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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
19/39

十九

 同じ規格の廉価版は幾つか合ったが、載っているチップセットが全く違う。マザーボードを探すのは諦めて、同じICを使っている拡張ボードを探し始めた。昨日のうちに必要なICのスペックはメモしておいた。それらがどの商品に搭載されているかの一覧表も作ってある。どれかひとつでも引っかかればラッキーだった。きちんと整理されているパーツを次々に引っ張り出して確認したが、同じ品番のものを見つける事は出来なかった。

 お昼に出前のラーメンを食べてから捜索を再開したけれど、おやつの時間がやってくるまでに見つける事は出来なかった。


「在った?」


 ちょうど三時になったとき、静香がティーカップ片手に奥の部屋から顔を出した。


「無いみたい」


 静香は最初から探す気など無かったに違いない。埃まみれになりながら探している後輩二人を一段上から見下ろしていた。


「静香おまえも探したらどうだ」

「だめよ。これは伝統なんだから」


 気の毒に思って言ったであろう西条の言葉を、静香は即効で却下した。そんな伝統を聞いた事はない。こういう雑用をこなすのが後輩の仕事だと言われたから、言い返えすことは出来なかった。


「で、どのチップを探しているんだ?」


 なかなか見つけられないのを歯がゆく感じたのか、静香の横暴を見かねたのか分からなかったけれど、西条がチップの種類を尋ねてきた。


「これなんですけど」


 型番を控えたメモ紙を西条に渡すと、彼はすまなそうな顔をした。


「ああ、こいつは今在庫切れだよ」

「まじっすか」


 木村はその場に座り込んだ。四時間以上の作業が無駄だったのだから無理も無い。

「いや、すまない。先に聞いてあげればよかったな」

 西条は笑いながらカウンター脇のコンピューターを立ち上げた。


「笑い事じゃないですよ」

「ほんとよね」

「部長は何もやってないでしょ。もう今日は帰りましょう」


 木村には興味の無い場所だから、すぐにでも帰りたい気分だったに違いない。木村は怒りを全身で表現しながら勢い良く立ち上がったが、バランスを崩して目の前のスチール棚に手を付いた。その棚が大きくゆれて、最上段のダンボール箱が落ちてきた。

 その箱はかなり古く、湿気を吸ってもろかった。落ちた衝撃でばらばらに壊れ、中身が散った。中に入っていたのは大量の外部記憶用のメディアと紙に出力された五枚の写真だった。

 目の前に落ちてきたのは、五人の女性が優勝カップを囲んでいる写真だった。カップには第一回全国高等学校電算機大会とかかれている。

 その写真に写っている二人の女性に興味を惹かれた。一人は静香と目元が似ていた。もう一人は、最近出会った女の子にそっくりだった。

 彼女たちの事を聞くために、写真を拾い西条に手渡した。


「お、懐かしいなこれ」


 西条はどう見ても四十代だから、この時代にはまだ生まれていないはずである。第一回大会は、ちょうど五十年前の事だった。


「この人たちは誰ですか」


 他の二人も集まってきたので、西条は全員が見れるようにその写真をレジカウンターの上に置いた。五人は優勝カップを囲むように前後二列に並んでいる。前列に二人、後列に三人だ。


「あ、この人知ってる。昔モデルやっていた人でしょう」


 静香が前列左側を指差した。


「もしかして北山知佳ですか」

「正解。それでこれが――誰だと思う?」


 後列右端にいる一番目立っていない少女の上に、西条が指を乗せた。


「わかった、西条さんの恋人でしょ! それとも奥さんかな」

「ばか。これはおまえのおばあさんだ」

「え? うそ!」


 静香に目元が似ている女性は、やっぱり静香の親戚だった。でも祖母だとは思わなかった。


「この写真は高校一年の時に電算部の部室で見つけたんだよ」


 西条はそれから順に、彼女たちの名前を教えてくれた。その五人の名前は、何処かで聞いた覚えがあった。


「その人たちって、この国の基幹システムを設計したんですよね」


 木村のおかげで思い出した。


「お前よく知っているな。最近は小学校でも習うのか?」

「うちに本があるんです。北山知佳物語って言うんですけど、こんなぶ厚い本ですよ。題名がべた過ぎて笑えますよね」


 両手を肩幅ぐらいまで広げて、木村はその厚さを表現した。

 北山知佳とは、月の移住計画に参加し、月で人生を全うした優秀なプログラマーだ。小学校の社会の時間に、彼女と彼女の偉大なる功績については教えられる。人間国宝の称号を受け、女王陛下に謁見した事のある数少ない人物だ。ストロベリーシロップを中学一年生で開発した北山郁美の母親でもある。もちろんわれらがキタヤマ三号も彼女達を記念して作られたマシンだった。


「その本、俺が書いたんだよ」

「え、本当ですか」

「べたな題名ですまなかったな」


 西条達が北山知佳の話をしている間、別の人物を眺めていた。


 柏崎晴美。


 すまして笑っているその表情は、成長した五月を想像させた。後五年もすれば、五月もこんなに美しくなるのだろうか。晴美は五人の中で最も美しかった。


「ジュン?」


 静香が心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫?」

「あ、うん」


 二人とも五月の写真は見ているのに、晴海の事には触れなかった。確かにあの写真はぶれていたし、横顔だし、表情がこの写真とは違うから、ぱっと見では分からないかも知れなかった。でも気づいていない振りをしているだけだろう。だから、彼女の話はしないように我慢した。


「部長。そろそろ帰りましょうよ」

「そうね。でも、部品、どうしようか。あれが無いと大会には出れないのよ」

「その部品なら来週入荷するぞ」


 西条は入荷状況を調べていた。目的のパーツは、日を改めて買いに来る事にして店を出た。薄暗い商店街は来た時よりも数段怖さが増していた。静香も少し緊張した面持ちで、足早に仲通を抜けていく。

 何処からか焼き鳥を焼く匂いがした。

 空腹のおなかが音を立てた。

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