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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
16/39

十六

 大会用ソフトウェアが完成していくにしたがって、キタヤマ三号(改)のハードウェアに欠陥があると分かった。マシンに搭載されている演算用ICの調子が悪く、そのエラー処理のためパフォーマンスが極端に落ちるのだ。最新機種に買い換えるべきだけど、弱小倶楽部にそんな予算は残ってなかった。かといって、この型式の予備パーツはすでに市場から姿を消している。通常のパーツショップで手に入れるのは不可能だ。ネットオークションにもまったく出品されていない。

 別のマシンを使うことも考えたが、自分のはオーバースペックだし、静香のは汎用機だった。教室備え付けのパソコンは、学校の使用許可が下りなかった。


「木村のマシンはだめなのか」

「いや無理だろ。推奨スペックどころじゃないし」


 普段の作業はモバイルマシンで済ますと言う木村のマシンは、十年以上も前の年代ものだ。大会用のプログラムが起動する以前に、指定OSであるストロベリーシロップの搭載が不可能だった。


「別のボードじゃだめなのよ」


 静香のプログラムはマシン語で組んであるから、今更ほかのボードに乗り換えることできなかった。ほかの言語で組みなおすのも厄介だった。


「こうなったら仕方ないわね。その不良ICだけ取り替えましょう」

「でも、その辺の店には置いてませんよ」

「そういう時のジャンク屋でしょう」


 古いパーツや部品だけを扱っている店がある。その店はジャンク屋と呼ばれていた。


「マジですか」

「マジよ」


 この街にあるジャンク屋は一軒だけで、しかも商店街のわき道を入ったところにあるそうだ。商店街と言うのは、もちろん五月と会った中通商店街のことだった。

 古いビルや木造家屋がひしめき合うその一角は、防災上の危険地帯として古くから再開発の話が出ていた。しかしそんなところに店を出すのは、ふつう堅気の人間ではない。彼らはむしろ再開発には反対していた。それが原因で、計画は思うように進んでいない。


「あんな所に行ったら、生きて帰ってはこれませんよ、部長」


 木村が抗議の声を挙げる。


「そんな事無いわよ」


 それに対して静香は得意げに胸を張った。彼女の胸は思ったより大きかった。


「その店に行くの初めてじゃないし」

「マジですか」

「マジなのよ」


 静香はわりと頻繁にその店に通っているそうである。というのも、静香の使っている汎用機は、すでに補充の部品が市場に流通していないからだった。必要な部品はジャンク屋でなければ手に入らないそうである。


「それじゃ、明日行きましょう」


 相変わらず決断が早かった。

 明日は土曜日で、学校は休みである。なるべく早い時間に行った方が、危険は少ないそうだから、朝の九時に駅の改札前で待ち合わせた。言い出したら聞かないのが彼女の特技だ。けれど木村は納得いかないようだった。


「本当に行くんですか」


 木村はまだ不安そうな顔をしていた。


「行くわよ」

「マジですか」

「マジ」

「でも……」

「大丈夫よ。私を信じて着いてきなさい」


 その言葉はかなり効果があったようだ。木村は覚悟を決めて頷いた。


 その日の帰りも商店街で足を止めた。明日再びここに足を踏み入れるのだ。そう思ったとき、胸が高鳴るのが分かった。あの時の恐怖と、それ以上に印象深い五月の事を思い出した。目をつぶると、五月の動きがはっきりとまぶたの裏に浮かんでくる。忘れていた感覚を次第に取り戻し始めていた。


「五月に会いたい」


 この先に五月がいる。そう思うと今からでも探しに行きたいと言う衝動に駆られた。

 すでに八時を過ぎていたから、酔っ払いが沢山いた。客引きのお兄さんの大きな声と、お姉さん達の甘ったるい声が混ざり合って聞こえてくる。

 危険だと分かっているのに、無意識に足を踏み出していた。

 その時誰かが肩を掴んだ。


「何してるのよ」


 佐友里だった。


「ていうか、何処に行くつもり」


 その声で我に返り、足を戻した。


「やあ、久しぶり。元気だったか」


 ソフトボール部で朝練が始まってから、一緒に登校する事もなくなったし、帰りに会うこともほとんどなかった。


「何よ、そのわざとらしい挨拶は」


 佐友里を見たとたんさっきの興奮した気持ちが吹っ飛んだ。商店街を覗いても、もう引き込まれるような気分にはならなかった。

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