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サードフレーム・五月(2006)  作者: 瑞城弥生
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いきなり部屋を尋ねられても別に困る事は無い。だけど他人を部屋に入れるのは好きでなかった。


「ほんとうに来るのか」

「もちろんよ。ジュンの部屋には興味があるのよね」

「別に何て事の無い一般的な中学男子の部屋だって」

「だから今日はお前の部屋じゃなくて、お前のパソコンを見に行くんだって。そうでしょう部長」

「ああ、そうだったわね。うん。パソコンを見に行くのよ」


 静香に逆らっても無駄だという事は十分身にしみて分かっていたし、木村と二人で結託してクラブ活動の一貫だと言い張るものだから、仕方なく家に招いた。

 ソフト部はまだ部活中だったけど、今度は佐友里も気付か無かった。


「あら、あの子、まさか佐友里ちゃん?」


 静香は目ざとく佐友里を見つけた。


「彼女思ったよりかわいくなったわね。今度部室に連れてきなさいよ」

「嫌です」

「どうして」


 二人が顔を合わせると喧嘩になる。最後に会ってから随分月日が経ってはいるけど、静香は昔のままだったし、佐友里もまだまだ頑固だった。昔みたいに取っ組み合いの喧嘩はしないだろうけど、間に立てば無事には済まない。それが嫌だった。


「僕の前で喧嘩をしてほしくないですよ」

「喧嘩した事なんかあったっけ」

「覚えてないなら、べつに良いです」


 駅を越えると、商店街が見えてくる。毎日ここを通るたび五月の事を思い出した。あれから一週間も経っているのに、まだ五月を見つける事が出来なかった。


「ここを抜けた方が近いんじゃない?」


 静香が商店街を指差した。そんな事は分かっている。だけど入学式の時のようになりたくないから、その提案は却下した。

 五月に会えるかもしれないと一瞬思ったりしたけれど、リスクの方が大きすぎる。


「そこは危険なんだって」

「そうかな」

「行きたいなら一人で行けば。僕は怖いから遠慮しておくよ」


 不満げな静香を無視して歩き始めた。


「おい待てよ。先輩、行きますよ」


 木村は声を掛けながら着いてきた。

 静香はしばらく考え込んでいたけれど、商店街を通るのは諦めたようだった。


 玄関の鍵を開けるとすぐに、二人は遠慮なく上がり込んだ。父親はすでに出勤した後だった。母親のシフト表を見ると、今日は珍しく午後の勤務だ。帰って来るのは夜遅くなってからだろう。


「懐かしいな。ジュンの家って何にも変ってないんだね」


 静香が遊びに来てたのは小学校に入る前のことである。確かにその頃から家の様子は変っていない。大画面テレビのに買い換えたのと、絨毯を買ったぐらいだ。共働きで、しかも母親が夜勤中心の看護士なのに、家には全くお金を掛けていなかった。それは両親が寝るためだけに帰って来ているからである。家族の団欒なんか、ほとんど無かった。

 木村は二階の部屋に入るなり、机の上のコンピューターに駆け寄った。


「これか。見た目は普通だな」


 トーカ製タイプ三十は過去に最も売れたスタンダードマシンである。数年前に生産中止になったけれど、いまだに多くのユーザーが存在する。パソコンオタクでなくとも一度は見たことのあるマシンだった。


「見た目はね」


 熱心にマシンの品定めをしている木村とは対照的に、静香は棚の上に並んでいるプラモデルを物色していた。本棚に置いてあるのは漫画の本とプラモデルだけだった。

「男の子の部屋って、大抵これが置いてあるよね」

 静香が棚から取り出したのは、人気アニメに出てるモビルスーツのプラモデルだ。赤くて角の生えてる奴だった。確かに同世代の男なら、いや世代を問わずそれは何処の家庭にもあるはずだった。


「静香の家には無いのか」

「うちには男が居ないしね」


 香純には父親も男の兄弟も居なかった。


「じゃあ、何処で見たんだよ」

「彼氏の家」


 木村はその言葉に動揺していた。恋人については知らなかった様である。


「へえ、先輩って彼氏いるんですか。当然ですよね」

「そう? まあ、先月別れたんだけど」

「本当ですか。じゃあ、今はフリーですか」

「え、うん。一応ね」


 静香にしては珍しい事に、木村の勢いに押されていた。


「なあ遅刻マン。これ起動してもいいか」


 逆に木村のテンションは上がっていった。


「ああ」


 もはや木村にも逆らえなかった。

 マシンの起動スイッチが押され、BIOSの起動画面が表れる。


「何だよこれ」


 木村が驚くのも無理は無い。そのマシンはマザーボードをはじめとした内臓パーツが全て最新型に組替えてある。しかもそのほとんどが、まだ市販されていないテスト品だ。


「親父がトーカのエンジニアなんだよ。試作品のモニターを頼まれているんだ」


 OSはもちろんトーカ製ストロベリーシロップ。天才プログラマー北山郁美が中学一年の時に組み上げたと言う完全フリーのOSをトーカが自社用に改良したものだった。しかしそれさえも、テストマシン用にカスタマイズされている。


「いいなあ、すごいな」


 木村は何度もそうつぶやきながら起動画面に見入っていた。その間に、冷蔵庫から持ってきたオレンジジュースをコップに注いだ。

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