十五
コンピューター教室に顔を出すと、待っていたとばかりに木村がコーヒーを入れてくれた。プログラムは得意じゃないと説明したけど、それでもいいからとキタヤマ三号(改)の所に連れて行かれた。
「とりあえずあれをここに打ち込んでくれればいい。それくらいならできるだろ」
教室のホワイトボードは二桁の英数字で、びっしりと埋まっていた。英文字はAからFまでの六文字だけだ。青いマーカーで書き留められたその文字列はまるで呪文のようだった。
「なんだよ、あれ」
「マシン語でかかれたプログラムさ」
「木村が書いたのか」
「まさか。あんなもの書ける人間は、世界中探してもそんなに居ないよ」
木村が指差した教室の隅に静香が居た。椅子に座ったまま俯いていたから、その存在に気づかなかった。
「寝てるのか」
「いや、思考中だとおもうよ」
改めて静香と話す事も無かったから、木村の言われた通りにホワイトボードの英数字をキタヤマ三号(改)で起動中のマシン語入力ソフトに打ち込んでいった。そのソフトは十六進法の英数字を打ち込むと、それが中間言語に変換されるものだった。でもこれは、本来は逆に使うものである。普通の人間はマシン語なんか理解できない。
「終わったぞ」
すべて打ち終わって、後ろで別の作業をしてるはずの木村に声を掛けたけど、そこに居たのは静香だった。
「久しぶりだね。元気だった」
データーに漏れが無いか確認してから、静香はホワイトボードを綺麗に消して、続きを書き始めた。
「ところでさ、あの子には逢えたの?」
ブログラムを書き込みながら、静香は五月の事を聞いてきた。だけど聞こえない振りをして、別の話題を静香に振った。
「マシン語で書けるんだ」
「一応ね」
世の中には、特定のCPUについて、0と1の羅列を全て諳んじているという猛者も存在すると言われているが、十六進法でプログラミングする人間ははじめて見た。
「何時覚えたのさ」
「物心付いた時にはもう読めたんだよね」
それは生まれながらと同義だろうか。
「コンピューターなんて、所詮0と1しか理解できないの。それがわかってしまえば、そんなに難しい事じゃないわ」
口で言うのは簡単だけど、実際に理解するのは大変だ。頭の回転が速いのだろう。悔しかったけど、それは認めざるを得なかった。
「ところでジュン。あんたプログラミングはできたっけ?」
静香に比べれば、出来ないと言って間違いない。
「まったく、全然、これっぽっちも」
「ハードが得意ってのは本当なの」
「机上の知識だけだけどね」
父親が買いためているその手の雑誌を穴があくほど読んでいたから、技術的な事は人一倍知っている。それでも自分のマシンをどうかしたいと思う事は無かったし、いじった事もほとんど無かった。
「じゃあ、こいつを整備してもらおうかな」
静香はキタヤマ三号(改)を軽く叩いた。
以前見せてもらった事のある大会参加要綱と言う分厚い本を開いてみると、その中ほどに使用マシンの推奨スペックと、その上限が書かれていた。勝つためには上限ぎりぎりの仕様で試合に望むのがベストだろう。スペックは静香から聞かされてはいたけれど、一度自分の目で確認しようとキタヤマ三号(改)の電源を落としてカバーをはずした。
マザーボード、CPU、ネットワークカード、ディスプレイ。最低限必要な機能のスペックを調べて大会要綱と照合する。マザーボードは少し古いけど、著しく能力が劣る事は無い。これくらいなら、ソフトの能力でカバー出来そうな感じだった。
「どうだ、こいつのコンディションは」
木村が新しく入れなおしたコーヒーと共に現れた。
「へぇー、マシンの中ってこんな風になっているのか」
木村は初めて内部を見たようだった。
「初めて見たのか」
「もちろんさ」