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 空に浮かぶ月を見ていると、懐かしい気持ちになる。これはぼくの中のエルとしての記憶が関係している。


 エルの故郷は月の町という場所で、常夜の地にある町だ。常に夜で、月に見守られていることから月の町と呼ばれる。


 どうして今突然故郷の話をしたかと言えば、辿り着いた港町が絶賛真夜中だったからだ。月が綺麗である。



「きれい」


「ああ、綺麗だな。いい景色だ」


「呑気だな、お前ら……」


「まあ、ただちに危険は無さそうだったからな。あまり見られるものじゃないぞ」


「ん」


「そうかもしれねえけどよ。どうなってんだ、ここ? 昼なのに夜なんて話聞いたことも無いぞ」


「遠い地にはそんな場所もあるらしいぞ? この町でそんな話は聞かないが」


「世界には色々あるんだな。とりあえず町長に会いに行こうぜ」


「「まあ待て」」



 ということで、この夜を晴らすのが港町のストーリーだ。鍵となるのは太陽の石というアイテムで、これをダンジョンから持ってきて掲げることで夜を晴らすことができるのだ。


 ちなみに太陽の石がこちら。ダンジョンは道中にあるので休憩中に取って来ておいた。来た道を戻るのは面倒だと思ったし。


 後はこれを掲げれば……あれ? 今勇者もまあ待てって言った?



「待てってお前ら、何かあるのか?」


「ああ、思いついたことがあってな。少し離れていてくれ」


「あ、ああ……」



 なんか勇者が力を溜め始めた。なんとなく嫌な予感がしてきたぞ。


 親友キャラと二人で物陰に隠れる。勇者はおもむろに勇者っぽい力で光り輝いている剣を掲げると、かけ声とともに振り下ろし。


 次の瞬間、視界が真っ白に染まった。




「すまない、あんなに強くなるとは思わなかった」


「ちかちかする」


「デタラメすぎんだろ……」


「だが、これで夜は明けた。やればできるもんだな」



 夜を斬り裂いて無理矢理晴らすなんて、勇者はすごいなあ。この重要アイテムどうしよう。ただの綺麗な石同然になっちゃったよ。


 仕方ないので石はしまっておこう。気が付くと周囲から歓声が聞こえてきていた。


 どうやら夜を晴らした勇者が感謝されているようだ。


 過程はどうあれ結果的にシナリオ通りお礼に船を貰えることになったので、海の状況を確認する一日間は港町に滞在することになる。


 ぼくは港町に来るとおじさんが釣りをしに行くことを知っていたので、それについて行くことにした。


 釣りはやったことが無いので、埠頭で準備しているのを後ろから眺める。



「嬢ちゃんは勇者と一緒にいなくてよかったのか?」


「ん。首輪、あるから。それに……」


「それに?」


「攻略の邪魔、いけない。」


「はは、なんだそりゃ。まあこんなオジサンの釣りでよけりゃ、いくらでも見てってくれや」


「ん」



 おじさんは勇者とは違うカッコよさを持っている。勇者は顔が良く、おじさんは渋い。ダンディというのだろうか。


 おじさんを見ていると、こんな大人になりたいとよく思う。釣りをしている今も一挙手一投足が完成されているし、人生の経験値を沢山積んでいるんだろう。


 ただ、全く釣れていないが。


 このおじさん、実は結構ギャップ萌えキャラなのだ。外見も声も仕草もカッコいいのにお茶目な要素が沢山あって、女性プレイヤーからは高い人気を集めていた。



「場所が悪かったかな? こっちには魚がいないのかもな。移動してみるか。」


「ん」



 大丈夫かな。今さっきおじさんがいた所で魚が跳ねてるの見えたけど。


 場所を変えてもなかなか釣れず、見てるのは暇だろうからとおじさんから釣り竿を貸して貰った。



「そうそう、そこんとこにエサをキュッと付けてな。嬢ちゃん、虫平気なんだなあ。意外だったぜ」


「そう?」


「まあ、魔物と戦ってるしな。女の子ってのは普通は虫が苦手なんだよ」


「ふーん」


「何が嫌なのかイマイチ分からんが、気持ち悪いってよく聞くよなあ」


「ん」


「俺がガキの頃は山で育ってな、近くに川も流れてたんだ。そこで釣り以外にも色々教えて貰ってさ……お、おい! 嬢ちゃん引いてる!」


「!」


「急ぐなよ、ゆっくりゆっくり。でも逆に引きずり込まれないように……嬢ちゃんなら大丈夫か」


「ん……えいっ」


「おお、上手いな嬢ちゃん!」


「ん、嬉しい」


「はは、良かったな。俺も負けてられねえな」



 ぼく達は魚を一尾持って宿に帰った。


 おじさんは少し落ち込んでいたが、直ぐに気分を変えて料理を楽しんでいる。切り替えの早さもおじさんのいい所だと思う。



「エル、釣りは楽しかったか?」


「ん、一匹釣った」


「おお、それで夕飯に魚一匹増えてたのか。美味いぞ……ん? 一匹だけってことは……」


「それ以上、だめ」


「ああ……うん。エルが楽しめたならいいと思うぞ、俺は」


「ん」







 今度は時間通りに来た夜の町のどこかで、誰かが歩いていた。誰にも見つからずに楽しそうに笑う誰かは、人の形をしている。



「くく、夜が明けてしまったか。思ったより早かったね、勇者パーティー」



 人は、昼の出来事を思い出す。あまりにも規格外な勇者と、もう一人──。



「あの子。エル、と呼ばれていたな。見ていたよ、君は到底初めてとは思えない足取りで洞窟に入って行ったね」



 大きな武器を背負った幼女は、迷い無くダンジョンの奥まで進んでアイテムを取ってきた。



「見ておくべきは有り得ない強さの勇者、じゃあない。彼女は、勇者をもってしても届かない何かをその身に宿している」



 人は笑う。これから起こる事柄を想って。


 人は笑う。変わるかもしれない運命を感じて。



「逃がさないよ。やっと見つけたかもしれないんだ、ぼくの未来を」



 人は笑い、人知れず闇に溶けていった。

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