十四
その日、五月は現れなかった。
「柏崎さん来てなかった?」
帰り際に確認すると、確かに本は返してあった。
「代わりの女の子が返しに来ていたよ」
端末を覗き込んでいた三年生が、横からそう教えてくれた。
「だめだな、こりゃ。ついていないって言うよりも、避けられているって感じだな」
木村は嬉しそうだった。
「なに、そのうち会えるさ」
「だといいけどな」
五月に会いたいという気持ちは、以前より少し落ち着いていた。既に一ヶ月が経過していたし、こうまで会えないと、縁が無かったのではないかと考えたりするからだ。
「実は、お願いがあるんだ」
図書室を出ると、木村が遠慮がちに話を始めた。
「何だよ改まって」
言い難そうに頭を掻きながら、木村は玄関まで無言で歩いた。
「大会の準備、手伝ってくれないかな」
パソコン倶楽部は年に一回の大会を目標に活動している。今年は部長である静香と、一年生の木村の二人だけしかいなかった。人手不足は火を見るより明らかだった。
「どうして」
分かっていたけどそう聞いた。
「ハードウェアに精通している人が居なくてさ、作業が進まないんだよ。部長の事なら心配しなくて大丈夫だから。俺がきちんと対応するし」
「いいよ」
簡単に了解したので、木村は驚いていた。
「ほんと?」
「ああ。でも水曜日は図書館に行くから勘弁してくれな」
「分かっているって。じゃあそれ以外の日は大丈夫ってことで」
文庫本はあらかた読んでしまったし、五月が来るのは水曜日だけと分かっているから、それ以外の日は暇だった。静香と会うのは億劫だけど、それも何とかなるだろう。
「もしかして部活やる気になったのか」
「そう言う訳でもないんだけどな。今日は遅いから明日からでもいいよな」
「ああ、よろしくな」
玄関で木村と別れて家に向かった。
何となく気になって商店街を覗き込んだ。
長い髪の女の子が通り抜けた。
同じ中学の制服を着ている少女だった。
その後姿を一度も忘れた事はない。
あまりにも想定外の出来事で、追いかける事も、声を掛ける事も出来なかった。
彼女は人ごみをすり抜けると、瞬きする間に視界から消えてしまった。
「五月」
完全に彼女の姿を見失ってから、やっとそれだけ言葉になった。
追いかけるほど勇気は無かった。
でも、彼女がここに居ると確認できた。
それだけで嬉しかった。