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7

 衝撃の一夜が明け、俺達は次の目標である海を渡るために港町へ向かっている。


 砂漠を越えて海へ近づいて行く景色は爽やかだが、馬車の中では未だに気まずい雰囲気が流れていた。



「な、なあ……元気出せよ……」


「ああ……」


「ほら、あいつだって悪気があったわけじゃないんだしよ……」


「ああ……」


「それに、嫌われたわけじゃないだろ」


「ああ……」


「ダメだこりゃ、完全に気が抜けてやがる」



 そりゃあ気も抜ける。なにせ愛する人から「ずっと友達でいよう」などと言われてしまったのだ。そんな現実を受け入れたくない。


 愛する人……エルは俺の気持ちを知ってか知らずか今日はいつも以上にべったりくっついてきている。


 俺の匂いを嗅いだり腕に抱きついてきたり胸に頭をぐりぐりしてきたりしている。この距離感で友達はないだろうというのがエル以外の仲間の共通認識だ。


 と言うか、エルは友達に首輪をつけると思っているのか? それはそれで心配になってくるな。


 しかし、いつまでもこんな状況でいるわけにはいかない。何とかしてエルに異性として意識させなければ。


 まず、エルは基本的に無表情で眠たげな瞳がとても可愛らしい幼女だ。俺でも何を考えているか正確に分かることは少ないが、内心は割と表情豊かなのではないかと感じている。


 特に戦闘中は身の丈を超える大きさの武器を軽々と振り回し敵を容赦なく屠っていく。その小さい身体のサイズと大きな武器のギャップが一層エルの魅力を引き立てている。


 そして、非常に抜けている部分が多い。


 武器が無かったとはいえ容易に誘拐されてしまった理由を聞いた時には、考え事をしていたと言っていた。盗賊を目の前にして考え事をできるだけの胆力というなら素晴らしいが、恐らく本当に気にしていなかっただけだ。


 そんな所も可愛いと思ってしまう俺は、やはりエルを好きなんだろう。


 俺は昨日もプレゼント選びを手伝ってもらった頼れる幼なじみに助けを求めることにした。



「助けて欲しい」


「今までのあんたの態度で無理なら多分もう無理ね」



 確かにそうかもしれない。


 だが俺は諦めんぞ。エルに何としてでも異性として意識させてやる。



「エルは可愛いな」


「ん、ありがと」


「エル、好きだ。愛している」


「ぼくも好き」


「今度デートへ行こう」


「ん」


「……エル、俺達は恋人だよな?」


「? 友達だと思う」



 なぜだ。どうしてこう頑なに友達にしようとしてくるんだ。仲間達の哀れみの視線が痛い。


 助けを求める目で親友を見る。



「そうだな、何か異性として意識させる動きでもしてみたらどうだ? 劇なんかじゃあ、壁に手をついて追い詰めるやつをよく見るよな」


「なるほど。やってみるか」


「ああ、でもこの馬車の壁は──」



 やはり親友は頼りになる。


 俺はエルに覆い被さるようにして壁に手をつく。そしてエルの腕を掴み、



ビリビリビリ。



 壁が破れ、支えを失った体は馬車の外に投げ出される。しかも腕を掴んでいたエルまで道連れにしてしまった。



「!?」


「幌馬車だから出来ないぞって言おうとしてたんだが……」


「っ、エル!」



 咄嗟にエルを抱き、落下の衝撃から守る。しばらく地面を転がったが、俺の体は大丈夫そうだ。


 エルは俺の腕の中で何が起こったのか分からないという表情をしている。可愛いのでずっと眺めていたくなるが、そういうわけにもいかない。



「エル、すまない。俺がバカなことをしたせいで馬車から投げ出されてしまった。怪我はないか?」


「ん、大丈夫」


「馬車が戻ってくるまで待つか。……エル、こうして俺に抱かれてても何も感じないのか?」


「ん……あったかい」


「あー、そういうのじゃなくてだな」


「おちつく?」


「落ち着くか……そうか。今はそれでもいいのかも知れないな。だが、旅が終わるまでには……」


「?」


「いや、こっちの話さ。ほら、馬車が戻ってきたぞ」


「ん」



 俺は急がないことにした。まだ旅は始まったばかりなんだ。無理に関係を進展させようとせずとも、いずれ仲は深まっていくだろう。いや前は恋人だと思っていたのだから後退しているのだが。


 今のエルに俺を異性として意識させるのは無理だと思った。それは幼いのだから当然だったのかも知れない。


 旅の終わりで、また伝えよう。それまでに、出来ることは何でもやってやる。


 全ては、エルのために。


 俺は新たな決意を胸に、馬車に乗り込んだ。







 今日は何か勇者の様子がおかしかった。ぼくのことを恋人だと言ったり、突然壁ドンしようとして馬車から投げ出されたり。


 友達同士のじゃれ合いってこんな感じなんだろうか? 投げ出されて空中で勇者に抱っこされた時はドキドキして楽しかった。


 それはともかく、今ぼくの目の前にはとても美味しそうなデザートがある。王都の隣町の食材で作られたもので、森の実りを活かした木の実ケーキだ。


 素朴な味としっとりとした食感が特徴的で、クセになる。材料はまだ残っているらしいので、また作って貰おう。



「ふうん、急がないことにしたのね。いいんじゃない、まだあの子も幼いもの」


「ああ。だが、旅の終わりまでには決着を付けたいと思う」


「ええ、応援するわ。安心しなさい、あんたが振られたらあたしがあの子を貰うだけだから」


「絶対渡さん。エルは俺のだ」


「はいはい、じゃああたしに奪われないように頑張んなさいよ」


「ああ、ありがとう」


「別にお礼はいらないわよ? あの子が欲しいってのは本当だもん」



 うん、勇者が若干変になったかと思ったけどぼくの作戦はちゃんと成功していたようだ。


 でも……なぜか、イチャイチャしている二人を見ながら味わうケーキはあまり美味しく感じなかった。

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