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バイバイ

作者: 瀬底そら



 心地よさっていうのは、時を重ねると変わっていく。

昔はそれでよかったものが、とても耐えられないものになったりする。

どうしてそれをわかってもらえないんだろう。


 炎天下の中、私は駅のコンビニ前で食事をしていた。立ったまま、日差しを遮るものもなく。

「梓は食べるの遅いな、暑いから早くしようぜ。」

さっさと食べ終わり、弘幸はおにぎりの包装や紙パックのお茶をコンビニの袋に詰め始める。私は心の中でため息をつく。

「あっ、俺ちょっともう一回コンビニいってくるから。」

暑いからだろう。弘幸は私を置いてさっさとコンビニに入っていった。混みあった繁華街のコンビニの前で一人、おにぎりを食べる私を行きかう人々は哀れみの目で見ていく。


 弘幸と付き合い始めたのは、大学に入ってすぐだった。

その頃はとても幸せで、たとえ食事がコンビニだろうと、クリスマスプレゼントが浜辺で拾った貝殻であろうと、特に不満には思わなかった。

けれど。


 だんだん、何かが違うと思い始めたのは、就職してからだ。

学生のように決してお金がないわけではないのに炎天下や真冬でも食事はコンビニ前が基本で、誕生日やクリスマスでさえよくて牛丼やファーストフード。プレゼントは3分で書けそうな私の似顔絵や、PCで焼き増しした自分なりのヒットチャートの入ったCDだ。お金のかかっているものがほしいわけではない。けれど、少しはドキドキしたり心がほっとするような体験がしたかった。

 一度、せめて真夏や真冬はコンビニ前で食事するのをやめないか、と言ったことがある。弘幸はそれを怪訝な表情で撥ねつけた。贅沢がしたいのか、と。

 それは決して贅沢じゃないと私は思ったけど、そこから弘幸を見る目が変わったのは否めない。弘幸は、さっさと食べ終えると自分だけ心地よい温度のコンビニへ必ず入っていく。当たり前だと思っていた弘幸の行動が、なんだかすごく心の狭い行動に見えてきたのだ。


 「俺さー、この間『ちょっと変わってるね』って同僚に言われたんだよ。これってほめ言葉だよな。」

弘幸は自慢げに話し続ける。このデパートのベンチに座ってからもう2時間が経つ。本当は、デパートで靴を見たかった。けれど、弘幸が婦人服のフロアに行くのを嫌がり、休憩しようというのでこのベンチに座ったのだ。毎回のデートがこんな感じで過ぎていく。私の前を通り過ぎるカップルは、笑顔でどこかへ歩いていく。

「そうなんだ。」

私はほとんど上の空で返事した。弘幸といるだけで心地よかった昔が懐かしい。

「梓がわかってくれてるおかげで、メシ代もほとんどかからないし、同期の中では一番貯金できてるだろうな。俺って。」

弘幸は本当の私の気持ちを知らない。もう弘幸への気持ちがないことを。


 結局私は、最後のデートをした日の次の日曜に、弘幸に別れを告げた。

弘幸はひどくショックを受けたらしく、納得がいかない、と電話を切ることさえ嫌がったが、最後は私が携帯の電源を落とした。決心は変わらなかった。


 今はそれでよかったと思ってる。意外なほど、すっきりした私がいる。

心地いい私の居場所を探して、旅に出よう。



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― 新着の感想 ―
[一言] 学生時代ならではの交際模様がリアルに伝わってきて、かつ切なさも感じる事が出来、良かったと思います。
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