11. 4年4日目 シン
意識がはっきりしない。例えて言うなら、夢と現実のはざまのような感覚だ。
記憶が流れてくる。懐かしい記憶だ。
........今となっては、届かない世界なんだろうな。
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「うっし、今日も頑張りますか」
「お、朝から張り切ってるな。いい事でもあったか?」
俺の目の前にいる男が話しかけてくる。
「まあな、何があったかは言わないけどさ」
「余計に気になるようなこと言ってくれるじゃねえか。その態度、嫌いじゃないぜ」
ハハハ、と笑いが漏れる。ただの戯言なのに、これだけ楽しい。
「じゃ、また後でな。あまり調子乗りすぎんなよ」
そう言って男は遠ざかる。手を振って見送る俺に一つの感情が芽生える。
......手放したくない。
ずっと、このままの感情を味わっていたい。幸せでいたい。1人になりたくない。寂しい。行かないで。見捨てないで。
......ウラギラナイデ。
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照り付ける日差しが熱い。
腹に圧迫感を感じる。それに追加してさらに激しい揺れも感じる。
正直言って、腹筋が潰れそうだ。腰も痛い。
おもむろに目を開ける。広がる森林........見たことのない光景だ。しかも、木々が奥へと流れて言っている。
俺は先ほどから圧迫感を受けている腹に目を向ける。
そこには肩があった。見知らぬ誰かの肩だ。それと同時に、大きな揺れが俺を襲い........
「........って、うぉお!」
「........うるさい。黙って」
冷たい反応。........ようやく判断力が戻ってきた。
俺は、商店街に戻って結局勝ったか負けたか分からず気を失ったんだ。たぶん、マナ切れだろう。
んで、そこから考えるに、俺は誰かに担がれてここにいるという事だな。
........声と対応からして、イアじゃねえな。
「わ!起きたんですね!」
「........今はそんなこと言っている場合じゃない。一刻も早く逃げないと」
お、イアもいるのかって、逃げる........俺誰かに追われてるのか。状況からして、あの騎士団の派遣元だろうな。
それはいいとして......
「........とりあえず、降ろしてくれ。そんな速さで走られたら、俺が持たない」
「........仕方ない。追手が怖いけど、隠蔽魔法を使えばしのげると思う。ちょっと待ってて」
そのまま俺は頭から落とされるなんてこともなく、普通に足から降ろしてもらえた。
「雷の神よ、我らに悪しき者の目を欺く力を授けたまえ」
横の......水色の髪の少女が何かを唱える。そして、数秒後に魔法陣が展開され、また数秒後に収束した。
........神秘的だ。
って、見とれてる場合じゃない。現状確認しないと。
まずは........名前からだな。
「ふぅ......っと、まだ自己紹介してなかったな。俺の名前はトルシェア。まだこんな姿だが、魔法は一応それなりには使えるつもりだ。よろしく」
とりあえず、イアもしといたほうがいいと思ったので、イアへと視線を送る。
「あ、はい。えっと、イアって言います。特技はないですが、よろしくお願いします」
........敬語に戻ってるな。まあ、直らないならもうそれでいいけどさ。ちょっと距離感を感じちまうよなあ。
「そう。私はリナ。竜人で、今は雷神の巫女をしてる」
なるほど。これが俺たちを助けてくれた竜人か。
「その節はありがとうな。なんていうか......俺たちを助ける理由が見当たらないけど」
「気まぐれ。通りかかったら酷い状況だったから加勢してあげた」
そんなに酷い状況だったか俺。いや確かに背中とか腕とか矢塗れだったから酷い状況だな、確かに。
「一応、年齢も聞いとくか。リナは何歳だ?」
「........自分から言うのが礼儀だと思う」
礼儀って........まあ確かにそうだけど。気にしてたら生きていけないぜ。
「俺はこう見えて4歳だ」
「私は5歳です」
リナは一瞬唖然としていたが、やがて口を開いた。
「なるほど........成長魔法の使い過ぎか」
「ん?それってどういうことだ?」
思わず聞き返してしまう。リナはそんな俺にため息をはきつつも、答えてくれた。
「成長魔法........グロウ系を使うと、全体的に成長が早まる。最も、早まるのは体だけだという事だけど........どういう訳か、トルシェアは脳も成長してしまってる。故に、私にはトルシェアは9歳ぐらいに見れる」
グロウ系って、治癒魔法じゃなかったのかよ!
と一瞬思ったが、成長が早まるってことは修復能力も高まるってことなんだろうな。
それに俺が勝手に治癒魔法って思いこんでただけかもしれない。
「んで、リナは何歳なんだ?」
「........乙女に年齢を聞くのは間違ってる。反省しなさい」
結局答えないのかよ!俺たちが言った意味は!?
見た目12、13当たりだからそれぐらいと仮定しよう。
「あと、トルシェアって名前言いにくい。親のセンスが見て取れる」
「ひでえ言われようだな........俺もたまに思うけど」
でもなあ......名前って変えれないからな
「トル.....ルシェ.....シェア.....あだ名も考えにくい。最悪」
う......最悪て。
仕方ない。俺が提案するのもなんだが
「いっそのこと、ミドルネームでも作っちゃえば?」
「........なるほど。確かにそれなら呼びやすい」
「........それでいいんですか?」
「どうせあそこには戻れないんだし、いいだろ」
俺は諦めたように言う。ってか、村の人はどうなったんだろう。あとで聞くか。
数分後。
「じゃ、今日からトルシェアはシン、と名乗るように」
「........一応、由来を聞いても?」
「竜人の危機を救った英雄の名前」
割と考えてるなっていうのは置いといて........シンか。
おそらく日本人だろう。俺以外の日本人がいてちょっと安心。
「じゃ、それで行こう」
「シン、よろしく」
「うぅ......し、シンさん、これからもよろしくお願いします」
というわけで、ちょっとした成り行きで、俺の名前はトルシェア=シンとなった。
........違和感を感じるのは俺だけだろうか。
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「じゃ、この辺で長い自己紹介を終えて、そろそろ本題に入ろうか」
「現状確認......ってこと?」
「そうだな」
多分、この中で多く知っているのはリナ、続いてイア、最後に俺だ。
俺はほぼ何も知らないからな、聞いていかないといけない。
「じゃあまず、私が目覚めたときから」
リナが語りだした。
リナの数分間の話をまとめると、こうだ。
リナは朝に目覚めたらしい。暑くなってきたので起きたようだ。
リナが目覚めると、そこには灰色の大地と、騎士団やらなんやらの死体が転がってたらしい。
それだけなら良かったが、その死体の様子があまりにも異常だったという。
全員、喉を噛み切られ即死。
......俺じゃないぞ。俺は間違っても人は食べないぞ。
となると、あそこには俺たち以外に騎士団に敵対する奴らがいたのか?
いや、噛み切られて死亡だからどちらかというと獣か?
ん?そうなると、なんで俺らは死んでない?
......考えるだけ無駄だ。やめよう。
で、とりあえず俺に治癒魔法をかけていると、そこでイアが来たそうだ。
リナが魔法をかけていると、イアもなんとか直そうと薬草を集めてくれたらしい。泣ける話じゃねえか。俺そんな人望厚かったっけ?
まあ、それはいいんだ。リナが治癒魔法をかけていると、イアが急いで帰ってきて、「黄色の鎧を着た人がこっちに向かってる」といったらしい。
リナには正体がわかったようで、俺を即座に担ぎ逃走。
んで数時間後に俺が目覚めたってことらしい。
「なるほどな。で、その黄色い鎧のやつらはなんなの?」
「正ノルン勇者教会のやつら。前の勇者が死んで、それは雷神の呪いだ~とか騒いでちょくちょく雷神教にちょっかい出してるとこ」
「さらに今代の勇者もそれを否定してないから余計ややこしくなってる........ってことですか?」
「そういう事」
勇者か......正義感はないのか?逆に強すぎてこうなってるってか?あり得るな。
「その勇者は始祖ペルセウスですか?それとも竜殺しですか?」
「始祖。竜殺しは今別の国にいるはず」
「ちょっと皆さんまってください」
俺の知らないフィールドで話を展開するのはやめてくれ。置いてけぼりになっちゃう。
「まず、始祖?ってなんだ?」
「........全く、無知であきれる。始祖ペルセウスは、神から仕向けられた化け物にたった一人で立ち向かい、勝利を収めた人物。竜殺しはその名の通り、強大な竜を倒した人物」
なるほど、つまりその末裔が今回問題を起こしてるのか。
.....これからどう逃げるんだろうな。
「分かった。じゃあ.....」
「っ!!伏せて!」
俺が聞こうとした瞬間、リナが大声で叫んだ。
パラパラ、と俺の髪のけが落ちる。
「見つけたぞ、逃げられると思うな!」
黄色い鎧の男が、剣を振っていた。かなり大振りの剣だ
「まずい。シン、防御魔法は使える?」
「......あいにくと、攻撃魔法しか使えねえよ」
まず防御魔法なんて見たことないし。
「......なら、風魔法は使える?」
「使えるが........どうした?」
風魔法で剣をはじくのか?
「なら、シンは風魔法であの剣からでる斬撃を迎え撃って。私がその隙に攻撃する」
「わかった」
あの剣、斬撃が出るのか。危険だな。
「あ、あの、私は........」
「イアは周囲の警戒。かなり重要」
「は、はい」
イアはまあ、重力魔法しか使えないからな。
ってか、やっぱシンって呼ばれるの慣れないなあ。
そんなことを考えながら、俺たちの戦いは始まった。