受付嬢と社長秘書
安倍 桜花24歳。桜の花のように可憐で儚げな美女。仕事は日本人なら誰でも知ってるレベルの大企業の受付嬢。
一般的な環境ならば、そういう女性は同性からの嫉妬じみた嫌がらせや男性社員からのセクハラを受けそうなものだが、桜花の場合、彼女の実家が大病院を経営するお嬢様であり、この会社の社長の姪であることが知れ渡っているので、社内で嫌な思いをすることは無い。
「先日いただいた差し入れですが。中身は問題無いと思います。パッケージも女の子ではなく女性を意識しているところが中身と合っています。容量を減らしたことで、非力で手の小さいターゲットにも持ちやすい重さとボトルデザインになりました。この路線でフレーバー展開するなら、人工的な添加物は極力避けて果汁やハーブを使用する方が、販売価格が高くても好感が持てます」
桜花が受付に座っていると、よく開発部署のお偉いさんが、発売前の新商品を差し入れにくれるので、混んでいない時には雑談することもある。
「安倍さん、若くて可愛いから受付嬢も向いてるけど。受付に置いておくのは勿体ないよなぁ」
今日は小袋の菓子を貰ったので、先日貰ったペットボトル入りのお茶の感想を伝えると、好々爺の顔でお偉いさんが零した。
桜花の感想と雑談が、彼にとっては分析と報告に聞こえるのだ。
「マーケティング部の方にも同じようなことを言われていますが、社長は私を特定の部署に配属する気は無いそうです」
マーケティング部署のお偉いさんも、様々なイベントのチケットを差し入れに、桜花と雑談をしに来る。
「安倍さんは社長の秘蔵っ子だからね。また寄らせてもらうよ」
軽く手を上げて好々爺が去ると、血統書付き仔犬系イケメンと評判の社長秘書が桜花の前に立った。
「桜ちゃん、母さんが頼みたいことがあるから社長室に来てほしいって」
そこらのアイドルでは太刀打ち出来ない必殺王子様スマイルに同僚が過呼吸気味になるのを横目に、桜花は頷いて立ち上がる。
蜂屋 桐利26歳。この会社の社長秘書。社長は桐利の母親だ。桜花にとって彼は幼馴染みで従兄でもある。
血統書付き仔犬系イケメンという夢を与える桐利が、仔犬ではなく狼少年であることを知る桜花には、その有り難いイケメン面に、ときめくことなど出来ない。
「わざわざ桐君が降りて来なくても内線で呼べばいいのに」
「桜ちゃん以外に内線取られると鬱陶しいから」
並んで歩くと桐利はニコニコしながら仔犬ぽくはないことを言う。
「事務的会話30秒で社員のやる気が倍増するんだから、ケチらないで話してあげればいいのに」
「その30秒で俺が桜ちゃんとだけ会話すると、俺のやる気が倍増するよ」
子供の頃から桜花を特別扱いして構う桐利だが、桜花はゲンナリして言った。
「やる気アップしたいなら、うちのお姉ちゃんズに可愛がってもらえばいいでしょ」
子供の頃から、桐利が桜花の美しい姉達を絶賛して懐いているのを彼女は見て来ている。姉妹の中で唯一桐利より年下の自分は、常に桐利の妹ポジションだった。
「俺、もう子供じゃないんだけど。それに蓮花さんは結婚したでしょ」
「桐君がボケてる間にね」
「調べたけど、結婚前に悪縁は整理してるし、悲劇のヒロイン系イケメンで男前な蓮花さんとお似合いだと思うよ」
先日結婚した桜花の二番目の姉の蓮花は、桐利の一つ上で趣味が合う。その趣味を介して桐利の知人を紹介していたから、取られたらどうするんだと忠告したのに、全く警戒していなかった姉の勤務先の社長とスピード結婚してしまった。
「お姉ちゃんはもう一人残ってるから、次は後悔しないように頑張りなよ」
「後悔しないように頑張ってるよ」
胡散臭い笑顔。
このシスコン気味の従兄に決まった相手ができるまでは、桜花の人生に恋愛や男女交際というイベントが訪れない。
早く片付け、とっとと片付け。桜花が念じて目の前のドアを見ると、桐利は優雅に社長室の中へ誘った。