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海でエンカウントするモンスターは、どう襲いかかって来ているんだろう。基本的に魚類はエラ呼吸だし、甲板にわざわざ攻めてくるのは自殺行為だ。
では海で戦うのかとも思ったが、海からでは船にいるこちらに攻撃は届かない。
逆も然りだ。ぼくみたいな近接攻撃が基本のキャラの攻撃をどうやって海の敵に当てているのか疑問に思っていた。
魔法で足場を作ってそこで戦うとか、武器に縄をくくり付けて投擲するとか色々方法はありそうだが、
「敵だーっ!」
「よしきた。ふんっ!」
ズパアァァァン!!
「行くぞ、エル」
「……」
「さあかかってこい! フレアバースト!」
「ギョアアアアア!!」
「……」
「よし、エルのおやつが増えたな」
「……」
「エル、何か変なことでもあったか?」
……色々と言いたいことはあるが、とりあえず海の敵と戦う時に海を割るのは違うと思う。あまりにも力技すぎる。
それはさておき船旅は馬車の移動より豪華だ。船には寝室やキッチン、それにお風呂まで付いているので生活しやすい。
ゲームでは宿代が無い時、代わりに寝られる施設として使い勝手がよかった。
もちろん、船で発生するイベントはいくつかある。たしかエルは夜中に二人きりで過ごすイベントと倒した魚の魔物を勇者がおいしく料理して食べさせてあげるイベント、幼なじみは……
「ほらエル、あーん。俺が料理してみたんだが、どうだ?」
「ん、おいしい。とてもおいしい」
「はは、頑張ったかいがあったな。後であいつらにもお礼を言っとかないと。あーん」
「あーん」
魚の魔物は美味しいなあ。料理も出来るなんてさすが勇者。ぼくの好みに合わせてくれているあたりも高ポイントだ。
一人占めするのは申し訳なかったので他の皆にもすすめてみたのだが、苦笑いでやんわりと断られてしまった。魔物だけど本当に美味しいのに。隣から悲しげな気配がしていたが、何か関係あるのだろうか?
「あれで友達だと思ってるってんだから、あいつも報われねえよな」
「料理は好評なみたいだけど、あーんまでしてるのに友達としての関係しか深まってないのはちょっと可哀想ね」
親友と幼なじみが何か喋っているが、ぼくは食事に忙しくて聞いていなかった。勇者が若干傷ついた顔をしているのはなんでだろう?
おやつが終わると暇になったので、勇者と遊ぶことにした。移動中は戦闘の時以外基本暇なのだ。
船は馬車と比べて広く、できることの幅も相応に広い。この広さと周りが海しかないことを利用して魔法の練習なんかできないだろうか。
「魔法、おしえて」
「エルが魔法を? 構わないが、俺は今のエルも十二分に好きだぞ」
「ありがと。でも、使ってみたい」
「魔法が気になるのか。なるほどエルもそういうお年頃だもんな」
「ん」
「分かった、簡単なやつでいいなら教えよう」
「嬉しい」
魔法は、詠唱によって効果、属性、威力、範囲を決めて撃つみたいだ。詠唱には古代言語が使われるので、魔法の練習は外国語の勉強と似ている。
ぼくには幸い日本で英語という外国語を勉強した経験があるので、古代言語はわりかし早く覚えられそうだ。これには勇者も驚いていた。
しかし古代言語さえ分かれば自由に魔法が使えるわけでもなく、適切な言葉を組み合わせなければ何も起こらないらしい。
勇者は懇切丁寧に手取り足取り教えてくれて、その結果ぼくは光の呪文を使えるようになった。
「ねえ、魔法にポーズとかは関係ないんだから手握ったりしなくてもよくない?」
「何を言うんだ、魔法を使う時はカッコいいポーズで使った方がカッコいいだろう」
「本音は?」
「練習を口実にエルに触れて嬉しい」
「清々しいわね」
ただ光る玉みたいなのが発生するだけだが、ぼくにとっては大きな一歩だ。教えてくれた勇者には感謝の気持ちを込めてぎゅってしておいた。
船の上での食事はなんだかいつもより楽しい気分になる。旅行で食べる料理は美味しいみたいな話を聞いたことがあるが、それかもしれない。
勇者パーティーに船酔いが酷い人はいないので、みんなで甲板に集まって食べる。今日は魚の魔物のムニエルだ。
魚料理はおじさんの得意分野で、普段の幼なじみとお姉さんの料理と比べても遜色ないほど美味しい。ぼくの中でおじさんの株がどんどん上がっていく。
「頼む、料理を教えて欲しい」
「俺は魚料理しか出来ないぜ? それに、昼に料理してなかったか?」
「あれは見よう見まねのモドキだ。俺はちゃんとした料理でエルの胃袋を掴みたい」
「ま、いいけどよ。胃袋なんか掴まなくたって、嬢ちゃんはとっくに落ちてると思うけどなあ」
「?」
「ああいや、何でもないさ嬢ちゃん。とりあえず、明日あたりに教えてやるよ」
「ありがとう、恩に着る」
船の移動にはメリットが多いが、デメリットもある。その中で一番大きいのが夜中にも魔物が襲ってくることだ。
地上で使っていた魔道具の結界はドーム状に張られるため、海中の魔物には意味がないのである。
よって、今日の夜は勇者とぼくが寝ずの番をすることになった。勇者がいないとそもそも魔物と戦うことができないので、一緒にぼくが起きておくことにした。
「こうして夜起きて過ごすのは新鮮だな、エル」
「ん」
「船旅、楽しいか?」
「ん、楽しい」
「エルが楽しめたならよかった。今も嬉しそうな気配が伝わってくるし、俺も嬉しいよ」
「ん、これは」
「これは?」
「魔法、役に立ったから」
「ああ、はは。そうだな、エルは魔法が好きだもんな」
「ん」
「また暇があれば教えよう。次はどんなのがいい?」
「すごいの」
「すごいのか。大雑把だな……うん。見繕っておくよ」
「ん、ありがと」
「いいんだ、俺はエルが大好きだからな」
「ぼくも好き」
「…………それは友達として、なんだよな?」
「ん」
勇者が落ち込んでしまった。何も変なことは言ってないはずなのに。それはともかく、魔物が来た時のために勇者がこのままだと面倒だ。
「よしよし」
「……ありがとう。俺は諦めないぞ」
「頑張って」
「……ああ……」
よし、多分これで大丈夫だろう。その後の戦闘では若干勇者の出力が弱かった気もするけど、やっぱり眠かったのかな?
明日は勇者にゆっくり休んでもらおう。