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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
26/39

二十六

「悪いな」


 店につくなりそう言われた。

 バイトは前回で終了となり、今日から来る必要は無いと告げられた。


「つまり、クビですか」

「別にそういう訳じゃない。仕事が一段落ついたから、しばらく店番は必要ないんだ」

「でも」

「余分な労力を雇う余裕はないんだよ」


 もう少し居させてほしいとお願いしたが聞き入れてはくれなかった。バイト代は要らないからと言う提案も無駄だった。


「必要になったらまた連絡するからさ」


 西条は今までのバイト代が入った封筒を押し付けてさっさと、奥に入ってしまった。

 かなり急な事ではあったけれど予想はしていた。きっと静香だ。五月と密会する場所を奪ってしまうのが一番簡単で、効果の高い方法だろう。

 五月の連絡先を聞いてなかった事を後悔しながら駅に向かった。

 別にすることなく、特に行く所も無かったから、ふらふらと駅舎に入り、改札前の列車案内板をぼんやり眺めた。

 次の特急はシスカ行きの新幹線だ。専用軌道を使うので一時間で到着する。今から向かっても、二十一時のアニメまでには帰ってこれる時間だった。

 五月は毎回、どうでもいいくだらない話ばかりしていたが、一度だけ瑞希について話してくれたことがあった。


「瑞希さんはわたしと同じなんですよ。わたしはこの街の担当で、彼女はシスカの担当なんです。普通は他の人の管轄に入ることは無いんですけど、瑞希さんは良くこの街に遊びに来るみたいですね。多分、西条さんが居るからだと思いますよ。瑞希さんは西条さんのこと随分と気に入っているようですから」

「担当って何のことだい」

「担当は担当ですよ」


 五月はそれ以上の事を教えてはくれなかった。でも、シスカに行けば瑞希に会えるような気がしていた。彼女に会えたら五月の事を聞こうと思った。

 そして発車間際の新幹線に飛び乗った。


 父親と何度か来た事はあったけど、シスカに訪れるのは久しぶりだった。当時は駅前にある高層ビルの最上階で食べるハンバーグ定食が大好きで、よく連れて行ってもらったものだ。最近は父親も忙しくて、一緒にシスカまで出かける事もなくなったし、もう中学生だからハンバーグ定食に興味はなかった。

 シスカの駅は世界遺産に指定されるほど古く、年代を感じさせる壮大な外観をしていたけれど、駅舎の中は最新式の設備に変わっていた。駅員はアンドロイドで、改札は非接触型のチケットが使われている。シスカは、宇宙産業が盛で、駅前には大きな宇宙船のモニュメントが置いてあった。

 ちょうど隣国の皇族が訪問している時に出くわしたから、駅前は彼女を見る為に集まった人で一杯だった。その人ごみを避けて駅前にある展望台に足を運んだ。夕食には少し早いけど、最上階のレストランで、なつかしいハンバーグ定食を食べてみた。以前と同じはずなのに、あの時ほどおいしいとは感じなかった。

 食事を終えてから展望台に登ってみた。夜になると夜景を見に来るカップルと観光客で一杯だけど、まだ時間が早いから、ほとんど人は居なかった。時々観光客のような年配の夫婦とか、家族連れが通るだけだ。

 展望台から少し離れた所に海がある。そこには大きな客船が浮かんでいた。それは世界中を旅して回る分譲型の客船だとニュースで紹介されていた。


「お兄さん一人?」


 何も考えずに遠くの海を見ていると、後ろから女の子の声がした。声を掛けられるほど自分の容姿に自信は無いし、そもそも他人と係るのは面倒たから、聞こえていたけど無視をした。悪質なキャッチセールスだったりしたら、後が怖い。


「あんたの事よ、伊勢純也くん」


 もともと友達なんかほとんどいないし、この街に知り合いなんかいなかった。声を掛けてくるような人物には全く思い当たる節はなかった。不思議に思って振り向くと、そこに立っていたのは、西条の店番をしていた少女だった。


「瑞希ちゃん?」

「ああ、覚えていてくれたんだ」


 瑞希の印象はずいぶん違った。多分服装が原因だろう。今日はラフな格好で、前回より幼く見えた。


「一人?」

「うん。わたしここの景色が好きなのよ。だからよく一人で来るんだ」


 窓からの外を見ている瑞希の横顔が、今度は年齢よりずっと大人びて見えた。


「で、今日はどうしたの」

「バイトがクビになった」

「なるほど、五月に会えなくなったから、傷心旅行というわけだ」

「まあね」

「好きなんだね、五月の事」

「多分」

「多分?」

「本当の気持ちかどうか確信が持てないんだよ。それで君に会いに来たのさ」

「五月の事が知りたいんだね」

「そう。彼女の事が知りたいんだ」


 瑞希はその場で百八十度回転すると、飛び上がって手すりに座った。


「君は覚悟が出来ているのかな」

「どういうことだよ」

「五月の事を知るってことは、彼女に命をさ捧げるって事なんだよ」

「何だよそれ」


 静香の言葉の端々から、そう言った事は感じていた。どんな結果になったとしても、今は進んでそうしたいと思っている。それが自分の本心なのが、五月にそう思わされているのか、本当の所は分からなかった。

 生きる事にそれほど執着しているわけでも無かったから、彼女のために死ねるなら、かっこいいとさえ思っていた。


「五月ってば普通じゃないから、あなたのような平凡な男の子とは釣り合わないかも」

「分かってるよ。あの人、お嬢様なんだろ」


 五月の言葉遣いを聞いていれば簡単に想像できる。それに柏崎と言うのは、古い華族の家柄だった。


「そうね。五月のおばあ様は、とても厳しい人だった」


 瑞希は昔から五月の事を知っているようだった。


「まあ、西条くんのこともあるから、相手がお嬢様ってのは関係ないけどね」


 普通の家庭に生まれ育った西条が、西条家の一人娘と知り合ったのは、高校二年の夏前に行なわれた電算大会の会場だった。瑞希もその時初めて西条に会ったのだそうだ。何気なく聞き流してしまったけど、それはとても不思議な話だった。


「お前いくつだよ」

「私は生まれた時から十二歳だよ」


 にっこりと笑った彼女の表情に、得体の知れぬ冷たさを感じていた。


「最終的にはあなた自身の問題だけど、これ以上五月と会うのは止した方が良いんじゃないかな」

「どうして」

「五月は人じゃないんだもの。そのうち彼女に取り込まれてしまうよ、きっと」


 瑞希は静香と同じような事を言った。


「君たちはいったい何者なんだよ」

「本当に知りたいの?」

「うん」

「そう」

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