二十
金曜日の放課後、部室でプログラム関係の雑誌を読んでいると、いつもより早い時間に静香が来た。
「良かった。ジュンはいるんだ。木村くんはどうしたの?」
「今日は歯医者に行くって」
「そっか。あのさ、悪いんだけど、明日一人で取りに行ってもらえるかな」
「何処に? 何を」
西条の店に、先週探しに行ったコンピューターの部品を取りに行く。と、言う事は聞かなくても分かっていたけど聞き返した。
「っていうか、一人でってどういうこと?」
「明日を逃すと取りに行くのは来週になってしまうでしょ。私は明日どうしてもはずせない用事があるの。木村君も昼に無理だって言っていたし……」
「はい?」
「そう言う事だから、よろしくね」
満面の笑みを浮かべて肩を叩くと、静香は先に帰ってしまった。
ひとりだけ残されたから、読みかけの雑誌を閉じ、机に足を投げ出した。
「本当に一人で行けってか」
店に行くのは構わないけど、一人であの商店街に入るのは嫌だった。無理やりにでも木村を連れて行こうと電話を掛けたが、やっぱり電話に出なかった。恥をしのんで佐友里を誘ってみようとしたが、女子ソフトボール部は明日から試合だと断られた。ほかに買い物に付き合ってくれる友人は居なかったし、仮に居たとしても、商店街に行くといえば、速攻で断られたに違いない。
木村は休みだし、静香は帰った。今日はもう部室には誰も来ない。
何気無く、白いカバーのかぶせてあるコンピューターの前に座った。静香は一度もこのマシンを見せてくれなかったし、使っている所を見たことも無い。古い汎用機だということは外側の見た目から想像できたが、本当はどんなマシンなのか気になっていた。
静香には悪いけど、かってに見せてもらう事にした。
カバーを開けると、雪の結晶を形どったエンブレムが顔を出した。
正面にある電源スイッチに触れようとしたとき、ビープ音が響き渡り、冷却ファンが回り始めた。
「え?」
スイッチには触れてないのにマシンが勝手に起動したのだ。
液晶の画面にBISOのバージョンが表示され、すぐにメモリーのセルフチェックが始まった。ドライバーが順番に読み込まれていく。そのほとんどがかなり昔のものだと分かった。そして、幾つかは、聞いたことの無いものだった。
OPERATING SYSTEM : YUKI ver.6.14 ORIGINAL
何処かで聞いた名前だと思ったら、以前図書室で見たことのある解説書に出てきたものだった。人の記憶をコンピューターに移植する事により完成した人工知能の制御プログラムだと木村が行っていた奴だろう。十六進法でプログラミングが出来る静香にとって、難しいものでは無いはずだ。
続いて外部へのアクセスを開始した。
Server name : Secondo4[KAEDE] connettersi……riuscire.
最初に、カエデというマシンに接続した。
Server name : Terzo42[SATSUKI]connettersi…….
何気無く流れていくメッセージのなかに、見逃す事の出来ない名前があった。
「五月?」
よくある名前だ。
それもサーバーの名前である。
だけど何故だか、まったく関係ないとは思えなかった。
マシンがパスワード入力待ちの状態になっても、画面のメッセージを眺めたままの動けなかった。五月と出会ったときのような興奮を覚えていた。
「こいつは一体」
ただのマシンではないだろうと、この部屋に来た時から感じていた。機械というより人間に近い存在感を持っていた。
生きているような、そんな気がした。
キーボードに手を伸ばしたが、ユーザー名もパスワードも分からない。これではシャットダウンすら出来なかった。それに気づいた時、突然マシンがシャットダウンのプロセスを開始した。数秒も待たずに、マシンは止まった。
「何なんだよ、これ」
カバーを掛けなおして、部室を出た。
そのときやっぱり、誰かに呼ばれたような気がして振り返った。
もちろん誰も居なかった。




