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「ぼくは魔王の妻だよ。娘もいる」
「ん」
「君をここに連れてきたのはぼくさ。突然ですまなかったね」
「ん」
「勇者のほかの仲間と同様に故郷に送っても良かったんだが、ぼくは君に用があった」
「ん」
「単刀直入に言おう。エル君、こちら側に来ないかい?」
「ん」
「君ならそう言ってくれると思ったよ。もし断られたら辛い事実を突きつけなければいけないところだった」
情報量が多すぎて話についていけてない。魔王、妻子持ちだったの? そんな設定無かったと思うけどなあ。
頭の中を整理していると、部屋にまた女の子が入ってきた。見た目は魔王の奥さんよりも幼く、エルと同じくらいだろうか。
「おお、起きたのか! 良かったのう」
「だれ?」
「ぼくの娘だよ。つまり魔王の娘でもある」
「うむ。よろしくなのじゃ」
「ん、よろしく」
よろしくされた。魔王の娘だけど可愛いから仲良くしよう。
「後の説明はおいおいにしよう、せっかくだから城を見て回るといい。魔王にも会って欲しいからね」
「ん」
「わしが案内するのじゃ」
娘ちゃんに案内されて魔王城を見て回る。人間の国の城とは違う、闇っぽい雰囲気が落ち着く。
一通り回ると、最後に玉座の間に案内された。ここは記憶通りの場所だ。
見覚えのあるイケメンが玉座に座っている。魔王だ。彼はこちらを一瞥すると、おもむろに立ち上がり……
「ん? 父様、今日は仕事しとらんのか?」
「待ってよ、今いい雰囲気だったのに!」
娘ちゃんが色々と台無しにしてしまった。
「というわけで、オレが魔王だ。今日は君を歓迎するためにここで待っていただけで、仕事はちゃんとしてるから勘違いしないでね」
「ん」
あ、魔王ってことはここで倒しちゃえばいいんじゃないだろうか。しまった、武器は部屋に置いてきてる。
「待って待って、君達は誤解しているよ」
「ごかい?」
「オレは魔王だけどさ、魔物を操って人を襲わせたりなんかしていない」
えっ、なんかぼくの知ってる魔王と違う。ゲームではもっと邪悪な感じだったのに。
「うん、そんな反応にはなるよね。まあオレも昔はノリノリで魔物を率いて人を襲ってたんだけど、今はそんなことより大切なものができたから」
「大切なもの?」
「愛だよ。お嫁さんとの愛。オレは各地を襲う中で、一人の女の子に出会ったんだ」
「まずい、この話はいつも長くなるのじゃ。ごたくはいいから結論だけ言うのじゃ、父様」
「ごたく……」
魔王はとても悲しそうに言葉を切った。ちょっと可哀想だ。
「つまり今のオレは家族との時間を過ごすのに忙しいってことさ。だから暴れている魔物達には何も関わってない」
「でも、母様言っておったぞ。そういうのを "管理不行き届き" って言うんじゃろ?」
「ギャーッ」
この魔王、家族に弱いタイプみたいだ。ゲームの時と印象が違いすぎて違和感が拭えないけど、悪い人ではなさそう。
「だ、だからオレだって頑張ってるんだよ。魔物達をなんとかして止めようとさ……でも、あいつら脳みそ小さいから聞かないし……もういっそ皆勇者に倒されちゃえば世界平和になるんじゃないかな……」
ついに魔王が世界平和を語り始めた。なんかもうダメな気がする。
「それでね、君に頼みがあるんだよ」
「たのみ?」
「そう。このままだといずれ勇者はここに来るだろう? そうなれば、オレはまあ十中八九討伐される」
「ん」
「でも、そういうわけにはいかないんだ。オレにだって守るものがあるからね」
「ん」
「しかし、情けないことだがオレは勇者に絶対勝てない」
「ん」
「だから、君に勇者の説得をして欲しいんだ。オレは悪い奴じゃないんだって話して欲しい。君の言葉ならきっと聞くだろうと妻が言っていたからね」
「ん、分かった」
なるほど、それでぼくは呼ばれたのか。たしかに友達のぼくなら勇者の説得ができるはずだ。……そういえば、勇者は今どうしてるんだろう?
「やってくれるか! 助かるよ、断られたらどうしようかと思った。……何か気になることがあったかい?」
「ん。勇者、なにしてるの?」
「ああ、それなら妻に聞くといい。いつも勇者達の情報収集をしてくれているからね」
「ん、ありがと」
奥さんは最初の部屋で待っているだろうとのことで、玉座の間を出て戻ってきた。娘ちゃんは魔王と遊びたいからと言ってぼくと別れた。
「やあ、おかえり。ご飯は食べるかい?」
「たべる。でも、ききたいことがある」
「聞きたいことか。もしかして、勇者のことかな?」
「ん」
「勇者はあの後、一人で神の町に行き神託を受けたよ」
「ん」
そうなんだ。神託の結果はどうなったんだろう。いやまあ、幼なじみが選ばれたと思うけど、もし違ったら大変だ。
「神託の結果は……聞きたいかい?」
「ん」
「そうか……勇者に相応しいと選ばれたのは、幼なじみだったよ」
「そっ、か」
やっぱり幼なじみだったのか。予定通り、ぼくが勇者と結婚する未来は無くなったんだ。
安心して涙まで出てきた。旅が始まってから二週間ほどだったけど、頑張ってよかった。
よかった、はずなのに。
なぜかぼくの涙は、止まってはくれなかった。
☆
次に目を開くと、俺は森の中に立っていた。
見覚えのある場所だ。初めてあいつと会った場所。
現時点で一番俺を好きな仲間だと言っていたからてっきりエルのことだと思っていたが……まさか、違うのだろうか?
エルが俺を好きなのは勘違いだったのか。そんなわけが無い。友達としてでも、エルは俺を好きだと言ってくれた。
しかし、俺の葛藤を嘲笑うかのように現実は歩いてくる。
「あんた、もう呼びに来たの? 相変わらず速いわねえ。あれ、エルちゃんはいないのかしら?」
そこにいたのは、エルではなく俺の幼なじみだった。




