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このゲームに転職というシステムは存在しない。キャラ毎に覚えるスキルや魔法が決まっており、レベルアップ等で覚えて行く形になる。
もちろんここは現実なので頑張ればゲームでは覚えない魔法を覚えることもできるかもしれないが、少なくとも今のぼくは魔法が使えない。
したがって、ぼくが魔法を必要とする時は大抵勇者にやってもらうことになる。
そう、丁度今のように……
「…………」
「エル、大丈夫か。いつもに増して無口になってるぞ」
「むり」
「無理か、それなら仕方ないな。気休めにしかならないだろうが……フリーズ」
「おお……」
勇者の魔法のおかげで少し楽になった。
ぼく達は今、砂漠のど真ん中にいる。王都の隣町を出たぼく達は、次の町である砂漠の町へ向かうことにしたのだ。
したのだが、砂漠の暑さには勝てなかった。皆は自分で冷却魔法をかけているけど、魔法の使えないぼくには厳しい環境だ。
というか冷却魔法って勇者とお姉さんぐらいしか使えない魔法だった気がするけど、この時のために皆覚えたのかな。
折角ファンタジーな世界に転生したんだし、ぼくも魔法を使ってみたくはある。MPはあるからやれば出来るんじゃないだろうか? 今度勇者に教えてもらおう。
そんなことを考えていると砂漠の町にたどり着いた。道中の敵は皆が倒してくれていたみたいだ。
「勇者様方、ようこそいらっしゃいました!」
「おお、歓迎されてるな。それに見た感じ、活気がある」
「ん」
「エルは大丈夫か? きつかったら急いで宿に向かうぞ」
「大丈夫、勇者のおかげ」
「なら良かった。先に町長に会っていくか」
「ん」
砂漠の町にはピラミッドが隣接している。内部には途方もない量の宝が眠っていると言われており、町はそれを解放することにより多くの人を集めている。
さっきからチラチラとぼくの首元を見てくる冒険者たちも、大抵このピラミッドが目当てだろう。
と言うか、そんなに首輪が珍しいんだろうか。前の町では一日もすれば皆慣れて何も言わなくなったんだけど。
ピラミッド内部には少なからず魔物が生息しており、今の時点で最奥にはまだ誰も入ったことがないらしい。
まあぶっちゃけ、勇者パーティーがこの後最奥まできっちり攻略する。
ちなみに最奥には黄金のブローチが眠っており、仲間の誰かが身に付けていると魔物を倒した時に落とすお金が増えるのだ。
便利ではあるものの、ゲームの後半ではお金に困らなくなる上ステータスの上昇は無いのでほとんどのプレイヤーが倉庫の肥やしにしていたであろうチャームである。
「砂漠の町へようこそ。ピラミッドの方へはもう行かれましたか?」
「まだ行っていない。今日は町を散策して、明日辺りに入ろうと思っている」
「そうなんですね。勇者様も探索したとなればピラミッドにも泊が付きます、是非入ってみて下さい」
「ああ。ピラミッド以外にこの町の特産はあるか? 例えば、食べ物などがあれば知りたい」
「ええ、ありますよ。ここは砂漠の町ですので、サボテンなどが食べられます」
「サボテンか、ありがとう。食べてみよう」
「ええ、是非。どうぞごゆっくりして行って下さいね」
町長との挨拶は考え事をしていたら終わっていたようだ。
宿に荷物を置いて、勇者と二人で町の散策に向かう。幼なじみも誘ってみたのだが、「他人の恋路を邪魔する趣味はない」とよく分からない理由で断られてしまった。隣から発せられていた威圧感と何か関係があるんだろうか?
町には露店が多く並ぶ。ピラミッド目当ての冒険者で賑わうこの町では、軽く寄って買える露店が繁盛するらしい。
ぼく達もそんな冒険者に混ざって露店を見て回っていると、勇者がお手洗いに行って一人になった隙に声をかけてくる女の子がいた。
「ねえ、そこのあなた。ちょっと見ていかない? 可愛いもの、沢山売ってるわよ」
「ぼく?」
「そう。お兄ちゃんには内緒よ」
「ん」
「素直で可愛い。私の妹にしちゃいたいくらい」
「や」
「ふふ、お兄ちゃんが好きなのね。こっちに来て?」
「ん」
この子は可愛いものを売ってるのか。勇者にプレゼントしたら喜んでくれるかもしれないし、少し見てみよう。
女の子はぼくの手を引いてどんどん路地の奥へ進んで行く。どうやら隠れ家的なお店のようだ……とはさすがのぼくでもならない。
そもそもぼくはこの子を知っていた。エルルートの誘拐イベントに出てくる女の子で、エルをこうして路地裏に誘い込む役割だ。
その後盗賊の男達が出てきて「へっへっへっ、上出来だ。こっちへ来な」そうそう、こんな風に。それから女の子と一緒に「これで妹を解放してくれるのよね?」「あ? そんなこと言ったかな?」「なっ、ちょっと、やめてよ! ちゃんと言われた通りにしたじゃない……!」「黙れクソガキ。とっとと行くぞ」「むぐぐ……!」そうそう、こんな風に誘拐されるのだ。
イベントについて思い出していたらまんまと誘拐されてしまった。
砂漠の町はこう治安が悪めなのが玉に瑕だ。幼なじみルートでは娼館のオーナーに絡まれるし、お姉さんルートではヤクザみたいな人達と戦うことになる。
あれ? なんでエルルートのイベントが発生してるんだろう。勇者は幼なじみを攻略してるはずなのに。
「お頭、連れて来ました」
「ああ、よくやった。そっちにぶち込んでおけ」
「へい」
「お姉ちゃん! 逃げてって言ったのに……」
「エミリー! ごめんね、私バカだった……」
しかし困った。今気づいたけどぼくの武器は宿に置きっぱなしじゃないか。武器を持たないエルなんてただ力が強い幼女でしかなくなってしまうぞ。
盗賊ぐらいならどうにでもなると思ってたけど、意外とどうしようもなさそうだ。そう言えばゲームでもエルは何も出来ずに捕まってたなあ。
まあ、シナリオ通りなら勇者が助けに来てくれるし気楽に待とう。牢の中はひんやりしててけっこう過ごしやすい。
「このガキ、首輪付いてんぞ」
「誰かの奴隷か? よっぽど運がねえんだな」
「エルは奴隷じゃないぞ。俺の嫁だ」
「そうか、お前の嫁だったのか」
「うむ」
「「………………」」
「「誰だお前!?」」
「誰だっていいだろう。まさかこんなに早く首輪が役に立つとはな」
「畜生、こんなに早く助けが来るなんて聞いてねえぞ!」
「お頭を呼んでこい!」
「まあ、待て。俺は今ちょっと怒ってるんだ」
「待つかボケ! クソッ、相手は一人だ。新手を呼ばれる前にやっちまうぞ!」
「死ねええええ!」
「待てと言うのに。怒っている時は手加減が──」
牢の向こうで何か轟音と悲鳴が響いて思考を中断された。土煙でよく見えないけど、あれは勇者の技……?
「助けに来たぞ、エル」
そう言ってこちらに手を伸ばす勇者はとてもカッコよかった。
その後盗賊の頭は勇者に瞬殺され、無事ぼくは姉妹と共に救出された。さすが勇者、強い。
帰り際に勇者が「リードも付けておくべきか……」とか呟いている気がしたけど気のせいだろう。
町長に盗賊を討伐したことを報告したら感謝されて、褒賞を貰った。宿に着く前に勇者はチャーム屋へ行き何か注文していた。幼なじみへのプレゼントだろうか?
「それは流石にやめとけ。まだ首輪はデザインがあれだったからギリギリ受け入れられてるが、リードまで付けたら完全にアウトだろ」
「やはりアウトか。その場で着けずに思いとどまって良かったな」
「買う前に思いとどまって欲しかったがな」
「しかし、誘拐されたんだぞ? 俺のエルが。警戒するのも当然だろう」
「確かにそうかもしれねえけどよ、首輪の探知ですぐ助けられたんだろ?」
「…………」
「そんなに不満そうな顔するなよ、諦めろ。あいつだって武器さえありゃあ盗賊ぐらいひとひねりなんだから、心配なら武器持たせとけ」
「……うむ、そうしよう」
宿で初めて食べたサボテンステーキはみずみずしくて美味しかった。