幼馴染みの二人
企画部は熱気に包まれていた。
現在、第一企画課と第二企画課で、新商品の広告案対決が行われている。
企画する広告は、イメージキャラクターが出演するテレビCMと街頭写真とポスター。新商品は、ペットボトル入りの紅茶飲料。
「これ、広告打つんだ?」
新商品のサンプルを手に取り、桜花がポツリと呟いた。
開発部署のいつも差し入れをくれる小さなお爺ちゃんが先日くれたお茶だ。今朝方、これの感想を伝えた覚えがある。
「今朝、開発部からようやくGOが出て企画部が本格的に動き出したらしいよ」
桜花の呟きに桐利が答えた。
そしてブラブラしながら説明を付け足す。
「第一、第二とも目指す方向性は似ているみたいだけど、イメージキャラクターとして挙げている女性タレントが違うんだよね」
「第一がモデルの妃美妃23歳。第二がグラビアアイドルのキュンキュン19歳か。第二は女性向け商品のイメキャラを同性に好感度の低いタイプで撮りたいの?」
「たしかに男性人気しか無いタイプだよね。でも、商品が女性向けだからこそ男性も取り込みたいという目論見もあるみたいだ」
「二兎を追う者は一兎をも得ず」
桜花が漏らした感想に、ププッと吹き出す声が聞こえた。声に目を遣ると、いつも桜花にイベントチケットをくれるマーケティング部署のコロコロしたお爺ちゃんが手を振っている。
「安倍さん、遊びに来てくれてありがとう。そうだよねぇ、あのボトルデザインで男性に媚びたCM作ってもネ」
プププと楽しそうに笑う。
「それくらいなら、いっそ一般人を起用しても良いと僕は思うんだよ」
ドサリ、とコロコロお爺ちゃんの斜め後ろで積んだ段ボール箱が落ちた。
先程カフェテリアでイチャついていた二人が戻って来ていた。
智に腕を絡めるスラッとした女子社員の目に異様な熱が籠もる。
「安倍さんと蜂屋君、誰か心当たりはいないかな? 新商品のイメージに合いそうな女の人」
コロコロお爺ちゃんは段ボール箱が落ちた音は気にしない。
桜花と桐利は、智に絡める腕を解いた女子社員の熱視線を黙殺した。
「桜ちゃんの知人は美人さんが多いよね?」
「うん。けど、表に出たがる人がいるかなぁ」
「あ、そうか。桜ちゃんと同じだよね」
「うん、そう」
桐利と少し会話すると、桜花はコロコロお爺ちゃんに向き直る。
「考えておきますね」
「ありがとう。これ、大したものじゃないけどお礼。二人でどうぞ。ウチで主催する若い女の子向けのファッションショーのチケット」
ニコニコと差し出された二枚のチケットを、お礼を言って桜花は受け取った。
突き刺さる視線を感じる。上手く釣れたようだ。
企画部内をくまなくウロウロして、桜花と桐利はカフェテリアヘ戻った。
揃ってロイヤルミルクティを購入すると、二人は声が拡散しない席に落ち着いた。
昔から、選ぶ飲み物や食べ物が打ち合わせなく一致する。二人にとっては自然だが、傍から見ると、わざわざお揃いにしているようにも思える。
社内では桜花と桐利は付き合っていると思われていたし、煩わしい誘いを避けるために敢えて否定もしないので、二人は社内公認のカップルだ。
「釣れたけど、桐君はどっちに接触して来ると思う?」
「頭が良ければ桜ちゃん本命で来るかな」
「桐君に突撃したら馬鹿認定か。野心は強そうだよね」
「野心、ね。あの程度でウチの商品のイメキャラに抜擢されるチャンスがあると夢想するのは、野心家と言うより、おバカ?」
「今から馬鹿認定してると桐君に突撃して来るかもよ。頑張って情報取って来てね」
他に聞こえないと口の悪い桐利に、わざとニッコリして桜花が言うと、幼馴染みは整った眉を片方だけ上げた。
「塚田チエミ23歳。10代の頃にいわゆるギャル雑誌の読者モデル経験有り。大学二年の時に所属する大学のミスキャンパス、三年では準ミスに選ばれた。自信家で積極的。染谷智に近寄ったのはコイツから。さっき企画部で拾えた情報でコレ。あとは俺に何を聞き出させるつもり?」
智とイチャついていた女子社員の情報をつらつらと並べ、桐利が低く問う。
不機嫌そうな幼馴染みに桜花は肩を竦めた。
「女性の口を軽くするなど造作も無いくせにまた才能を出し惜しみか」
「俺の才能ってそんななの? 俺いつも言ってるよね? 桜ちゃん以外の女に気を持たせるような態度は仕事でも無理って」
「私ならいいのか。いや、お姉ちゃんズには貢いだり称賛したりしてるよね」
「目的があるからね」
高貴な仔犬系イケメンが黒い笑顔でカップを持つ。
何を企んでいるんだろう、と桜花は思ったが、この幼馴染みが腹の底を見せることなどあった試しが無いので、訊きはせずに要求を述べた。
「じゃあ、手段は問わないからセクハラ関係者の裏事情を持って来て。元締めが加害者と断定した金本は証拠も上がってるだろうから、被害者の麻里乃と元カレ智と略奪女チエミの本心。何だかセクハラ以外の闇がありそうな気がするんだよね」
「桜ちゃんのそういうカンは、昔から当たるからな」
黒い笑顔が上機嫌に変わる。
「明日までに桜ちゃんの欲しいものを手に入れるから、明日はデートしようね。さっき貰ったチケット、明日のでしょ? 九時に部屋に迎えに行くね」
大学卒業と同時に、桐利の手配で同じマンションの隣の部屋に住むことになったのだが、桜花は別段疑問も感じず、同じ会社だから便利だなと思っていた。生前贈与で桐利の持ち物になっている不動産であることにも気づいていない。
ついでに、桐利が桜花と出かけることを毎回デートと言っていることにも、長年の刷り込みにより違和感が無くなっている。
「桐君どっちの車?」
「プライベート用。食事もうちのグループのホテルに行くから、この前プレゼントしたワンピースを着ておいで」
何の疑問も持たせないまま、順調に外堀を埋められていることにも、やはり桜花は気づいていなかった。