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 昨日は不寝番をしてくれた勇者のためにたっぷり休息をとって、今日の朝も余裕をもって出発した。移動日である。


 馬車の中で勇者はすぐに眠ってしまった。やはり日頃の疲れが溜まっていたのだろう。首の後ろに寝息がかかってちょっとくすぐったい。


 特にやることも無いので、これまでのことについて振り返ろう。



「あんなに堂々と抱き枕にされて平然としてるのも凄いわね」


「と言うかあいつ起きてるだろ。昨日あれからずっと休んでたじゃねえか」



 まず一番の問題だったぼくと勇者の関係だが、今はとてもいい友人関係に落ち着いている。


 ちょっとスキンシップが多い気もするけど友達ならこんなものだろう。多分。今までいなかったから分からない。


 勇者と他の皆との関係も悪くないはずだ。ただあんまり他の皆と話している所を見ない気もする。


 恋人より友達を優先してくれるのはいいけど、ずっとこんな調子なら何か考えないといけない。友達として勇者の恋は応援したいし、放っておかれてる幼なじみも可哀想だもんね。


 というわけで、勇者にそれとなく恋人との時間も大切にして欲しいと伝えてみる。



「勇者」


「ん、ああ。俺は寝てるぞ」



 寝てるのか。それなら仕方ない。


 話を変えよう。今ぼく達が向かっているのは旅人の宿という場所だ。塔の町と次の町は距離が離れているので、その中間に休憩所のような形でやっている。


 ゲームでは寄らずに進むこともできた場所だが、現実では割と必要みたいだ。


 それに、旅人の宿ではストーリーに関わることを教えて貰えたりするので寄る意味が無いわけでもない。


 しばらく揺られてたら眠くなってきたので、勇者に体を預けてぼくも寝ることにしよう。



「なあ、あれ匂い嗅いでないか……?」


「分かるわ。吸いたくなるわよね」


「分かるのか……」


「なんで距離取るのよ。猫みたいなものじゃない」


「俺のエルは誰にも吸わせんぞ」


「「うわあ」」


「どうして距離を取る」


「愛が重くて気持ち悪いからだ。あと顔に首輪の痕ついてるぞ」


「む、エルにそんな顔は見せられないな。名残惜しいが起きておこう」


「最初から起きてただろ」



 旅人の宿についた時には勇者は起きていた。何か顔を気にしているので心配しなくても勇者の顔はかっこいいと伝えたら変な反応を返された。なんなんだろう。


 勇者が女将さんと話している間に共有スペースへ行ったら、可愛い女の子が座っていた。ぼくの知らない子だ。



「やあ、はじめましてだね」


「……ひゃ」


「ごめんね、驚かせてしまったかな?」


「大丈夫」



 急にこっち向いて話しかけてくるからびっくりした。外見に似合わず大人びた雰囲気を纏っている。それに……



「嬉しそう」


「そう見えるかい? くく、当たっているよ。ぼくは今とても嬉しい」


「どうして?」


「そりゃあ、今まで一度も無かった反応を見られたのだから……いや、喋りすぎたな」



 この子は何を言ってるんだろう。可愛いからいいか。



「今日はこの辺でお暇させて貰うよ。また会おう、ぼくの未来」



 そう言い残すと女の子は立ち上がって行ってしまった。とても気になるけど、入れ替わりで勇者が来たからひとまず置いておこう。



「エル、二階の一番奥の部屋にしたぞ。珍しい顔だが何かあったのか?」


「ん、なんでもない」


「そうか……それならいい。部屋に行こう」



 違う、なんでもなくはない。ここにはストーリーに関係する本が置いてあるから来たんだ。すっかり女の子に持ってかれてた。



「なんでもなくない」


「ど、どっちなんだ? 話してくれるのは嬉しいが無理はダメだぞ」


「この本」


「ん? ……これ、もしかして伝説の勇者の記録か? よく見つけられたな。凄いぞ」


「ん」



 頭を撫でてくれた。えへへ。



「伝説の勇者の話は俺自身もよく聞いたものだが、詳細な記録は読んだことがなかったからな。気になっていたんだ」


「ん」



 それだけ言うと勇者は本に夢中になってしまった。やっぱり息がくすぐったい。


 伝説の勇者の話は、ざっくり言えば人間が魔物に攻められて困っている時に現れた勇者の冒険譚だ。


 大抵の場合昔話程度にしか伝わっていないのだが、こうして詳細な記録が残っていることもある。


 たしかここの内容は……



「なるほどな。あの塔で共に景色を見た二人は結ばれるというのはここから来ていたのか」



 そうそう、そんな話だ。勇者とお供の女性が塔の上で結婚式を挙げたとかだった。



「そうだな、エルは結婚式を挙げるならどこがいいと思う?」


「城」



 勇者が結婚式を挙げる場所は城と決まっている。魔王討伐の報告をした時に一人相手を選ぶんだ。



「そうか、エルは豪華な方が好きなのか……」



 勇者が何か考え込んでしまった。幼なじみと結婚式を挙げる時のことでも想像しているのだろうか。


 本を読み終えたらちょうどご飯の時間になっていた。共有スペースに入ってきた他のお客さんが妙にこっちを見てきたけど勇者が珍しいだけだろう。他に原因は思いつかないし。



「なあ、他の人もいるんだから食事中はちゃんと降ろして別に座れよ」


「分かっているさ。だが料理が運ばれて来るまではこのままで……」


「お前なあ……」



 宿のご飯はスパゲティのような麺類で、大量に作っているのに味も良かった。沢山おかわり出来るのもいい。


 いつもは余るのに今日は全部消費出来たということで、女将さんに感謝された。その後でデザートもいけると言ったら若干引いてたけど。


 お風呂は男女別だったので、幼なじみとお姉さんと入ることになった。大抵勇者と入っていたから新鮮な気分だ。



「なんか、この三人で集まるのって久しぶりな気がするわね」


「そう?」


「そうですね、エル様はいつも勇者様と一緒にいますから」


「それで、すごい気になってることがあるんだけど聞いてもいいかしら?」


「ん」


「エルちゃんってあいつのことどう思ってるの?」


「それは私も気になります! 勇者様はあんなにも分かりやすいアプローチをされてますのに、エル様は全く気づく気配もなく……」


「勇者、好き」


「でもそれって、友達としてでしょ? 恋人としてとかはどうなのかしら」


「恋人……勇者が?」



 ……少し考えてしまった。勇者とぼくが恋人になるわけがないじゃないか。



「そんなわけない」


「そんな訳ないって……でも現に勇者様はエル様のことが」


「そんなわけないよ?」


「ひょっとしたら、エルちゃんにはまだ難しいのかもね」


「そうですね……なんだか勇者様がお気の毒ですけど……」


「まあ、いいんじゃないかしら。いずれ分かるだろうし、あいつだって何も分かってない子と無理矢理結婚したりとかは……しない……かもしれないわ」


「駄目そうですね」


「大丈夫、いざとなればあたし達が止めてみせるから。エルちゃんも何か嫌なことされたらちゃんと言うのよ?」


「ん」



 なんだかよく分からない会話をした後はしこたま頭を撫でられたりもふもふされたりした。


 ぬいぐるみも意外と持ち主のことをめんどくさく思ってるのかもしれない……

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