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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
18/39

十八

 土曜日の朝は、どう言うわけだか目覚ましより早く目が覚めた。待合わせ場所である駅の待合室では、木村が真っ青な顔をして待っていた。


「実はおれ、遺書書いて来たんだ」


 まるで死を覚悟したかのようだった。パーツを買いに行くだけなのに大げさである。そうは言っても、入学式の日のような事があっては、笑い話ですまされない。そんな物騒なところに入って大丈夫なのか、本当は心配だった。


「わるい、わるい。待った?」


 静香は約束の一分前に現れた。


「あいかわらず時間どおりだな」


 昔から時間にだけは正確だった。

 静香は少し汚らしいジーパンによれよれのシャツを着て来た。かばんは引ったくられないように斜めに掛けるタイプである。貧乏たらしく見えるようにメイクもしていた。良くここに来ると言うのは、冗談ではなかったらしい。


「半年振りよ、一人じゃないのは」

「って、よく一人で来るんですか」

「そうね、月に一回ぐらいかな」


 月に一回でも十分だ。

 その行動力にも頭がさがった。


 商店街の正式名称はカエデ仲通である。入口には仲通としか書いてないが、街路灯にそう書かれた垂れ幕が下がっていた。土曜の午前中だからだろう。大半の店はまだ閉まったままだった。どの店も中学生には縁のない大人が行くような店だったが、朝から開いている怪しい店も幾つかあって、やっぱり怪しげな人たちが店の前に並べられた商品を物色していた。

 静香はそれらにわき目も振らず、目的地に向かって歩きだした。木村は目を伏せ、背中を丸めた姿勢のまま、ぴったりと静香の後ろを歩いている。

 怖いとは思わなかった。

 五月に出会った時とは空気が違った。

 入り口から三つ目の横道は、軽自動車がやっと通れる位の細い路地で、道の両脇に色々な店が並んでいた。そのほとんどはまだシャッターが降りている。薄暗い通路の途中で静香が止まった。これといった特徴の無い個人商店で、看板も薄汚れている上に印刷がかすんでいて見えなかった。かろうじて書店という文字が読み取れたから、本屋だろう。さもなければ以前本屋だったに違いない。


「ここよ」


 店の入口で木村が立ち止まった。


「入らないのか」

「いや、何か怖くて」


 中より外のほうが怖いと思うと、通路の先にいる男に視線を向けた。きちっとスーツを着こなしてはいるが、かたぎの人間ではないだろう。当然木村もそれに気づいた。彼は大きく深呼吸をしてから店に入った。

 店の中にはびっしりとスチール製の棚が立ち並び、どの棚にもコンピューターのパーツが置いてあった。意外なことに、どれも埃ひとつかぶっていない。

 それらは古いものばかりだった。すでに販売中止になっているがマニアの間では人気の高い商品もいくつか紛れ込んでいた。ハードウェア・マニアにとって、ここは宝の山だった。だけど興味の無いものにはただのごみにしか見えないだろう。その価値さえわからない木村と同じく、興味が引かれるものでもなかった。


「すげえな、ここ」


 それでも木村は、店構えの珍しさに歓喜の声をあげていた。

 店に静香の姿は見えなかった。奥の居住スペースへつながっている玄関口に、彼女の靴があったから、多分そっちにいるのだろう。

 棚のパーツに見とれている木村を引きずるように奥の部屋にあがりこみ、静香の笑い声が聞こえてくる部屋を覗き込んだ。

 丸いちゃぶ台と小型のテレビ、それにディスクトップ型のコンピューターが一台置いてあり、未整理のパーツがその横に無造作に積み上げてあった。


「あんたたち何やってるの。こっちにあがって来なさいよ」


 まるで自分の家のごとく振る舞う静香を見て、中年の男が笑っていた。父親より少し若いくらいだろう。街であっても絶対に気づかないと思うほど特徴の無い顔つきをしていたが、随分と存在感があった。


「こいつらが、おまえの部下か」


 彼の声は、顔と同じく、大して印象に残らないものだった。


「部下じゃないですよ。パソコン倶楽部の部員です」

「どっちでもいいだろ。それで、こいつら使えるのか」

「さあどうでしょうね。えっと、こっちが伊勢純也で、もう一人が木村俊夫。この素敵なおじさんは西条直樹さん。ここの店長よ」


 西条自身の持つ特徴の無さに比べたら、彼の名字あまりにも有名だった。


「ごまを擦っても何もでないぞ」

「え~。マジですか」


 夫婦漫才のようなやり取りから察するに、良く来ると言うのは本当だろう。


「西条さんて、あの西条さんですか」


 木村の疑問はもっともだった。

 西条家は国内で一、二を争う大地主で、隣町に住む旧華族の家柄である。それくらいは木村ほどの知識が無くても知っている。

 それほどの人がこんな場所で、こんな怪しげな店を営んでいるのは不思議だった。


「もちろん、あの西条さんよ」


 静香は自分の事のように自慢した。


「いや、僕は養子だから。たいした事は無いんだよ」


 照れた笑いしている彼の顔は、やっぱり普通のおじさんだった。


「そんなことより、探し物があるんだろ」


 西条にそう言われて、やっとここに来た目的を思い出した。


「そうそう、キタヤマ三号(改)の調子が悪くてね」


 静香も忘れていたのだろう。笑いながら木村の背中を何度もたたいた。

 自分で探せと言われたから、木村と二人でジャンクの山をあさり始めた。目的の宝はごみ同然のパーツの山にまぎれている。まず同じ型式のマザーボードを探したがそれは無かった。キタヤマ三号(改)に搭載されているマザーボードは特別仕様の限定品で、売ればかなりの高値がつく代物だった。


「大会が終わったら、マザーボードを売り払って、新しいマシン買わないか」

「賛成!」

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