10
ゲーム的には港町が二つも三つもあったら飽きるかもしれないが、実際港が世界に一つしかないのも変じゃないだろうか。
ぼく達は目的地にほど近い沿岸に船を停泊させ、徒歩で次の町に向かっている。ちなみに船は必要な時にアイテムで喚ぶことができる。
新大陸一つ目の町は塔の町だ。その名の通り、巨大な塔に町一つ丸々収まっている。
現時点で一番好感度の高いキャラと塔の頂上に登るイベントがあり、そこで見られる絶景と攻略対象キャラを一枚におさめたスチルは多くのプレイヤーを魅了したという。
見てみたくはあるけど、勇者は幼なじみと登るはずなのでぼくが行くことはないだろう。こっそり行ってみようかな。
塔の町のクエストは地下にある塔の機関部分に巣くう魔物を駆除してほしいというものだ。
新大陸ということで魔物の強さも一段階上がっている……のはまあこの勇者なら問題ないとして、大半が虫系の魔物となっている。
戦闘に影響があるわけではないが、勇者パーティーの女性陣はぼくも含めて虫が苦手だ。
釣り餌のミミズ程度なら別にいいけど、でかい虫の魔物となれば話は別になる。
なのでこの町のクエストは是非男だけで行って貰いたいというのをどうにかして伝えられないかぼくは考えていた。
「塔の町と言うだけあって、とても大きいな。それに高い」
「町が一つ入る大きさだものね。でも、階段が多くて暮らしづらそう」
そう話しているのを聞きながら塔の入口に行くと、町長が待ち構えていたようで、入ってすぐに歓迎された。
「勇者様、ようこそおいでくださいました。ほかの町での活躍の噂はここにも届いておりますよ」
「いや、自分に出来ることをやっただけだ」
「おお……噂に違わず素晴らしいお方だ」
ストイックだなあ。やってることはデタラメなのに。
「そんな勇者様にお願いしたいことがあるのです」
「ああ、なんでも言ってくれ」
「この町の地下、塔の機関部分に魔物が棲みついてしまいまして。どうかそれを退治して頂けないでしょうか」
「なるほど、引き受けよう」
「おお! ありがとうございます」
「これも勇者の務めだからな」
さて、どうしたものか。何かもっともらしい理由……ただ町を見たいだけなら問題解決後でいいし……
「無事魔物退治を終えて頂けたら、特別に塔の頂上へ登る権利を差し上げましょう」
「おお、ありがとう」
「あら、いいじゃない。この子と行ってきたら?」
そうだ、魔法を教えてくれた勇者へのお礼を探すためなんかどうだろう。ちょうどいいかもしれない。
「ああ、そうしよう。エル、一緒に行こう」
「ん」
「では、こちらです」
でも直接勇者に言うのは少し恥ずかしい。幼なじみかお姉さんに……あれ? いない? それに薄暗いし機械音してるし……
「エル、どうした? 何かあったか」
「二人きり?」
「ああ、二人きりだな。もしかして、意識してくれてるのか?」
「ん」
「お……おおう」
いつの間に勇者と二人で塔の地下に来たんだぼくは。これはまずいぞ。あとなんか勇者が挙動不審だけど何があったんだ。
何がまずいって、苦手な虫を見ること以上に虫におびえる姿を勇者に見られたくない。勇者の友達が虫にも勝てないなんて笑えないよ。
「じゃあ、進むか。ここは虫の魔物が出るようだからな、魔物避けを使って行くぞ」
「ありがと」
何この勇者イケメン。魔法で魔物を寄せ付けないようにしてくれた。
勇者のおかげで難なく地下の最深部まで辿りついた。ボスは普通の怪人っぽいやつだから問題ない。
「ここから去ってもらおうか」
「やっと来たか、勇者。今までに倒された俺のペットの虫の数だけ貴様を切り刻んでくれるわ!」
「ならゼロ回だな。そいやっ」
「グワアアアアアアアア!!」
「よし、帰るか」
「ん」
いつも通り勇者が瞬殺して、塔の町に平和が戻った。
ちなみに塔の町には各所に昇降機があり、階段を使わなくても楽に上下移動ができる造りになっている。
今回はその機関部を魔物に占拠されたため昇降機が使えなくなり、町が不便になってしまったという感じの流れだ。
「ありがとうございます、勇者様! 約束通り塔の頂上にご案内させて頂きます」
「ああ、頼む」
勇者はその辺の話は聞かずに町長に頼まれただけで迷わず魔物退治に行った。やっぱり勇者としての正義感とかがあるのだろう。
「そちらの方は勇者様の恋人ですか?」
「ん、いや……友達だ」
「ん」
「……友達だな……」
「ははあ、なるほど。それならいいお話がございますよ」
「なんだ?」
そんな勇者はやっぱりかっこいいと思うし、だからこそ友達になれて本当によかったと思う。
でも、これから勇者とぼく以外の一番仲のいい人が塔の上に登るのだと思うと少し複雑な気持ちにもなる。
「この塔の頂上で共に景色を見た二人は結ばれる、というものです。詳細は長くなるので割愛しますが」
「そうなのか。それはいいことを聞かせて貰った」
「今の勇者様には必要でしょうから」
「ああ、ありがとう」
「いえいえ、では私はここで。お帰りの際は来たものと同じ昇降機をお使い下さい」
独占欲、なのかもしれない。人気者に持つには無謀な欲望だ。けど、ぼくだってちょっとは勇者と仲良くなれたと思ってるんだ。
今は一番じゃないかもしれないし、これからもきっとなれないけど、せめて……友達としては勇者の一番になれるといいな。
「エル、見てみるといい。凄いぞ」
「ん」
あれ、なんでぼくは塔の上から勇者と景色を見ているんだ? まさか勇者、恋人じゃなくて友達を選んでくれたんだろうか。
「こんなに高い場所から見ても、隣の町も見えない。世界は広いな。あれは俺達の船か?」
勇者はぼくの心の内も知らずにはしゃいでいる。ちょっといたずらしてやろう。
「ん」
「うおぉ!? どうした、エル。急に抱きついて来たりして……」
「…………」
「も、もしかしてもっと高い所から見たかったのか? それならほら、抱っこしてやろう。……どうだ?」
「ん」
そうじゃないけど、なんだかいい気分になったからよしとしよう。
現実離れした綺麗な草原の緑と青空のコントラストを見ているとやっぱりここはゲームの世界なんだなって思う。勇者もかっこいいし。
しかしこの構図、どこかで見た気がするな。
「エル、好きだぞ」
「ん、ぼくも」
「いつか絶対恋人として好きだって言わせてみせるからな」
「? がんばって」
「ああ……」
この勇者ちょくちょく憂いのある表情をするなあ。そんな設定あったっけ?
それはさておき、ひとしきり景色を堪能してから塔を降りて仲間と合流した。
皆はぼく達が色々やっている間に情報収集とかをしてくれていたようだ。あとなぜか勇者が慰められていた。やっぱり勇者に変な設定がついている気がする。




