従妹と従兄
翌日の土曜日、桜花は指定されたワンピースを着て桐利の車の助手席に居た。
桐利が通勤に使うのは、社長秘書の給料で購入可能な目立たない乗用車だが、プライベートで乗り回すのは、日本には三人しかオーナーのいない、スーパーカーと呼ばれる類いの物凄く目立つ車だ。
プライベート用の車も、本人曰く「桜ちゃんを助手席に乗せるのに誰かに買ってもらった車なんて格好悪いでしょ」らしいので、桐利自身の収入で手に入れたようだ。
「チエミは大学三年までは、自分はいずれ芸能界デビューすると吹聴してたらしいよ。でも三年の時にミスじゃなく準ミスになった辺りから、芸能人になると吹聴するのは止めて、付き合う男を利用してステップアップして行くようになった」
ハンドルを握り話す桐利は、会社に居る時よりずっとハイクラスなスーツを着て前髪も上げているので、甘い顔立ちなのに今は大人っぽく見える。
「それまで特定の恋人は作らず取り巻きを侍らせていたが、妻子ある教授にベタベタするようになり、大学推薦でうちの会社に内定。その後、内定者向け研修会で第二企画課長の金本に擦り寄り愛人になると、入社後は金本の課に配属された」
車内はエンジン音を楽しむために、ラジオも音楽も流していない。
心持ち普段より低めの桐利の声が、美しい機械音と混ざり合って響く。
「第二企画課に配属された後は、出世コースに乗り見目も良い智に目を着けたが、中々金本が別れようとせず歯噛みしている内に、5月の総務部との合同懇親会で智は麻里乃と出会い付き合い始めた。金本はしつこいし智はいくらモーションかけても落ちない。恋愛脳で考えたチエミは、麻里乃を呼び出して酔い潰すと自分の身代わりに金本の待つホテルに送り届け、麻里乃が智を裏切っていると智に連絡。麻里乃と会うこと無くチエミの話だけを信じた智は、傷心を慰めるチエミと付き合うようになった」
黙って聞いていた桜花は、桐利が一息ついたので、運転席を見て尋ねた。
「情報源は何処なの? 信憑性は?」
「オンゲ仲間に、チエミの同居する弟がいた。他にもチエミの元取り巻き数人と読モ時代の同僚も見つけたから裏取れたよ」
相変わらず妙な交友関係があるな、と思ったが、桜花は情報の信頼性は問題無しとする。金銭的なコストをかけること無く桐利が話術と技術で引っ張って来る情報は、間違っていたことが無い。
「じゃあ、今回のセクハラ案件は、被害者が麻里乃、加害者が金本とチエミ、セクハラには智は無関係。なのかな。セクハラ以上の何かもある気がするんだけど」
「桜ちゃんのカンがそう言ってるなら、まだ調べた方がいいだろうな。元締めから処分が下るまでに、チエミはまだ他にもやらかしそうだし」
桜花が桐利の得て来る情報を信じるように、桐利は桜花のカンを信じる。
幼い時分から電脳世界で様々な手段を用いて数え切れない人々と交流して来た桐利と、言葉を発するようになった頃からカンで失せ物発見や危険予知をして来た桜花。
桜花の「〜な気がする」を形にしたり結果を出して来たのは、いつも桐利だった。
「ファッションショーがメインのイベントだから、その手の事務所も色々来てるだろうし、桜ちゃん絶対に俺から離れちゃ駄目だよ」
「この歳になってもまだ来るかなぁ」
「桜ちゃん見た目はハタチくらいだから」
桐利に言われて桜花は嘆息する。
子供の頃から、外を歩けばモデル事務所や芸能事務所の人間から邪魔になるほど名刺を渡されて来た。それを断るのは桐利の役目。
桐利は、幼児の頃から容赦無い正確な法律論を持ち出し、天使のような笑顔を満面に浮かべながら、桜花に手を伸ばす大人達をやり込めて来た。
桜花は、身長170cmの長姉と172cmの次姉が10cmのピンヒールで見下ろしながら可愛がってくるのが日常という実家で暮らしていたので、165cmの自分を小柄でモデル向きではないと認識している。
海外のショーモデルはともかく、頭が小さくバランスの良いスタイルの桜花は、各事務所が是非とも欲しい逸材なのだが。
「そう簡単にスカウト出来ないように、俺も桜ちゃんも服や車は威圧できるものは選んだけどね」
「桐君も気合い入ってたのは、そのためか」
桜花だけでなく、二人の姉達やお嬢様学校時代の学友達も、その手のスカウトを受けることは多かったが、皆お断りしている。
親や親戚筋が事業を営んでいると、マスコミの表舞台に立つような仕事を選んだ場合、どれだけ気をつけていても自分の言動で影響を与えてしまう。
良い影響ばかりではないし、ライバル企業の商品やサービスを利用していると噂が流れただけで、身内の企業で働く人間の士気が下がり、ライバル企業には悪用される。
誰でもリアルタイムで写真や動画付きの情報を垂れ流して共有出来てしまう昨今、どうしてもやりたい理由と覚悟が無ければ気軽に飛び込める業界ではない。
今日の桐利と桜花の格好は、普段のお出かけではしない見るからにお金には困っていない出で立ちで、ファッションに詳しい者ほど気圧されて、「ウチで働かない? 稼げるよ」的なことは言えないレベルのものだ。
それでも声をかけて来る者は皆無ではないので、桐利が傍にいて蹴散らす。
桐利へもスカウトは来るが、蜂屋の本家を継ぐ嫡男だと知ると、さすがに手を引く。
桐利は危なげなく駐車場に愛車を停めると、可愛い従妹を守るために、威圧感たっぷりの御曹司の笑顔を貼り付けた。