桜ちゃんと桐君
新商品のイメージキャラクターは、モデルの妃美妃で決定した。
桜花が、現在モデルクラブのオーナーとなっている学生時代の友人に相談すると、偶然にも妃美妃は友人の所の所属モデルだったのだ。
華やかなタイプではないが、同性からの支持が高く、人柄も真面目な努力家であると太鼓判を押され、コロコロお爺ちゃんに伝えると、話はスルスル進んで行った。
プロのモデルを使うメインの広告は第一企画課が担当し、第二企画課は女性グループを中心に、ネット限定の広告動画を作成することになった。
一人当たり5秒で、一般公募した商品のイメージに合う女性の動画を週に十人ずつ週替りで流す。
毎週テーマを商品のコンセプトに因んで変えて行き、そのタイトル画面のイラストやロゴは、異動して来たばかりの麻里乃が担当した。
総務部で誰かの指示に従いながらオドオドしていた麻里乃とは別人のように、好きな仕事をしている彼女は自信を持って実力を発揮しているそうだ。
企画課の女性グループと意気投合し、積極的に周囲と関わるようになった麻里乃は、もう過去をバッサリ振り切ったようで、未練タラタラな元カレに飲み会で引っ付かれても、華麗にあしらって遠ざけ、麻里乃を狙う他の男性社員達からも智は追いやられているらしい。
チエミと金本は会社から消えた。
残された関係者に傷が及ばない程度に罪状を公表して、懲戒解雇と周知した。
これにて、隠密システムの仕事はしばらくお休み。
会社にもしばらく休暇を貰っている。
桜花と桐利は今、北欧の森の中に居た。
新婚旅行の最中である。
桜花にとっては突然だった入籍からの、結婚式と披露宴は、着々と準備を進めていた桐利の手腕により、滞り無く盛大に執り行われた。
知らぬは桜花ばかりなりで、互いの家族もよく見知った顔達も、皆揃って祝福してくれた。
この先の人生、ずっと桐利のペースに乗っかって行くんだろうなぁと思う桜花だが、実は結構桐利を振り回していることに気づいていない。
「桐君、コレは食べられる?」
「似てるけど毒キノコだよ」
新婚旅行の希望を訊かれ、北欧でキノコ狩りをしたいと言い出した桜花のために、桐利はあらゆる伝手を使って安全な滞在先とキノコ狩りの出来る森を押さえ、あらゆるキノコの知識を頭に詰め込んだ。
桜花の希望に対し、絶対に不可能とは言いたくない桐利なのだ。
「藤香叔母さん、結婚したなら早く桐君に跡を継いでって言ってたね」
「早く聖地巡礼に行きたいんだろうけど、俺達が新婚の間は、まだ頑張ってもらう」
「一年くらい?」
「最低四年。俺が30歳になるまでは、不測の事態でもなきゃ継がない。日本は、あの規模の企業グループの総帥を20代でやれる環境にはまだ無い」
「実際は、業績を急激に伸ばして維持しているの、桐君なんだけどね。叔母さん、いつまで隠れ蓑やらせるのよ、って叫んでたし」
先代総帥である藤香の父よりグループの利益を上げて来た努力と手腕は藤香のものだが、ここ数年の目覚ましい躍進は、社長秘書の立場で影からグループを動かす桐利の仕業だ。
「加害者は法を遵守する気なんか無いから銃火器でも毒でもブッ込んで狙って来るのに、日本に居たらこっちはボディガードにすらマトモに武器を携帯させられないからな。人知を超えた天才だと世間に認識されて無事で済む国じゃない」
「世界一治安は良いけどね」
桜花は桐利をチラチラ見ながら、頷いたキノコだけをポイポイ籠に入れて、ふと思いついたことを口に出した。
「いっそ、日本は桂利君に任せて海外に拠点を作る?」
桂利は子会社で修行中の桐利の弟だ。
「いいね! 桜ちゃん、何処の国がいい?」
「帰るまでに考えておく」
キノコは籠に山盛りになった。
桜花と桐利は、キノコのフルコースを話題に手を繋いで森を出る。
二人は桜花が生まれた時からずっと一緒。
これからも、ずっと一緒。
最初の拠点は、この国にしようかな。桜花が何となく思うと桐利が黙っていても汲み取る。
楽しみだな。
同じことを考えながら、キノコの籠を手に二人はのんびり歩いて行った。
腹黒ヒーローにヤンデレ気味に囲い込まれても動じないヒロインのお話でした。