お姫様と騎士王子
コロコロお爺ちゃんに貰ったチケットを見せるとVIP席に案内された。
着席中は煩わしい手合に声をかけられずに済み、桜花はゆったりショーを楽しむことができた。隣では桐利がずっとスマホを弄っていたが、特に気にならない。
ショーの間中VIP席の外から熱い視線を感じたが、二人にとってはいつものことだ。
イベント終了後、近くに座っていた知人達に軽く挨拶をして、桜花に声をかけたいスカウトマン達を躱しながら、桜花と桐利は駐車場ヘ向かった。
後を着けられているのは分かっていた。
「野心家じゃなくておバカだったんだね」
隣にだけ聞こえる声で桜花が言う。桐利は振り返ること無く桜花の腰に手を回してエスコートすると、目立って仕方のないマイカーの前で止まった。
この場所は、VIPとその関係者以外は立入禁止の駐車場だ。桁外れの高級車で乗り付ける招待客もいるため、蜂屋グループのイベント時には手配されている。
桐利の専用スペースも、彼が免許取得と同時に追加された。
「ここ、一般人立入禁止なんだけど。警備に摘み出されたいの? 邪魔」
心底嫌そうに、桐利はチエミに吐き捨てる。
気づいてもらうのが前提の至近距離で後ろをついて来ていたチエミは、歓迎のムード皆無な桐利にも怯まず媚態を作った。
チエミの格好から、二人は狙いが桐利の方であることを察している。
ステージ上のモデルならば、下着無しで素肌にミニのドレス一枚も違和感が無いが、明るい時間に都会のど真ん中で一般人がすれば痴女である。
しかも、そのドレスは透けてこそいないが生地は薄く、胸元ざっくりな上にミニ丈なのにスリットまで入っている。
相当自分の体に自信が無ければ、試着さえ躊躇われる代物を、勝負服としてチエミは纏っていた。
桜花は、寒そうだという感想しか出て来ない。
「桐利さん! 私、ずっと貴方を慕っていました!」
胸を寄せるように手を組み合わせて訴えかけるチエミ。
「はぁ? 誰?」
データは散々入手済みだが、桜花以外は眼中に無いので突き放す桐利。
「チエミって呼んでください!」
「キモい。失せろ」
あれ? 珍しく、表立って容赦が無い。
桜花が自分の腰に手を回したままの桐利を見上げると、声にそぐった冷ややかな侮蔑の表情を浮かべていた。
「俺は痴女の名など知りたくもない。
大体、そんな三流以下の顔と体でよく俺の視界に入ろうと思えたな。不愉快だ。汚い。醜い。
安物の服でVIPのスペースに侵入するな。そのブランドで既製服しか買えないような人間が入っていい場所じゃない。住む世界が違う。
俺は自分に釣り合う女にしか触れない。汚い痴女に慕われるなど、腐った生ゴミに手を突っ込むより不快で気持ち悪い」
流れるように紡がれる侮辱の言葉。
桜花には桐利がチエミを再起不能にするためにわざとこれらの言葉を選んだのが分かるが、会社でニコニコしている桐利しか知らないチエミには、茫然自失となるのに十分な攻撃だった。
チエミが、今まで意識して視界に入れなかった桜花を見る。
実家暮らしだから給料を叩いてどうにか購入したチエミのハイブランドのミニドレスより、更に上位のブランドの日本未上陸の限定デザインのオーダーメイドワンピ。
アクセサリーは、これまた資料でしか目に出来ないハイブランドの、流通させているものとは宝石の色を変えた特注品。
髪も肌も、普通の手入れでは得られない上質なもの。
手足は長く、顔は小さく、化粧で造形を整える必要も無く、軽くポイントに色を乗せただけで全身を包む極上品に負けていない。
「俺が愛する、俺と同じ世界に住む女性は、美しいだろう?」
桜花を見つめるチエミの目が、どんどん虚ろになって行くのを観察して、桐利がトドメを刺した。
チエミがガクリと項垂れたところで警備の人間を呼び、連行させる。
「桐君、本性バレちゃってよかったの?」
「もう二度と会わない人間だから平気」
「元締めの処分にはタイムラグがあるよ?」
小声で桜花が桐利に問うと、桐利がスマホを見せてニヤリとした。
「チエミは今回の広告の企画案と新商品のコンセプトや原料の配合データを盗み出して、自分をイメージキャラクターにする条件で他社に売り込みをかけていた。たまたま、売り込みかけられた担当者が俺の知り合いだったから、話をそこで止めて俺に連絡が来た。証拠は押さえてあるから懲戒解雇。
ついでに、チエミが麻里乃を酔い潰した店の従業員と送り届けたタクシーの運転手、部屋に案内したホテルの従業員からも証言取れたから、普通に俺の知り合いの警察関係者が動くって言ってたし、逮捕じゃない?」
ショーの最中スマホを弄っていたのは、指先一つで人間を一人ばかり社会的に抹殺するためだったらしい。
「あと第二企画課長の金本だけど、キュンキュンの事務所から賄賂貰って、商品イメージに合わないタレントで企画ゴリ押ししようとしたみたいだから、これも懲戒解雇だね。
企画課の人員補充だけど、総務部は人が足りてるし、麻里乃を異動させる。調べたら、結構有名な絵師だった。公開している作品を見たけど、利益が出せるレベル。企画課は職人気質で実力主義だから、元カレの地位なんかアッサリ抜くだろうな」
スマホをしまった桐利がニッコリ笑う。
「桜ちゃんの欲しいもの、俺、手に入れられた?」
もう、桜花の「気がする」は無くなった。
今回の問題は滞り無く解決したのだろう。
桜花が頷くと、桐利が騎士のように跪いて手を差し出した。
「桜ちゃんが欲しいものなら、俺は何でも手に入れるよ。桜ちゃんは俺のお姫様だから」
「お姉ちゃんズは? 欲しがるもの、いつもあげてるよね?」
「あの女王様達に差し上げているのは貢ぎ物。俺が贈り物をしたいお姫様は桜ちゃんだけ」
「私は桐君のお姫様だったのか」
姉達を女王様と言う桐利に、ストンと落ちるように納得した桜花は桐利の手を取る。
用意周到な桐利は、その手に口づけた後で、薬指にキラキラ光る指輪を嵌めた。
「桜ちゃんが生まれた時から俺のお嫁さんにしようと思ってた。結婚しようね、桜ちゃん」
指輪よりもキラキラ光る笑顔を見て、桜花は桐利は王子様みたいだなと思う。
生まれた時から外堀を埋めて来られたから、この状況にも疑問も不安も無い。
「桐君は、私のお兄ちゃんじゃなくて王子様になるんだね」
嬉しい笑顔で立ち上がった桐利は、そのまま桜花の手を引いて腕の中に収め、初めての恋人同士のキスをした。