ゲームの中の彼女
「明日、終わるらしいよ」
夏休みの終わり、彼女は左手で自分を扇ぎ、右手で棒アイスを食べていた。
教室内の暑さでアイスは溶けかけている。
「そうなの」
「冷静なのね」
「慣れてるからね」
そういう君だって、慣れているじゃないか。
明日突き付けられる事実を恐れることもなく、悠長にアイスを食べている。
「というかさぁ、ずっと思ってたんだけど」
「ん?」
「入学式からここまで五ヶ月もないくらいでしょ?そんなんでよく真実の愛だとか言えるとか思わないわけ」
「ああ、僕も常々そう思ってるよ」
「あの女も毎回毎回違う男とくっつきやがってとんだビッチね」
「こらこら、口悪いよ」
あの女、とは同じクラスの女の子だ。
見た目は彼女と同じように平々凡々だがなぜか不思議な魅力に溢れ周りにはいつも人がいる。
ああいう女の子を人は主人公と呼ぶ。
「でもそうかぁ、明日で終わっちゃうのか」
「そうよ、私は生まれてこのかた秋、冬がどんな季節だか分からないなんてなんて不幸なのかしら」
「それは周りも同じだよ」
「みんな不満を持たないのもおかしい!」
「当たり前だと思ってるからさ」
春、夏と過ごして。
彼女たちの記憶はそこで終わる。
それでまた、同じ年の春から始まる。
永遠に変わることのない年齢、容姿、……会話。
僕は彼女とこの会話をしたのはもう八回目になる。
「でもさ、君だって組み込まれてるものなんだよ」
「この世界に?」
「そう。だから僕は君と全く同じ会話を世界が繰り返す中で八回している」
「そうだったわね。そりゃあ大変ね」
「慣れているよ。僕はこの世界の住民ではないし、意地悪な神様に閉じ込められた異世界人だから」
「ふーん……」
彼女は興味なさげに呟いて、溶けかけのアイスを舐める。
……僕にとって、彼女は回数を重ねるごとに大切になっていって。
回数を重ねるごとに悲しくなる。
「ねえ」
「なにかな」
「あんたが帰る日が来たら、私もあんたの世界に連れて行って」
「うん、いいよ」
「やった」
ウソ、そんな日は永遠に来ない。
彼女は永遠にこの世界の住民であって、僕の世界には来られない。
手が届くところにいるのに、捕まえられない触ることのできない彼女。
「私、あんたのこと好きよ」
「……そっか」
「この世界は終わるけど、また明日から新しい世界が始まるのね」
「うん」
「また明日からよろしくね」
「…………うん」
彼女の顔を見ることができなかった。
この世界に明日は来ない。
もう、一生来ない。
新しい世界も、始まらない。
だって。
「帰ろっか」
「あのさ」
「どうしたの?アイスならもう食べてしまったわよ」
「僕、君のことが……」
強い光が差し込み、視界が白くなる。
彼女に向かって手を伸ばしたけど触ることはできない。
「好きだったよ」
涙が頬を伝っていく、永遠に来ない明日を望みたかった、だけどこの世界はもう終わりだから。
……さようなら。
「本当は、最後だって知ってた」
「この世界が終わればあんたにはもう二度と会えないことも」
「私はもう二度と目覚めることはないことも」
「……さようなら」
…………。
目を覚ますと、テレビの画面にはコンプリート!という文字が映し出されていた。
それを見たと同時に、容赦なく部屋の扉が開けられた。
「あーお兄ちゃん。またそのゲームしてる」
「勝手に入ってこないでよ」
「本当に好きだね、そのゲーム。乙女ゲームだよ?変なの」
「話がよく作り込まれてて面白いんだよ。……もう、しないけど」
「だよねー!お兄ちゃんが乙女ゲームしてるって彼女にバレたら大変だもんね!!」
「ああ、そうだな」
そういえば、彼女は彼女に似ていたな。だから好きになったのかな、そんなことは今更どうでもいいけれど。
「お前がこのゲーム売るって聞いて、最後にもう一回だけしたくなったんだよ」
「ふーん?」
「一晩ぶっ通しでやってなんとか全員のルート回れた」
「バカじゃんー?お昼過ぎたら売りにいくからちゃんと戻しておいてね」
そう、もう永遠に来ない世界だ。
僕が死ぬほど明日を望んでも絶対に来ることない世界。
彼女は永遠に、籠の中に閉じ込められている。