星屑流星有限公司
―――最近、流れ星見た?
『…東名高速『綾瀬バス停』を先頭に、20km渋滞しています。これは故障車による車線規制…』
「あーったく、こんな夜中にザケんじゃねぇよ、魚が腐っちまうっつーのっ……ん?」
―――見れたらちょっと、ラッキーな気持ち?
「じゃあねお疲れーっ。気をつけてぇい!」
「あははっ。篠原さん、あとはよろしくお願いします」
「まっかしといて! あーっほら、見た? 見た、今の? 上!」
「上? …あっ!」
―――『なんとか座・流星群』とか、ネットでよく出てるじゃない?
「…起きてた? 良かった。…うん、今たぶん見ごろだよ」
『寒いねー。あっ! 今ほら! でっかいの光った、オリオンのとこ!』
―――でもその流れ星、もしかしたら………
『……ザザ、…ナンバー、ワン、ツー、スリー、ゴー!』
ドッ!
ボウッ………カッ!!!
「ジャスティン、また遅い! あんたって本当最低ねっ!!」
『“スズキサン”からパンダ社長へ。流星第一波は…“オール、オーケイ”』
「“オールオーケイ”、Uh-huh! 相変わらずスズキサンは英語が下手くそだな。ラジャー! 第二波の準備に掛かってくれ。2nd、No.2!! Business、Business!!」
――― こいつらの落とした 流星 かもね! ―――
★ミ 星屑流星有限公司 ☆彡 作:鈍行彗星
― 1 ―
宇宙は黒い。黒いのは何も無いからじゃなくて、むしろ、そこにありすぎるから黒い。
スペース・デブリ。つまり、廃棄された人工衛星とか、スペースシャトルが投げ捨てた燃料タンクの破片とか、あるいは隕石とか彗星のかけらとか、いわゆる宇宙のゴミのことを、“スペース・デブリ”という。そういったデブリが、地球の周りには溢れかえっている。ゴミゴミ。だから宇宙は、黒い。汚い。誰かさんの心のようだと思わない?
だが、それを利用して商売している奴らもいる。それが彼、それこそスペースデブリの寄せ集めみたいな宇宙ステーションで指揮を執る、『パンダ』社長。
もちろん彼はジャイアントパンダではなく、典型的・一般的な丸顔中国人だ。普通かどうかは、知らないけどね?
「NEXT! 3RD、NO.3!! チャン、チャン? 電話ちょうだい、電話。違うよ、スマホじゃなくて衛星電話。クライアントにちゃんと見えたか確認しないとさ」
「もうっ、それぐらい自分で取ってよっ、はげパンダ!」
彼らの商売はいたって単純。地球周辺を浮遊するデブリを拾い集め、それを地球に落とすだけ。
デブリは大気圏突入の熱で発光し、やがて燃え尽きる。それがまるで流れ星のように見えるのを利用し、パンダ社長は“有料流れ星会社”を立ち上げた。
その名も、『星屑流星有限公司』である。
「はーい、もしもし。社長のパンダです。いかがでした、我が社の流星は? え? タイミングがずれた? いやあ、それはご勘弁ください、多少の時差はあるものですから。ええ、ええ」
やがてステーションがド、ドスンと3度揺れ、ブザーがBOO・BOO!と、2回鳴った。開けてくれ、という合図だ。
社長が電話片手にレバーを引くと、奥から空気の抜けるような音が聞こえて、三人の働き盛りな男達が入ってきた。
「またやらかしたでしょ、ジャスティン! いっつもあんただけタイミングが遅れるんだからっ。ほんとあんたって最低ね!」
怒っている彼女は通信手の韓国人『チャン』。この宇宙ステーションで唯一の女性スタッフで、唯一の既婚者でもある。
「へへ、マスカラがズレれてるよ、チャン」
続いて怒られているのは、自称フィリピン国籍の『ジャスティン』。適当な性格で、名前も本当か怪しいが、何しろ社長がパンダだから誰も気にていしない。
「ふう、バッテリーの充電が思ったより少なかったな。どこか錆びてるのかな」
続いてはインド人機械士の『デヴ』。もっぱら彼がいないとこの事業…星屑流星有限公司は、成り立たないといっても過言では無いだろう。このメンバーの頭脳役であり、そして最軽量のガリガリスタイルである。デブではない。
「おい、スズキサンはどうした?まさか、流星と一緒に落っこどしたんじゃないだろうな。スズキサンだよ、日本人!ヘイ、ジャパニーズ、スズーキサン!!」
その時、内線ブザーがブルルンと鳴った。船外活動機の格納庫からだった。
「スズキサン、まだそこにいたのか。早く戻ってチンジャオロースーを作ってくれ、腹ペコだ!アイムハングリー!!」
パンダ社長がご機嫌な早口でまくし立てると、受話器の奥からもごもごして聞き取りづらい、小さな日本語が聞こえてきた。この声の主が、5人目のメンバー、日本人のスズキサンである。
「あの…パンダ社長にお客様が…ゲスト、クライアントです!ビジネス!ビージネーース!!!」
―――
「こちらにサインを…ありがとうございます。では、失礼いたします」
ロケットマーク急便のコンテナシャトルは役目を終えると、二人のスタッフを乗せて、だんだんと離れていった。
星屑流星有限公司に届けられた荷物は、よりにもよって、なんと中身入りの『棺おけ』だった。
「いよいよ我々の出番というわけだな」
社長はカレンダーに貼り付けていた一枚の契約書を剥がし取った。日付は確かに今日で合っていた。
「約束通り、指定日に届いたわ。きっちりした人よねぇ、誰かさんとは大違いだわっ」
その誰かさんは、何も関係無いよ、といった顔をして、デヴとBSハイビジョン放送の『インドの食卓』という番組を見ていた。
「インドの人ってさ、カレー食べないとバカになるってホントなの? あ、スズキサン、僕、今夜はカレースープがいいなあ」
「ジャスティン、うるさい! ほんとあんたって最低ねっ!!」
「おい、スズキサン。スターダストポッドのセットアップだ。…何をボケッとしているんだ、仕事だ! ビジネス、ビジネス!!」
もちろんスズキサンはボケッとしていたわけではない。唐突に届いた訃報に、ただただ驚きを隠せずにいたのだ。
「…半月前はあんなに元気だったのに…」
宇宙船外活動機『スターダストポッド(SPD)』の電源立ち上げをしながら、スズキサンは二人の、最初で最後の会話を交わした日のことを思い出していた。
棺おけの中で眠る、『ハロルド』という老人との…。
―――二週間前。
「この宇宙船には女性はいないのですか? 人工流れ星、なんてメルヘンな会社だから、女性スタッフばかりなのかと思ってましたよ!」
「あーいますよ。今僕らの足元にいる、ほら、彼女。通信手のチャンです、韓国人です」
契約書も一段落したところで、ハロルド氏の雑談に火がついた。あれやこれやと、とにかく色々なことに彼は興味を持った。
「おお韓国人! しかも、名前がチャンだって? 知ってるよ、伝説の宮廷料理人と同じ名前だ」
「ああ、チャングムのことですね。まあどっちかと言うと、チャン・ヒビンみたいな性格した奴ですけどね、あいつ」
朝鮮三大悪女の一人ですよ、と説明すると、ハロルド氏は両手を叩いて大笑いしていた。たとえるなら、くしゃくしゃに丸めた紙くずのようにしわだらけで、まるでパパのおならに喜ぶ子供のような、そんな下品で子供っぽいような笑い方だった。
(こんなに元気な人が、何でこんな依頼を…?)
契約書を改めて見返してみる。色々と書いてあるが、つまりはこう書いてあるのだ。
―――私が死んだら、地球へ落として
『流れ星』にしてください―――
しかも、死亡の予定日まで明記されている。これじゃまるで、自殺予告書みたいだ、と、スズキサンは思った。
「そういえばもう一つ気になってたんだが、どうして社長の名前はパンダなんだい? まさか、本当にパンダって名前なんじゃないだろう?」
「ええ、もちろん。でも、実は社長の名前の漢字が読めなかったんですよ。そしたら社長が、『(もういい!)パンダ、パンダ(と呼べ!)』って、叫ぶもので」
これもまた、ハロルド氏のツボにはまったようで、『HAHAHAH!!』と、大いに喜んでいた。
「この会社には5人のスタッフがいますけど、みんな国籍が違うんです。だから言葉も通じないし、簡単な意思疎通にも苦労します。食事なんかもう、泣きたくなりますよ…」
「ははあ、君が食事係かね? 私は日本通だから平気だが、日本食ではみんな満足しないのかね?」
「納豆が最悪でした。糸がそこら中に浮遊してベタベタ機械にくっつくし、臭いも。もっとも、僕はキムチといい勝負だと思うんですけどね」
「それだけ言われ放題でも、君はこの会社を離れないつもりなのだろう。…何か魅力があるのでは無いかね? そうか、さっきの朝鮮三大悪女を狙っているんだな!」
それに対し、今までの態度から一変して、スズキサンは即答した。
「違います。ていうか、あいつ、結婚してますよ。ああ見えて子供は5人、美人に見えるのは整形してるからです、しかも2回。おまけに性格は最悪ですぐキレるし、文句ばっか、ぶつぶつぶつ…」
「わかった、もういいよ」
失礼しました、と、スズキサンは襟を正すと、書類を机に置いて、ハロルド氏から契約内容確認のサインを受けた。
『ハロルド・ヘリー・コプター』
ハロルド氏曰く、彼はイギリスの古くからの資産家だそうで、コプターという苗字はもう自分しか残っていないのだと言う。
「最後に私の家の名前を世界に、いや、宇宙の歴史に刻みたいのだよ。地球から消えた名前が、宇宙の歴史に永遠に残る。どうだろう?」
「とても素敵だと思います。きっと、英国紳士に相応しい、宇宙の伝説になることでしょう」
ハロルド氏は、満足そうにシワを刻んで微笑んでいた。
―――
「死んだ後にこんなことしても、自分は見れないのになぁ」
ジャスティンは到着した棺をコンコンと叩いて、もしや返事があるまいかと、耳を当てていた。
当然、ハロルド氏から返事は帰ってこない。今度はフタを開けようとして、さすがにデヴが止めに入った。
「おいやめろよ、臭くなるだろう!」
「丁重に扱えよ。何しろ普通の棺じゃ無いらしいからな。流星として目立つように耐久性のある材質が使われているらしいぞ。さすが英国の大富豪!百万ポンドも報酬を払うだけのことはあるな!」
「今、『百万ポンド』って言った? それってウォンにするといくらぐらいかしら、ちょうど鼻の角度を調整したかったのよね~」
急に腕にチャンが絡みついてきて、しまったと思ったのだろう。パンダ社長は棺を持ち上げるような素振りをして、『うおお!』と呻き始めた。
「何て重さだ! さすが百万ポンドの重さの棺! これじゃ隕石と全く同じヘヴィーだ、うん! 間違いなくでっかい流れ星になるぞ! うおお、重いぞ、ヘビー!ヘヴィー!!」
「社長、宇宙は無重力です」
スズキサンの指摘は『社長、胸が躍りますね』と翻訳されたらしく、嬉しそうな顔をして肩を叩いてくれた。
「よしっ! それでは作戦行動に移るぞ! ミッションスタートは、宇宙時間『2000』。射出ポッド担当は、スズキサン、君だ!」
一方、その頃―――。
「どうやら、うまく行ったようだな」
星屑流星有限公司の宇宙ステーションから、ロケットマーク急便のコンテナシャトルが離れていく。
彼らが向かうのは国際コロニー・ステーションではなく、なぜか、何もあるはずの無い、あさっての方角の宇宙だった。
「ああ、随分と都合のいいベンチャー企業があったもんだ。もっとも、アポロ11号のブースターの破片を集めては捨てて燃やしてる会社だと知ったら、NASAの奴らが怒るんだろうなあ」
「NASAだけじゃない。あいつらが流れ星にしているのは、どれも宇宙産業記念物に指定されるような物ばかりだ。そりゃあ、確かにゴミって言えばゴミなんだけどな。…おっと」
コンテナシャトルは向かって右側に小噴射して、迫っていたデブリを回り込んで回避した。ソーラーパネルの残骸らしかった。
「あれはJAXAのロゴじゃないか? はやぶさタン、かな」
「何で日本人は衛星探査機もリトルガールにしちまうんだ? 俺にはあの国の発想がわからないよ」
「そういえばあの会社には日本人もいたな。聞いてみりゃいいじゃないか」
よせやい、と、帽子を深くかぶった男はカプセルガムを口に放り込んだ。
「余計な印象を付けるのは良くない。俺らはただの運送屋を演じなくてはならなかった。そうだろう、トーマス・タンク・エンジン?」
『ハロルド・ヘリー・コプター』、と彼の相棒は訂正した。
「日本では放送してなかったのかなあ、機関車トーマス。…よし、そろそろこのだっせえカバーを 取っ払うぜ」
ボタンスイッチを押すと、窓の外ではシュッ!という音がして、シャトルからロゴ入りのコンテナが分離された。それはロケットマーク急便に偽装するためのハリボテで、彼らは横縞模様のシャツが似合う配達屋さんでは無かったということだ。
「楽しみだぜぇ…明日の朝刊がな!!」
「…ああ!」
地球の陰から強い光が差し込み、コクピットガラスに彼らの顔が反射する。『太陽も俺たちを祝福してるみたいだな』と、シワを深く刻んでほくそ笑むその顔は、なぜか『ハロルド・ヘリー・コプター』のそれと良く似ているように見えたのだった。
― 2 ―
SDPとは、非常に簡素に作れらた宇宙船である。宇宙船と言っても、エレベーター程度の大きさの箱に、横から作業用アームと荷台がついただけという、何とも不恰好な乗り物である。星屑流星有限公司ではこれを使って、デブリを回収したり、逆に回収したデブリを地球に投げ落としたりしているのである。
「デヴ、充電率が65%しか溜まってないけど、ちゃんと充電した? チャージ、OK?」
「それがOKじゃないんだ。いいかげん充電池が古くなったみたいで、そろそろ限界みたい。燃料も最近高いから、ミッションは明日にした方がいいんじゃないの、OK?」
「よし、OKだな!」
パンダ社長には『OK』の部分しか聞こえていないらしい。不安そうなスズキサンの頭へ強引にヘルメットを押し付けると、手際よく宇宙服のバルブを締めてしまった。
(このミッションが終わったら絶対辞めてやる…)
中古の宇宙服なので、ヘルメットを付けるともう、何も聞こえない。スピーカー機能はバッテリー節約のため、デヴがカットしてしまったのだ。そもそも言葉が通じないのだから、もっぱら役には立っていなかった。親指を立てるパンダ社長に合わせて、ヤケクソに親指を立てて見せた。
「時刻は1945。ちょっと早いけど、始めましょうか?…ああそっか、聞こえないんだっけ。
じゃ、スズキサン、いってらっしゃーい。聞こえないの? ほんとあんたって最低ねっ! 手ぇ振ってんだから、行きなさいよ早く!!」
「行ってらっしゃーい、スズキサン」
「バカ、お前も行くんだよジャスティン。…何で?って顔するなよ。いつものデブリと違って、今回は大質量物質だ。操舵とアーム扱いをいっぺんには…あーっもう、面倒だ! とにかく行け!!」
ジャスティンは全力で仕事をサボろうと暴れたが、3人がかりで押さえつけられ、結局宇宙服を着せられてしまった。
「デヴが行けばいいじゃないか!」
「何だ、俺を指さして。俺には残りのポッドを修理をする仕事があるんだ、悪く思うなよ」
―――ボッ!!
格納庫から放出されたSPDは、青白い炎を一瞬噴き出して、地球の自転と同方向に進みだした。
相対的にはさほど変わらない速度に見えるのだが、そもそも地球の公転速度は秒速約30キロ、時速に直したら約5万4千キロもある。地球の大気圏内では空中分解してしまう超高速でも、真空の、つまり摩擦を発生させる物質が何も無い宇宙空間なら、こんなオンボロ作業船でも十分耐えられるわけである。
ただし、それは何にも衝突しなければの話である。小さな握りこぶし大の石ころでも、そんな超高速で衝突すれば致命的な損傷となる。星屑流星有限公司が商売として成り立っているのも、そういった小さな石ころでも回収・処分したと宣言すれば、宇宙平和利用同盟の加盟国から謝礼を(恩着せがましくも)要求することができるからである。そのため会社は、加盟国の上空を選んで作業をしていることは、言うまでもないだろう。
「そろそろヨーロッパ上空だ。ジャスティン、アームを操作して棺の投下準備してくれ」
しかし、ジャスティンはコクピットガラスに張り付いて、夜の地球を見ることに夢中になっていた。
そういえば、互いの声は聞こえていなかったことを思い出して、スズキサンはヘルメットをゴツンと叩いた。
「ったく…おい、ジャスティン!」
「いでっ! 何するんだよー、もー」
ロボットアームのレバーを指差すと、OKと指で丸を作って、ようやく操作席に座ってくれた。ふうっと、ため息をつくと、スズキサンは落下地点の最終調整に向けてSPDの回転操作を始めた。
「SPD1より本社へ、まもなくイギリス上空に到達し、投下態勢に入ります。
…本社? パンダ社長、チャンもいないのか? あれ、返事が無いな…まあ、いいか」
二人のSPDは、大西洋の上空数万キロをゆっくりと進んでいく。ロボットアームが動き、SPDとのロックが解除された。
―――
「は? いやいやいや、そんなはずはありませんよ、自身最期の大花火ってことで相当気合入ってたはずですから。それじゃあ、今からでもいいんで、CM入れてくださいよ。
提供は『星屑流星有限公司』って、忘れないでくださいよ! …ふうむ、おかしいな。
英国メディアはハロルド氏のことで大盛り上がりだと思ったが、トップニュースが中国の大気汚染ってのはどうもおかしいな。ハロルド氏はコマーシャルをする前におっ死んじまったのか?」
パンダ社長が衛星電話を置くと、首を傾げて独り呟いた。念のため、知り合いの英国メディアに連絡したのだが、ハロルド氏の“流れ星葬”のことは初耳だったと言う。
「社長ー、SPD1から無線じゃないのー?」
「何だチャン、社長の俺に取れってか? 通信手はお前だ、給料分働け!」
今定時休憩中ー、と、つま先のネイルを手入れを続けるチャン。だんだん社長が不機嫌になっていくのを察知したのか、バッテリーの修理をしていたデヴがビープ音の鳴り続ける受話器を取ろうとした所で、ガチャン! と、荒々しくパンダ社長は受話器を取った。
「こちらパンダだ! 棺おけは適当にイギリスの近くに落とせばいい! どうせ大気圏突入で燃え尽きるんだ、イギリスから見えればいいんだよ………って、あ、はあ? 宇宙警察? ギャバンですか、シャリバンですか、違う? はあ」
「??」
社長の態度が一変したのを変に思ったのも束の間、『何ですって!?』社長の悲鳴に驚いた二人は、赤い液やら銀色の液やらを船内に散らばらせてしまった。
「うおう、何だよ社長ぅ!?」
「ちょ、デヴ! バッテリー液なんか飛ばさないで、危ないじゃない!!」
「今すぐ止めさせます! おい、スズキサンに連絡だ! スズキサンだ!!」
スズキサン、スズキサンと連呼する社長の様子は明らかにおかしい。二人は、顔を見合わせた後、無線通信機を指差した。パンダ社長は二つの受話器を顔に挟むと、
「スズキサン! 今すぐ投下を中止しろ! ストップ! ビジネス・ストップ!」
頭がかち割れんばかりな声で、怒鳴り散らした。
――――
『ストップ!ビジネス・ストップ!』
ようやく通信が繋がったと思ったら、このウルトラノイズである。思わずスイッチを切ろうかと思ったほどだ。
「うっせーパンダ!ふがが…」
「…社長、僕です、スズキサンです。ビジネス・ストップって言われても、もうイギリスに向けて発射しちゃいましたよ、ハロルドさんの棺おけ。
…ビジネス、クリアー」
小日本!! ……中国人が日本人を小馬鹿にする時に言う言葉だ……よくわからないが、社長は相当お怒りのようだ。
『ミサイル、トラップ!! ベリィーデンジャー! ストップミサイル、ライトナウ!!!!』
「…ミサイル? あの、棺おけが? えっ、いや…でも、ちょっと待ってください。ジャスティン、今棺おけはどこにある?」
確認すると、棺おけは既にレーダーに映らない距離まで離れていた。地球に近づけば引力に吸い寄せられ、やがて大気圏に入って摩擦熱が発生する。
そうなっては、こんなオンボロSPDでは引力からの離脱も、突入も不可能だ。早く棺おけを見つけなくては―――。
「何でミサイルだってわかったんですか! てか、本当にミサイルなんですか!? わけがわかりませんよ、社長ーっ!」
SPDは加速しすぎないよう、横方向に小噴射して地球に近づき始める。ジャスティンが、え?と訴えるように顔を向けた。
「帰らないの?」
「聞いてなかったのか、あれはミサイルだったんだよ! ああちくしょう、宇宙服越しじゃ聞こえねえか!! なんて物を運んでたんだ俺達は…!!」
―――
「先ほど身柄を拘束した2人が全て自供しました。あなた方が流星として地球に落とそうとしていたのは棺おけではありません。高密度質量物質、言ってみれば、超長距離ミサイルだったのです」
星屑流星有限公司に現れたのは、世界十数ヶ国以上の言葉を巧みに操る、環地球圏宇宙平和利用を管理する“宇宙警察”の刑事だった。その素晴らしいプロフィールに敬意を表して、社長は社員達に彼のことを『バイリンガル』と呼ぼうと確認しあった。
「ハロルド・ヘリー・コプターという人物は存在しません。彼らの目的は、流星にカモフラージュした爆弾を地球に落とすことだったのです。あなた達は利用されました」
「ははぁ…しかし、何でまたそんなことを…?」
それは2人から聞きだすとして、と、『バイリンガル宇宙刑事』は、デヴが見ているレーダーモニターを見た。
「まずはミサイルの大気圏突入を阻止しなければ。事態は一刻を争います」
「ちょっといいかしら?」
通信手のチャンが、おもむろに手を上げた。
「バイリンガル刑事。知ってると思うけど、私たちは有料の流れ星会社なの。デブリを地球に落として流れ星っぽくしてるわけだけど、あの棺おけぐらいの大きさの物だったら、よく落っこどしてるわ。別に放っておいたって、あんなの地表に着弾する前に燃え尽きるんじゃないの。違う?」
「なるほど、あなたの指摘はもっともだ、素敵なお嬢さん」
まあ! と、両手を頬に当てて喜びを表す整形美女、いや、子持ちアラフォー。あざとさも三大悪女の名にふさわしい。
「だが、残念ながらそれは期待できない。あれは普通のミサイルではなく、高密度質量物質という、地球上では存在しない物質で作られた危険な物だ。
大気圏突入も可能な外装が施され、着弾地点を微調整する小噴射ロケットがついていることが、既に赤外線探知で確認されている。…その破壊力は未知数だが、あの大きさでも鉄に換算すれば直径10マイルの鉄球に匹敵するという。…バイリンガル、とは私のことかな?」
「直径10マイルの鉄球……1マイルって、どのくらい?」
オホン、とバイリンガル刑事は『とにかく大変な事態だ』と説明した。
「あの恐竜を絶滅させたのも、巨大隕石の衝突と言われている。全人類滅亡とまでいかなくても、国家を一つ滅ぼすぐらいなら余りある物だ。そういう物と認識してほしい。
実際、あのミサイルはイギリスではなく、この国に向かって落ちようとしているそうだ」
世界地図を見つけて、バイリンガル刑事はとある国を指差した。デヴもチャンも、パンダ社長もそれを見て、『あー…』と、黙ってしまった。
「ここじゃ…しょうがないわな」
「わからなくもない」
「むしろ、滅ぼしちゃえばいいのに。あたしこの国きらーい」
バイリンガル刑事は、やれやれと肩をすくめた。
「この国の首脳は腐っているが、国民に罪は無い。彼らを救うためにも、虐殺は、見殺しは許されない。たとえ、世界の警察国家がサジを投げた、としても」
3人はまたしても、『あの国か』と、うなずきあっていた。
―――宇宙警察、護送船内
「あー、よく聞け。俺達は何もお前らをぶっ殺すために捕まえたわけじゃない。おとなしく正直に、白状したらそれなりの待遇を考えてやる。
キリキリ喋れよ?」
壁に張り付けられ、手足を固定された青い横縞服の2人は、消沈した表情で宇宙の刑事の顔を見下ろしていた。まさか最後の最後、ベンチャー企業にミサイルを引き渡した瞬間に逮捕されるとは、思ってもいなかったのだ。
「パーシィ・ヨワー・ムーシーもここまでだな…」
「だからハロルド・ヘリー・コプターだっつーの…うっ、デデデ…!」
宇宙刑事は口の減らない容疑者の頭を掴むと、その逮捕状を眼前に突きつけた。逮捕容疑は『宇宙空間への無許可投棄棄現行犯』だったが、本当に追求したいのは、彼らが運んでいた棺おけのことだ。
「お前達が棺おけを渡したベンチャー企業だが、あれはとんでもなくいい加減なチャイナ企業だ。お前らの依頼した通りの場所に着弾するとは考えられん、下手したら、お前らの故郷に落ちることも考えられる。いいのか?」
それは…と口ごもったが、しかし、二人は首を横に振った。
「あのミサイルには誘導補助噴射機が付いている。たとえ地球の裏側から投げこんだって、バーニアが補正して正確に着弾する。防ぐんなら、落ちる前に止めないと、間に合わないぜ…!」
宇宙刑事は、ちっ、と舌打ちした。
― 3 ―
一方その頃、スズキサン達は重大な判断を迫られていた。
「くっそ…バッテリーの残量が…!」
棺おけに追いつけても、戻るだけのエネルギーが残らない可能性が出てきたのだ。元々SPDは宇宙ステーションの船外活動機であって、長時間行動を想定していない。そのためバッテリーは充電方式であり、高価なソーラーパネルなども装備されていないのだ。
「スズキサン、死ぬ気かよ! これ絶対落ちるって、やばいよ! 俺まだ死にたくないよ!!」
ジャスティンもパニック気味である。だんだん地球に近づくにつれ、速度も揺れも大きくなってきているのだから、無理もない。
『頼む、スズキサン! それを落としたらうちは大損害だ! とてもじゃないが賠償しきれない!!』
『賠償する相手だってみんな死んじゃうわよ!!』
『無理だ! バッテリーが持たない! 貴重なSPDが墜落してしまうぞ!!』
星屑流星有限公司の面々は、それぞれ思い思いの心配を無線で飛ばしてくれたが、残念なのか幸いなのか、スズキサンとジャスティンにはまるで言葉が通じなくて、ただのノイズにしかならなかった。
が、彼の言葉だけは違った。
『がんばってくれ!』
「(え…日本語!?)」
そして、フィリピン語でも彼は、バイリンガル刑事は叫んだ。
『君たちの活躍次第で、何千、何万という人の命が救われるんだ!』
「僕を必要としているの…?」
ジャスティンが何年ぶりかに聞く故郷の言葉に、冷静さを取り戻す。
『頼む! 棺を止めてくれ! 君たちにしかできないことなんだ!!』
「………よし。ジャスティン、少し飛ばすぞ。しっかり捕まってろよ!」
スロットルを押し込み、SPDのバーニアが火を噴く。急加速したSPDのレーダーの一番外側に、一つの光点が現れた。…棺おけだ!
「アーム準備!」
ヘルメットをでこピンすると、ジャスティンはいつになくスムーズな動きで、ロボットアームのそう打席に座り、二本のレバーを握った。肉眼でも棺おけが確認できた―――だが、速すぎる。
「(重力圏内に入るよりも早く捕まえて、逆噴射減速、それから燃料とバッテリー残量。その一つでも間に合わなかったら、終わりだ…!)」
夜の地球が、電球の色で形作られた大陸が視界いっぱいに広がり、棺おけを隠してしまう。しかしレーダーは確実に捉えている。
あと1キロ…700メートル、30メートル…今だ…!!
「減速!」
逆噴射減速―――だが、やりすぎた!
「転回、加速!」
再度接近して、持ち直す。もうすぐ重力圏に入ってしまう!
「取り付くぞ! キャッチっ、ジャスティン!」
「イエス、スズキサン!!」
ロボットアームが棺おけを掴む。衝撃でヘコみができて、爆発しまいかとヒヤリとしたが、なんとかアームは棺おけを掴み取った。
「減速ッ!!」
ボオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!
全力で闇色の地球に向かって炎を吐き出すSPD。バーニアが、コクピットがガタガタと揺れる。
「止まれええええとまれえええええええ!!!!」
「落としてたまるかああああああああ!!!!!」
二人は全てを運命に任せた。レバーを握ったまま、祈るように目を閉じた。
―――
空港公園からは、夜行便の到着風景がよく見える。少し風が強く、あたりには、誰もいない。
「おや、ヘンリエッタ! ほら、見えたかい?」
「見えるわトビー! あれは、きっと流れ星ね!」
星にまぎれて、突然夜空に現れた小さな光りの点。流れ星にしては、いつまでも光っている。
「何かしら、飛行機にしてはずっと同じところで光ってるわ」
「そうだ、それで見てみろよ。今お金を入れるよ」
トビーが双眼鏡にコインを入れると、ヘンリエッタは嬉しそうに覗き込んだ。びゅう、と風が鳴り、彼女のスカートがはためいても、気にしない。二人は不思議な光に夢中だった。
スズキサンとジャスティンの、決死の光であることを、二人は知らない。
―――
BEEP!BEEP!BEEP………
燃料切れ間近を知らせるブザーが船内に鳴り響く。
SPDは、棺おけを掴んだ状態のまま、静止…いや、地球から離れ始めていた。
「やった…やったぞジャスティン! はは、聞こえてないのかよ、おい! ああそっか、聞こえないんだっけか、はは! おいジャスティン!」
ヘルメットを叩くと、ジャスティンはようやくこわごわと顔を上げた。スズキサンの表情を見て安心したのだろう。両手を挙げて、何かを叫んでいた。
「やった、やったぞ! ジャスティン、俺達はヒーローだ! ハハハ、聞こえねぇのかよ、バッカだなあ! アッハッハッハ!」
「~~~~~」
そうかそうか、そんなに暴れまわるほどに嬉しいか! そう思っていたスズキサンだが、どうもジャスティンの様子がおかしい。
「何だよジャスティン、外ばっか指さして。
…わッ!?」
ゴッ、ボッ! という音がして、SPDが嫌な縦揺れを起こす。コクピットガラスも音に合わせて、光を差し込む。
『―――キサン、ジャスティン! 早く戻ってこい! その棺おけには軌道補正用のロケットが…ザザザ』
…パンダ社長が無線で何か叫んでいる。だが、だんだんとその音が小さくなっていき、そしてとうとう…SPDの室内照明までもが消灯した。バッテリーが、燃料が尽きてしまったのだ。
「ジャスティン! 棺おけだけは! 棺おけだけは絶対に放すなよ!!」
「これ無理! もう、掴んでらんないよ!!」
ドンっ、ボゴン!
衝撃が繰り返され、SPDがきしめいていく。
…もはや、何もできることは無かった。棺おけはとうとう、ロボットアームを引きちぎり、角度を修正しながら、ゆっくりと地球に向かって進み始めた。
しかも、それだけではなかった。さっきの逆噴射で減速していたSPDは、地球の引力に勝てるだけの速度を残していなかった。
「…嘘だろ?」
「スズキサン………これ、やばくない?」
…ゆっくりと、棺おけを追いかけるように、二人の乗るSPDは、地球に向かって、墜落し始めた。バッテリーは切れ、燃料も尽きた。もう、彼らにはステーションへ帰ることも、棺おけを捕まえることも、大気圏へ突入することもできない。
いつも落としていたデブリのように、流れ星のように、大気の摩擦熱で焼け尽きるその時を、待つことしかできなかった―――。
―――
その頃、某国の空港公園では。
「ヘンリエッタ。この素敵な夜に相応しい、大事な、とても、大事な話をしたいんだ。…聞いてくれるかい?」
「…なあに、トビー。それは素敵な話かしら?」
とても素敵な話さ、と、トビーは言った。彼女の肩に手を掛け、彼は目を見る。
「ずっと、いつ、何て言おうか………ずっと考えてた。いつもそのことばかり考えてた。
でも、考えて考えても、僕の頭は、ベストを見つけることができなかった。もっと良い言葉は無いか、もっと良い情景は無いかって、考えた」
「あなたらしいわね」
クスリと、ヘンリエッタは笑い、トビーも笑った。
「そして気づいたんだ。このままじゃ、僕はおじいさんになってしまう。ヘンリエッタはおばあさんだ。それからじゃ遅いな、って気づいた」
アメリカン航空の夜行便が離陸していく。その入
れ違いに、日本航空のジャンボが着陸態勢に入る。あたりはボーイングのエンジンと、風切り音が通
り抜け、ヘンリエッタの髪が風になびく。
トビーは轟音に負けないよう、大きな声を出した。
「じゃあ、いつ言おう? 今言おう! 僕は、そう決めたんだ!」
「………うんっ」
―――
星屑流星有限公司では、その頃。
「だめだ、SPD1との通信が途絶えた!」
「棺おけは!? 棺おけはどうなったんだデヴ!
SPDは無事なのか!?」
「まさか両方とも地球に落っこっちゃったの? ちょっと! あんた宇宙刑事なんでしょう!? 仲間に連絡して手伝わせなさいよ!!」
「無理だ…棺おけも彼らも地球に近づきすぎている。今から応援を呼んでも、間に合わない…!
レーダーで早く探知するんだ!」
―――SPDの中の二人は、パニックになっていた。
「このまま死ぬの?! 死ぬの、スズキサン!? 俺は嫌だよ! こんな所で死ぬのは嫌だ!!」
「落ち着けジャスティン! SPDから出たって引力に逆らえないのは同じだ! それこそ無駄死にだぞ!」
せめて、引力から逃れる方法だけでも無いのか?
二人の願いもむなしく、SPDの加速度は徐々に増していく…。
地球が、だんだんと大きくなってきていた。
―――空港公園では、トビーが跪き、ポケットから小さな箱を取り出した。
ヘンリエッタも息を呑んで、両手で口元を覆い、そして、次に来るであろう、彼の言葉を待った。
「ヘンリエッタ。これが僕の気持ちだ。余計な言葉はいらない。イエスか、ノーで答えて欲しい」
トビーが箱のふたに手を掛ける…そして、その時。
―――慌てふためく、星屑流星のスタッフ達。
「SPDと棺おけをレーダーに捉えた! …えっ?!」
「なに、どうしたの…ちょっと、これって?」
「どうした!? おおっ…な、何だこれは!?」
―――レーダーに映る、謎の影。
「嫌だ! 逃げよう! 死にたくないよ、死にたくないよスズキサアン!」
「ジャスティン落ち着け! 落ち着くんだ!
…え、な、何だ今のは…?」
―――SPDをすり抜けた、そのロケットマーク。
「ヘンリエッタ…僕と………」
「………!」
―――箱の中の指輪が、月光を受け、愛の光を投げかける。そして―――、
「何だこれは…ぶつかるぞ!」
―――バイリンガル刑事の、指摘どおりに、
「おい、見ろジャスティン。あれ…!」
「…あぁっ! デブリだ!?」
―――運命の時が、訪れた―――!!
「結婚しよう、ヘンリエッタ…!」
「………はい!」
ドガアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!!!!!!!!!!!
…それは、飛行機のエンジン音でも、スズキサン
がジャスティンのヘルメットを叩いた音でも、パン
ダ社長のおならの音でもなかった。
ロケットマーク急便のコンテナが、棺おけに偽装
された超長距離ミサイル…高密度質量物質と衝突し
て発生した、巨大爆発の音だった。
「わああああ…!」
「す、スズキサアアン…!」
爆発の衝撃はすさまじく、近くにいたSPDは衝
撃波により、ぐるぐると回転しながら吹き飛ばされ
ていった。皮肉にもそのおかげで、SPDは地球の
引力の呪縛から脱出することができたのだった。
―――そのことにいち早く気がづいたのが、チャン
だった。
「見て! SPD1の識別信号がどんどんレーダーの外に離れていくわ!」
「ということは…無事だったのか! あはーっ! よかった、よかったあ!」
「でもあの爆発じゃ、棺おけの破片が散らばりまくって、デブリだらけになってると思うよ。こりゃ今頃、地球じゃすごい大流星群だ」
―――デヴの言う通り、空港公園の夜空はすごいことになっていた。
「なっ…なんだあれは…?」
「きれい…まるで、私たちを祝福してるみたい…」
夜空一面のあちこちに、絶え間なく振り注ぐ、
いくつもの流れ星たち。
音は無く、静かに光の一線一線が、重なり、交じ
り合いながら、地上に向かって伸びていた。
それはまるで、春に花びらが舞うように、
それはまるで、夏に夕立が降るように、
それはまるで、秋に枯葉が旅立つように、、
それはまるで、冬に吹雪がきらめくように―――
地球の裏半球、夜の町の人達はみな、ベッドから
飛び出して、その光景に酔いしれたことだろう。
最高のスターショー、
夢の世界。提供は…
「星屑流星、有限公司!」
「…は?」
は?、じゃないよ、『は』じゃ! と、パンダ社長
は左手に衛星電話、右手にスマホを取ると、一斉に
誰かに、どこかへ連絡を取り始めたらしい。
ほどなくして、各国のテレビや、インターネット
バナー広告、SNS、はたまたタイムラインには、『星屑流星有限公司の流星ショー』という一文が、
ハッシュタグが踊り歩き、明日の世界中の朝刊の一
面を総舐めするという、異常な事態になった。
パンダ社長は下品な笑いが止まらなかったと、
後にチャンは母国の新聞社にメールを送った。
― エピローグ ―
そんな話をスズキサンとジャスティンが聞けたの
は、地球を2周分回った後のことであった。
「今もそうだけど、さっきから衛星電話が鳴りっぱなしで大変よ~。今はパンダ社長が直接応対してくれてるわ。
…って、聞いてるの二人とも? 何よ、下向いちゃって。ヒーローよあんた達、最高よ!」
ボコボコになったSPD1は、デヴ操るSPD2
によって捕まえられた後、本社の宇宙ステーション
に帰ってきた。通信室ではチャンが、パンダ社長が、
電話片手に祝福して出迎えてくれた。
チャンは、スズキサンとジャスティンがあまりに
も疲れ切った足取りなのを見て、心配するよりも先に背中を引っ叩いてくれた。
その途端、二人がずっと我慢してきた『船酔い』は、一揆に臨界点を突破した!
「う、うえええええ」
「ゲロゲロゴゲロ…」
「きゃ~~! 何やってんのよ二人とも、ちょ、計器が、うわっクっサ!! あたしのデスクが汚れるじゃない! ほんと、ほんっっとにっ、あんた達って最低ねッ!!!」
そんな三人を見ながら、パンダ社長は一人、陰で
珍しく眉間にシワを寄せていた。
広告費の支払いが、予想以上に高くついてしまっ
たのである。
―――今日もどこかで、
星屑流星 有限公司が、
夜空に流れ星を落としている
―――かも、しれない。
― 完 ―
この小説を書き終えた頃(2013年2月)、タイムリーすぎるぐらいに、ロシアに隕石が落ちるという事件が起きました。
実際に『星屑流星有限公司』のような商売が成り立つのかはわかりませんが、知らず知らずあのような被害を起こしていたら、それは大問題ですね。
この物語は、最初「星屑流星株式会社」というタイトルでした。
ところが設定を考えていく内に、株式会社だなんて大きな声で言えるような会社だろうか? と思い、有限会社になって、いっそ中国企業にしてしまえと、有限『公司』へと変わりました。
中国、韓国、日本、インド、フィリピン人のスタッフは、自分の中に思うアジア観が漠然と表現されているような気がするような、そうでも無いような。
「ハロルド・ヘリー・コプター」という名前が出てきますが、これは文中でも出てくるとおり、
「きかんしゃトーマス」の『ハロルド』というヘリコプターが元ネタです。
恋人達の名前の『トビー』と『ヘンリエッタ』も、同作に登場する路面機関車とその客車の名前です。
これは、ハロルドがイギリス人というイメージから引用ました。
初期設定では、ハロルドが実在して、宇宙から落とした棺が燃え尽きず、地球の砂漠に突き刺さり、地球史に名前が残る、というストーリーだったのですが、どうもしっくり来なくて書き直すことに。
他にも、パンダ社長が異様に青椒肉絲が好きで、スズキサンに発音が違う! と指導する場面などもありましたが、全員言葉が通じないという設定と矛盾するので、カットしました。
なんだかなあ~
鈍行彗星