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好感度によってキャラの態度が変わるのは、至極当たり前のことである。逆に言えば、態度からおおよその好感度を測ることができるのだ。
そこまで考えて、ぼくは頭を捻る。
今現在、ゲーム開始から四日目にして既に皆の好感度が軒並み友達以上になっていた。
これはおかしい。悪いわけではないが、明らかに早すぎる。今ぐらいならまだ一人に集中しても友達未満にしかならないはずだ。
まあいいか。悪いことじゃないんだし。
話を変えよう。好感度によって装備の可否が変わる装備品もいくつかあった。
例えば水着。水着を街中で装備させようとすると普通は当然断られるのだが、好感度が高い状態だと装備してくれたりする。
他にも、好感度が最大の状態になると装備させられる束縛の首輪なんてチャームもある。妙に可愛らしいデザインなのが印象的だった。
このゲーム、意外とアブノーマルなものも実装されてたなあ。なんて、ぼくはいつの間にか身に付けていた妙に可愛らしいデザインの首輪をいじりながら考えていた。
「……あの、聞いてます? そこの方……」
「ん」
「そうですか……いえ、すみません」
「いや、多分聞いてないぞこれ。悪いな、町長さん」
考え事をしていたら勇者に軽く叩かれた。
抗議の視線を向けると「ちゃんと話聞いとけ」と視線で返された。ちゃんと話聞こう。
「ごめんなさい」
「大丈夫です、では話を続けますね。件の大量発生した魔物については、二つの原因が予想されています。まず、スタンピードと呼ばれる現象によるもの」
「もう一つは、魔王軍による侵略……だな」
「はい、その通りです。前者であれば我々でなんとか対処可能ですが、もし後者だった場合はこの町はかつてない危機に陥っている可能性があります」
「そうだな、ここまで魔王軍の手が伸びているとしたら由々しき事態だ」
「そこで皆さんには、原因の究明と魔物の駆除をお願いしたいのです」
「ああ、分かった。皆もそれでいいか?」
一様に頷く。王様の命令でもあるし、困っている人達を見捨てることはしたくない。
何よりこのイベントは好感度稼ぎに必要だ。
今回のボス、魔人ゲゼルはラストアタックを決めたキャラの好感度が上がる仕様となっている。
このボーナス好感度をなんとしても幼なじみに入れさせるため、ぼくは頑張らなくてはいけないのだ。
幸い初期ステータスからあまり成長していないはずのぼく達の間で、ステータスの差は少ないはずだ。ヒーラーの幼なじみも物理で殴りかかって大丈夫だろう。
まず町の人達に話を聞き中ボスであるハイオークの目撃情報を得て、それを元に森でハイオークを探す。
次にハイオークを倒すとドロップする地図を元に魔人のアジトへ向かい、魔人ゲゼルを倒す。
それでクエストクリアだ。
手順通り町の人達に話を聞いてもいいが、多分聞かなくても大丈夫な気がする。
ぼくは勇者の手を引っ張って、ハイオークの出る場所に行くことにした。
「……なあ、お前やったろ」
「何がだ?」
「首輪だよ、こいつの」
「ああ、可愛いだろ」
「いよいよ犯罪の香りがしてきてるんだよ」
「犯罪? そんなわけ無いさ。エルが首輪を嫌がっていないのが何よりの証拠だ」
「ん」
「マジかよ……」
なんか親友キャラが死んだ目でこちらを見ているけど気にしない。無事ハイオークの森に着いたのだが、妙だ。
ハイオークはおろか魔物の気配すら全然しなくなっている。昨日はもっと魔物もいたし、もっと森の雰囲気も悪かった。
しかし困ったぞ。ハイオークがいないと地図が手に入らない。魔人のアジトの場所は覚えているがはたして地図も無しに行っていいのだろうか。
「なるほどな。エルが連れてきてくれたここは、昨日ドロップに混じっていた地図の場所のそばだ」
「地図なんてドロップしてたの?」
「ああ、でかいやつを倒したら落ちてた。これを見るに、なんか黒幕の隠れ家みたいじゃないか?」
「確かに、この場所は地図が無いと見つけられそうにないわね」
「よし、行くぞ。ナイスだエル」
「ん、ありがと」
気づいたら魔人の隠れ家に連れてこられていた。地図もないのに見つけてしまうとは、さすが勇者と言わざるを得ない。
結果的に、魔人ゲゼルはいなかった。
やっぱりフラグが足りていなかったか。ほかの魔物も軒並みいないからまさか既に倒されているかとも思ったが、さすがにそれはないだろう。
やっぱりハイオークをどうにかして見つけ出さないといけないようだ。
「『魔王軍辺境隊報告書』……これ、なんでしょう?」
「ああ、なるほどな。この辺りの魔物の指揮は魔人ゲゼルというやつが執っていたらしいぜ」
「魔人ゲゼル? それなら、昨日エルが倒してたな」
「「えっ」」
「うん、あれは惚れ惚れする一撃だった」
「待て回想に浸るな。じゃあつまり、黒幕がもういないからには魔物の問題は解決したってことか?」
「そうなるな。さすがエル、依頼される前から問題を解決してしまうとは」
「魔人なんか倒したんだったらその日のうちに言っとけよ! 割と身構えてたんだぞこっちは」
「いや、瞬殺だったんだよ。名前を聞くまで忘れてたぐらいだ」
「はあ、お前らというやつは……」
「とりあえず、これは証拠として持って行きましょうか……」
いつの間にか勇者以外の皆から呆れたような視線を投げかけられている。なぜだ。
町へ戻ると町長が出迎えてくれた。勇者が何やら報告するとものすごく感謝してくれた。お礼に豪華な食事まで用意してもらっていいのだろうか。ぼく達今日は結局何もしてないよね?
多分、魔物がいなかったことを確認できただけでも助かるのだろう。本当にあの魔物達はどこへ行ったんだ。
町長の家にはなんとお風呂があった。この世界に来てからほとんど入ってなかったのでとても嬉しい。
お風呂は女性陣と男性陣で分かれて入った。ぼくはまだ幼いので勇者と一緒に入らないといけないと勇者が言っていた。なのでぼく達は最後だ。その分長く入れるのはありがたい。
「なあ、お前勇者に裸見られてもいいのか?」
「ん、いつも見られてる。問題ない」
「おいテメェ無垢な幼女に何してやがる」
「なんだ、急に。俺はただエルに必要なことをしているだけだぞ」
「ん」
「裸見る必要なことって何なんだよ……なあ、こいつに何かされたら誰かにちゃんと言えよ。取り返しつかなくなってからじゃ遅いんだ」
「ん、大丈夫」
清浄魔法をかけることになぜ親友キャラは怒っているのだろうか。分からない。
勇者に手を引かれて脱衣所に行く。首輪で上手く服が脱げないので勇者に脱がして貰い、お風呂に入った。
何だかんだで勇者は面倒見がいい。幼女であるぼくの身体を丁寧に洗ってくれるし、髪も傷つかないように優しく洗ってくれた。
体が小さいとはいえ別に自分で洗えるのだが、勇者の洗い方は気持ちいいのでつい甘えてしまう。この辺りは転生してよかったところだ。
火照った身体を湯船に漬けて力を抜く。
「エルは風呂、好きだよな」
「ん」
「風呂は気持ちいいよな。それに合法的にエルの身体も触れる」
「ん」
「……なあ、俺だって男なんだぞ。本当はエルとそういうこともしたい」
「ん」
「エル、俺が言うのもなんだがもう少し警戒心を持った方がいいぞ。いつ危ない目に遭うか分からないんだから」
「…………」
「……もしかして、俺だからか?」
「ん」
「はは……なら、すげぇ嬉しいな。でも、これ以上誘惑しないでくれ。耐えられそうにない」
「……いいよ?」
「……上がるぞ、エル。のぼせたら危ない」
「ん」
はっ、ぼーっとしていた。何か無意識で勇者と話していた気がするけど全然覚えてない。お風呂は案外危ないのかもしれないな。
勇者はいつも身体を拭いて服を着せてくれるのだが、なぜか今回はやってくれなかった。
そろそろ一人でやれという意味なのだろうか。少し寂しい。
村長の家のベッドはそこそこの大きさだった。ぼくと勇者なら一緒に寝ても少し余裕がある程度なのだが……
勇者の距離が遠い。普段はくっついて寝るのに今日は離れている。くっつこうとするとその分逃げられる。
もしかして、ぼくは何かしてしまったのだろうか。だとしたら、とても悲しい。
前世からぼくは空気を読めないと言われていたし、多分ぼくのせいだ。それなら、くっついて寝てくれないのも分かる。
辛いけど、今日はくっつかずに寝よう。一人で寝られるようになったら勇者も褒めてくれるかもしれないし。
その日は、なかなか寝付けなかった。
☆
エルが寝付いてから、俺はエルの方に振り返る。悲しそうな顔で眠るエルを見て、思わず俺の心臓が締め付けられるような気がした。
そうだ。傷付けないために距離を取ったのに、そのせいで辛い思いをさせては本末転倒じゃないか。
俺が耐えればいいだけなんだ。普段通り接することにしよう。
俺はそう決めて、エルをいつものように抱き枕にして眠った。