた、言葉を持っていなかった。
だから、黙ってその場を去った。