二十四
外出から帰って来た西条は、レジの前で倒れていたバイトの少年を奥の部屋に運んでくれた。少し横になっただけで気分は大分落ち着いた。ただ、何があったのか問いただす西条に答えられるほど覚えてなかった。誰かが来たような気もしたけれど、それさえ思い出すことが出来ないのだ。
五月が居た。そんな気はする。
そのことを西条に言うのは躊躇われた。
西条には思い当たる節があるようで、それ以上何も聞いてはこなかった。だけどすべて分かっているような口ぶりだった。
家に帰ると急に眠気が襲ってきて、着替えもせずに倒れこんだ。
その日は久しぶりに夢を見た。
五月と二人でどこかにいた。
楽しそうに話をしていた。
次のバイトの時、西条は心配しながら出かけていった。今日は何にも無いはずだと言い聞かせて、箱詰めの作業を開始した。前回見つけた試作品のカードは、まだカウンターの下に置いてあった。西条はそれについて何も言わなかったから、きっと気づいてないのだろう。まず最初にそのカードを箱詰めしようと手に取ったとき、誰かが店に入ってきた。
それが五月だと直感で理解していた。そして前回も五月が来たのだと確信した。やはり夢ではなかったのだ。その時何か重要な事を話した気もするけれど、その部分だけは思い出せない。
「もしかして、お邪魔でしたか?」
「いいえ、別に」
「良かった、追い返されたらどうしようかと思っていたんですよ」
笑った顔はやっぱりとてもかわいかった。
折りたたみ椅子に座ると、五月は取り立てて記憶にとどめておく事も必要ないような馬鹿らしい話ばかりを選んで話した。それはそれで楽しかったけど、まるでそれ以上深入りする話題を避けていようでもあった。
でも、それだけで幸せだった。
箱詰めの作業を続けながら、これからどうしたらいいのか考えていた。彼女に会うという当初の目的自体は達成された。助けてもらったお礼も言えた。五月とは会う事だけが目標だった。だから……。
西条が店を離れてからやってきて、戻ってくる前に帰っていく。バイトの時間は、必ず五月が隣りいた。彼女はこの密会のようなシチュエーションを楽しんでいるようだった。
同じ中学に通っているのに、学校で逢えないのが不思議だった。そのことを彼女に話すと、彼女もそうですねと頷いた。
「たぶん、あんまり学校には行っていないからだと思いますよ」
「体が弱いって聞いたけど」
五月を知る人は、誰もがそう答えた。
「そうなんです。ちょっと普通の人とは違うんですよ。学校ではなかなか安定できなくて困まっているんですよね」
精神的に不安定と言う事なのだろうか。広い意味で体が悪いんだと理解した。
「今度学校で逢えないかな。たとえば図書室とか」
五月は小さく笑ってから首を振った。
「図書室には、やきもちを焼く人がいるじゃないですか。だからだめですよ」
それが佐友里の事だと思いつくのに時間がかかった。
でも、やきもちを焼く佐友里の姿をどうしても想像する事はできなかった。