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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
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 玄関のチャイムの音で目が覚めた。

 昨日の夜は思いのほか緊張して寝付けなかった。絶対遅刻しないようにと、念の為セットしておいた三台の目覚し時計も、全く役に立たなかった。


「やべ、寝坊した」


 おろしたばかりの制服に着替えて階段を駆け下りた。昨日のうちに準備しておいたのは正解だった。

 朝食を食べている時間はないし、用意してあるはずもないので、まっすぐ玄関に直行した。階段を降りる音に気づいたのか、チャイムの音は止んでいた。


「行ってきます」


 いつも通り返事は無い。母親は早番で、父親はまだ帰って来てはいないのだろう。そんな朝がもう何年も続いていた。だけど家を出る時には声を掛けると決めていた。そうする理由は忘れたけれど、その習慣は何故だか今も続いている。


「遅いよジュン。入学式初日から遅刻するつもり?」


 玄関で待っていたのは佐友里だった。卸し立ての制服はおそろいのデザインだ。背は彼女の方が少し高いが、同世代にしては低いと思う。佐友里は隣に住む遠い親戚で、幼馴染だ。物心ついた頃には一緒にいたから、友達と言うより姉弟のような関係である。名字が同じ伊勢だから、初めて会う人は姉弟だと勘違いする事も良くあった。遠縁だからあまり似てはいないけど、姉弟だと言われればそう見えない事もないらしい。三ヶ月ほど佐友里の方が年上だから、姉のように慕っていた。


「朝からうるさいなあ」

「ねえ、もしかして今起きたの?」


 ワンシャツのボタンはまだ全部止めてないし、制服のネクタイもポケットに突っ込んだままだった。髪の毛がぼさぼさなのは、佐友里のあきれた表情から想像できた。


「そんなにひどいか?」

「ひどいってもんじゃないわよ」


 佐友里は櫛を取り出して、寝癖を直そうとしてくれた。


「ダメね。全然ダメ」


 どうやら直らないほどひどいらしい。


「仕方ないからそのまま行くわよ。でも、ボタンとネクタイは今ここで着けること」


 身だしなみを整えてから佐友里を追う。

 見慣れた彼女の後姿が、今日はいつもと違って見えた。その理由はスカートだった。

 スカートは動きづらいから嫌いだと、いつもズボンを穿いていたのだ。でも、制服は似合っていたし、昨日までと違って大人っぽく見えた。


「どうしたの?」


 制服姿に見とれていたら、佐友里が突然振り向いた。


「いや、べ、べつに」

「なによ、変な奴」

「いや、スカートだなと思ってさ」

「悪かったわね。仕方ないじゃない、今日から中学生なんだから」


 さすがに「似合っているよ」とは言えなかった。


 中学校は、公園を通り、商店街を迂回してから駅の跨線橋を渡るとすぐだった。迂回ルートはかなり時間的なロスだけど、その商店街は危険地帯に指定され、子供の立ち入りが禁止されているから仕方がなかった。


「ねえ、こっちから行ってみない?」


 佐友里が商店街を指差した。もちろんそこを通り抜ければ、予定より早く学校に着くのは分かっている。


「そっちは危険だって」

「もしかして、怖いとか」

「いや、そうじゃないけど」


 佐友里はいつも無茶な行動をしては、人に迷惑をかけてきた。彼女にとって危険と言う言葉はとても魅力的に感じるらしい。


「もう中学生なのよ。電車もバスも大人料金になったんだから」


 それとこれとは関係ない。言い出したら止まらないのはいつもの事だ。


「でもさ、そこはやっぱりやばいって。君子危うきに近寄らずって言うじゃないか」

「そう。分かった。じゃあ、あんたは遠回りして、記念すべき入学式に遅刻しなさい。私は一人でこっちを行くから」


 今日は中学校の入学式だ。それでテンションが高いのだろう。こうなったら佐友里を止めるのは絶対に無理だった。


「それじゃあね」


 佐友里はスキップしながら商店街に入って行った。引き止めても無駄だけど、一人で行かすわけにも行かなかった。


「おいちょっと、まてよ」


 仕方なく跡を追って、その危険な商店街に踏み込んだ。

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