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 ぼくは怠惰というよりも、物事に対する関心が薄かった。


 小学校の通信簿には「集中力が足りない」と書かれ、中学の部活動では「真面目にやれ」と怒られ、あげく高校では勉強自体をほとんどしなかったため落第して退学した。


 ぼくはその事を何も気にしなかった。


 親兄弟が騒いでいるのを聞き流し、趣味のゲームにうつつを抜かした。


 いつしか家族も声をかけてこなくなり、ぼくの分の食事も用意されなくなっていた。


 ぼくはその事を何も気にしなかった。


 何も口にせず、空腹感もスルーしてただゲームをし続けた。


 やがて、ぼくの体は動かなくなっていった。


 自分が死ぬことが妙にはっきりと分かった。


 今までの思い出が走馬灯のように巡ることもなかった。ただ、遊んでいたゲームの続編を見られなかったことが心残りだった。


 そのまま、ぼくは目を閉じて。


 ただの一度も何も成すことのなかった一生を誰にも知られずに終えた。




 というのが、ぼくの前世の人生である。


 いくつかのゲームではそんな題材も見たけど、まさか本当に転生が存在するとは思ってなかった。しかも前世プレイしていたゲームの世界である。


 そのゲームというのがRPGで、ぼくは勇者パーティーの一員である幼女に転生していた。


 ちなみに、ぼくの前世は普通に男だ。


 贅沢かもしれないけどせめて男が良かった。


 幼女は嫌いじゃない。この子はジト目で無表情だけど実は感情豊かな可愛いキャラだ。


 ぶっちゃけ前世の最推しだったのだが、愛でるのと自分でなるのとでは物凄く違うと思う。


 なってしまったのは仕方ないが、もう一つの問題もある。



「……聞いておるか? おーい、エル? エル=ルージス?」



 あ、王様に睨まれた。今は謁見中だったのを忘れていた。返事しなくては。



「ん、分かった」


「聞いてなかったなお主。まだ何も言ってない」


「これが罠か……」


「不敬罪でとっ捕まえてやろうか」


「ごめんなさい」


「……オホン。えー、この度遠方の地で魔王が復活した。諸君ら勇者とその仲間達には魔王の討伐を命ずる。並びに、道中の街や隣国で問題が発生していればついでに解決してきてくれ」


『はっ。勇者パーティー、ご拝命賜りました』



 オープニングも無事終わったので、もう一つの問題に話を戻そう。


 もう一つの問題とは……



「エル、また上の空になってないか? 謁見が終わったから出発パーティーの会場に移動するぞ」


「ん、場所覚えてない」


「しょうがないな……」



 ぼくの手を引いて歩くこの男、勇者であるのだが。


 そう、勇者が男なのである。


 何を言っているのか分からないと思うから、順を追って説明しよう。


 まず、このゲームには好感度システムがある。好感度を上げるとキャラ毎にイベントが発生したり、能力にバフがかかる。


 そして、最終的には好感度の一番高い異性と結婚するのがこのゲームのエンディングだ。


 で、このゲームの勇者、要するにプレイヤーは性別が選べる。


 つまり、勇者が男であるということは女キャラであるぼくは攻略対象なのである。


 このゲーム、幼女でも容赦なく結婚出来る。


 しかも子供も産まれる。


 そんな鬼畜勇者は御免だ、ぼくは今世では女だけど恋愛対象は女性なんだ。


 というわけで、目下一番警戒すべきはいつ攻めてくるかが分かる遠い魔王なんかではなくいつ攻略しようとしてくるか分からない隣の勇者なのだ。


 まあ、他にも二人ヒロインがいる事だしその人達と恋愛してくれたらいいと思う。ぼくとしては幼なじみキャラがおすすめだ。


 そしてぼくはお姉さんキャラの胸に埋もれてバブみをひたすら堪能する余生を……



「エル、着いたぞ。皆はもう食べ始めてるから、俺達も適当に座ろう」


「ん」



 周りが騒がしいと思ったらいつの間にか会場に着いてた。椅子が二つのテーブルに座って、会場を見渡す。


 マナーなどは全然分からないから心配だったが、仲間達を見る限り多分大丈夫そうだ。目の前の勇者も普通に食べてるし。


 なんだか高そうな肉を切って、口に運ぶ。


 咀嚼した瞬間、内側から香ばしい肉汁が溢れ、口の中を幸せが満たした。



「…………!」


「はは、美味いか?」


「…………(こくこく)」


「良かったな。エルが幸せそうだと俺も嬉しいよ」



 勇者が何か言っているが、肉の美味しさで頭には届かなかった。


 次にスープ、それにパンと口をつける。


 どれもこれも頬が落ちてしまう程美味しくて、夢中になってしまった。



「おー、いい食いっぷりだな。あんなちんまい体のどこに入ってんだ?」


「リスみたいで可愛いだろ? エルは何してても可愛いな……」


「あーはいはい、分かったから。お前、本当好きだよなあ」


「ああ大好きだ。こんなに可愛い子は他に見たことが無い」


「さいですか。まあ、お前らがいいならいいんだけどよ。明日から移動なんだから、食いすぎるなよ?」


「ああ、分かってる。」


「エルは聞いてねえな……」


「……ん、聞いてる。はーい」



 呆れたようにため息をついて行ってしまった。名前を呼ばれた気がしたから返事をしたのだが、何か間違えただろうか。


 目の前の料理をたいらげたあたりで、デザートが運ばれてきた。皿を下げていたメイドさんが「大人二人前ぐらいの量なのに……」とか呟いていた気がするが気のせいだろう。


 デザートはぼくと勇者で別々のものだった。


 勇者や他の大人にはチョコケーキがきたのだが、ぼくにはモンブランが運ばれてきた。幼女だから苦いのが苦手だと思われたのだろうか。


 しかしぼくはチョコのケーキも食べてみたい。勇者のケーキを見つめていると、笑って提案してくれた。



「ああ、一口食うか?」


「食べる、交換する。ありがとう」


「はは、いいのに。はい、あーん」


「あーん」



 もぐもぐ。めっちゃ美味しい。さすがお城のチョコケーキだ。


 お返しに、何故かニヤニヤしている勇者にモンブランをあーんしてあげると、ついでに頭を撫でられた。謎だ。


 デザートも食べ終え、パーティーは勇者の挨拶でしめられた。今日は王城に泊まれるということで、ふかふかのベッドに思いを馳せる。


 お城だからなあ、きっと凄い寝心地がいいんだろうな。


 勇者に手を引かれて部屋に入ると、予想していた通りの豪華なベッドがぼく達を迎えた。


 他の調度品も含めて部屋の中はとても豪華で、隣に勇者がいなければ緊張で寝られなかった気がする。


 ベッドの中で何か重要なイベントを忘れていることを思い出したが、まあなんとかなるだろう。忘れてるということは大したことじゃなさそうだ。


 勇者には引き続き幼なじみの攻略を頑張って貰うとして、今日はそのまま眠りについた。



「寝顔も可愛いな、エルは」



 頭を撫でられて唇に何か触れたような気がしたが、多分気のせいだろう。

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