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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
13/39

十三

「こんな所で何しているの。もしかしてストーカー?」


 図書室の入口でうろうろしていたら、運悪く佐友里につかまった。


「違うって。図書室に入ってみようかなと思ってさ」

「じゃあ、入ればいいのに」

「なんか、緊張するんだよね」


 緊張しているのは、図書室に五月が居るかも知れないからで、別に図書室そのものが原因では無い。でも佐友里にはそう言ってごまかした。


「仕方ないわね。ほら、おいでよ」


 佐友里は袖を掴んで引っ張ると、図書室の扉を開けた。

 学校の図書室に入るのは始めてだ。普段はコンピューター関係の雑誌と、お気に入りの漫画しか読まないから、図書館にも縁が無かった。出版されているコンピューター関連雑誌は殆ど父親が買ってくる。


「はじめてよね、ジュンが図書室に来るなんてさ」

「いや、たまには小説なんか読んでみようかな、とか思ったんだよ」

「ふ~ん。じゃあわたしの貸そうか」


 佐友里は鞄から表紙に可愛いイラストのある文庫本を取り出した。それはライトノベルというジャンルの本だった。以前から勧められていた佐友里がひいきにしている作家の新作だった。


「それは今度にしておくよ。まずは図書室の本にチャレンジしてみるから」


 本当は五月を捜しに来たのだから、図書室で読まなければ意味が無い。


「なんだよ、ガラガラじゃん」

「テスト前には混むんだけどね」


 カウンターにいた先輩の図書委員が、そう教えてくれた。


「この子だれ? 伊勢さんの彼氏とか」

「まさか、幼馴染ですよ。弟みたいなものですって」


 けらけらと笑いながら司書室に入っていく佐友里を見送ってから、まずは文学書の棚に向かった。難しそうな純文学ばかり並んでいる書架の近くに、ライトノベルのコーナーがあった。あ行から順に題名を確認していき、さ行の棚で、最近アニメになった作品を見つけて手にとった。それから五月を探すための席を探した。できるだけ館内を見渡せる場所がいい。図書室の中を三周してから、入口にそう遠くない窓際の席に座った。そこからなら入口と閲覧机は見渡せる。リファレンスコーナーは高い書架で見えないけれど、出入りは確認できる位置だった。

 その日からその場所で、五月を待ち伏せする作戦を開始した。

 一応持ってきた本のページめくってみる。アニメとは少し設定の違う部分もあったりして、読み始めてみると面白い。熱中して読んでいたから、気づいたときには閉館の音楽が流れていた。

 本は面白かったけど、目的を忘れていた事を後悔した。


「まじめに読んでいたみたいだね」


 玄関を出たところでまたもや佐友里につかまった。図書室から走ってきたのか随分と息があがっている。


「まあね。結構面白かったよ」

「じゃあこれ貸してあげる」


 佐友里はかばんから、さっきの本を取り出した。


「これはもう読んだから、返すのは何時でもいいし。気に入ったら、ほかのも貸してあげるから言ってよね、絶対に面白いから」


 その日は久しぶりに佐友里と帰った。

 佐友里は帰り道ずっと話をしていたけど、さっき読んだ本の事と、五月の事で頭が一杯だったから、佐友里の話を全く聞いてはいなかった。


 次の日から毎日図書室に通いはじめ、一月で百冊近い文庫本を読破した。当初の目的を忘れている自分に気づいたのは、目の前に木村が座った時だった。


「お前、何してるんだよ」


 彼は本を読まない男だったが、作家や作品の名前は驚くほど良く知っていた。そう言った情報を効率よく集める事が上手だった。それなのに数学だけはさっぱりだった。


「本を読んでいるんだけど」

「まあな、それは見れば分かるけど。君は本来の目的を見失っていないだろうか」


 それは鋭い指摘だった。


「忘れちゃ居ないさ、ただ……」

「ただ? ままいいさ。つまり、成果無しという訳か」

「いや、そうでもないんだよね」


 本に熱中していたから、五月が来ても気づかなかった。だけど毎日図書室にかよっていたおかげで、佐友里以外の図書委員とも親しくなれた。結果として五月の情報は以前より確実に増えていたのだ。

 五月が来るのは必ず水曜の放課後で、ちょっと寄って借りていくだけだった。小説に熱中している間にも三日ほど現れたのだと後から聞いた。今日は水曜日だったからきっとやってくるに違いない。


「で、お前は一体何を読んでいるんだ」


 今日は学術書を借りてきた。学術書なら、読書に熱中して五月に気づかないと言う事は無いだろう。でも、その本は中学生には難しすぎて、見ているだけで眠くなった。


「ユキシステムって書いてあるけど……。なんかソフトウェアの本みたいだ」

「人の記憶をコンピューターに移植する事により完成した人工知能の制御プログラムに関する論文についての解説書。そもそもソフトウェアの素人が読むような本じゃない。それを理解出来たのは、世界で数人といわれている超難解な理論なんだぞ」


 別に読んでるわけじゃないから、中味がどうだろうと関係無いが、木村の知識の深さには驚かされた。


「木村は何でも知っているんだな」


 心からそう思った。


「そうとも」


 木村は自慢げにそう答えた。

 ハードウェアに関する知識なら、その辺の中学生どころか、大学生にだって負けないけれど、ソフトウェアの方はからっきしだめだった。二年ほど前に簡単なプログラムを組んでみたけど、アルゴリズムを考えるのが面倒くさくて、それ以来その分野に手を出したりはしなかった。


「それで、お前は何を読んでいるんだよ」


 木村はだまって読んでいた本を立てた。背表紙のカラフルな文字がはっきり見えた。


「初めてのオリジナルパソコン? まじめに読んでるのか、それ」

「お前と逆で、ハードの方は全然なんだよ」


 小学四年でソフトウェアに興味を覚え、それ以来プログラミングだけに取り組んできたから、ハードウェアを学ぶ時間は無かったらしい。部活ではハードの知識も要求されると静香に言われて、一から勉強をはじめたようだった。

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