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後編

「ねえ、イヤホンから音漏れしてんだけど」


 フィーッシュ!

 朝、担任が来る前の短い時間、しっかりと準備した撒き餌にさっそく幼馴染兼親友である眼鏡美人――森島明子が食いついてくれた。

 伊達に眼鏡じゃないな。しっかりとこちらの意図を汲み取って、最善の判断を行ってくれる。


 ……別に相談とかしてないけどね!


 そこが親友の親友たる所以ですわ、と内心感心しきり、外面は「大音量なので聞こえてませんよ?」とばかりにシカトを決め込んだ。


 そんなわたしの頬にストレートがめり込んだ。


「ふぐぅ!」

 マジかよ。グーだぜグー。

「顔はやばいよ、ボディやんな、ボディを」

 無言で顔面グーパン!

 二回目はわりと本気風がきたので、演技するまでもイヤホンが吹っ飛んだ。この幼馴染、容赦せん。

 へへへ、と口元の血を拭う風の動作をしつつ、明子へ振り向く――途中で三回目がきたので、ボクシングのスウェイで華麗に躱す。アニメ一部を見て復讐していなければ即死だった。YURYYY ( ユリィィィィィ)

「うるさいから、注意しろよ」

 わたしの左手側に座る明子は、パッと見、眼鏡をかけた清楚なお嬢様だが、その正体は実にハードな女子だ……いや、女子やない……女や!

「好きなの? モニカ・ベルッチ」

 お前のことが好きだったんだよ!(迫真)

「とにかく、音量、下げな」

「ごめんごめん」

 このままの流れで下でもテヘろうかとも考えたが、次は避けれなさそうなので辞めておく。幼馴染との楽しい会話も重要な朝の行事だが、新の目的はそこではない。

 今朝も背後からビンビンに感じる殺気が、今回に限っては多少、毛色が違うことに、静かな感触を得る。

「おまえ、ほんとにそのバンド好きな」

「え~、そんなわかっちゃうほど音漏れしてたぁ~」


 ……ナイスフォローだぜ明子!


「もうダダ漏れだったぞ。そんな音量で聴いてると耳が遠くなるから、やめとけな」

 ハードなバイオレンスのあとに、この優しさである。

 お前はあたしを惚れさせたいのかと。

「本当によく飽きないもんだな。カラオケでも毎度毎度、歌い始めはそのバンドの曲だし」

「名曲は、いついかなる時代でも名曲ということだよ」

「まぁ、おまえの影響っていうのが癪だけど、良いバンドだよな。ちょっと男向けって印象もあるけど。ほら、ボーカルとかラリってるみたいじゃん」

「いいんだよ、あれはロックだから」

 ふうん、とあまり興味なさそうに頷く明子。

 普段だったらここらで会話も打ち切るところだが、今回はわけが違う。

 それは、振り返らずともわかるほどの、背後から注がれる色んな意味で情熱的な視線が証明してくれている。


 ……ここが正念場だ。選択肢を間違うな!


「ボーカルのほうが印象的だし、作詞や作曲もインパクトあるけど、実はギタリストのほうがわたしは好きでね」

 背後の気配が大きく揺らいだ。確かな手応え。

「そうなん?」

「うん。貸したアルバムの中にも、ボーカルの違う曲が入ってたでしょ。それ、ギタリストがボーカルと歌ってるんだけど、がらがら声がセクシーっしょ!」

「おう」

「あとね、メインボーカルの手がけた曲は変だったり、勢いがあったりして、いやもちろんそっちも好きなんだけど、ギタリストのほうはね、かっちょよくてロマンチックなんだよ!」

 いかん。喋ってるうちに普通にテンションが上がってきた。

「中には演奏が下手とかいう人もいるし、コードも簡単だから初心者向けとか紹介されたりもするから侮っている人もいるけど、普通に上手いから! しかも何十年も弾き続けて、まったくその魅力が色あせないのがすごい!」


「――わかる!」


 椅子を吹き飛ばしかねない勢いで雨隠さんが前のめりに会話にノってきた。

「最初のバンド、次のバンド、次の次のバンドと、どんどんメンバーと名前が変わったけど、彼のギターだけはまっっっっったくブレない!」

 拳を握りしめ、熱く語る雨隠さんに触発されたというより、普段できない会話が楽しくて、計画が頭の隅から吹き飛ぶのを感じた。

 こちらも思うままに口が動く。

「やっぱ、初期から完成されてたんだよ。あの年代、空前のバンドブームがきたのはあの衝動に心がやられたからだと思うんだ」

「もはや国産バンドの、ひとつの完成系だわな。第二次バンドブームのときには、どう考えても彼らのファンだった少年少女が多きくなった結果のムーヴメントだろうし」

「だろうね。あたしは楽器をやらないから、偉そうなこといえないけど、なんというか、あれぞ『ロック』な掻き鳴らしだと思う」

「おまえっ、おまえっ!」

 思いっきり雨隠さんに背中を叩かれる。遠慮のないそれに咽かけるも、目の前に広がる満面の笑みと、次いでかけられた言葉の嬉しさに、痛みを忘れた。


「――わかってんな!」


 ……おまえこそ!


 担任が入ってきて注意されるまで、クラス中の注目と呆然とした視線を浴びながらも二人はハイテンションで会話を交わし続けた。

 隣の明子からも呆れた視線がを感じたが、我を忘れてはしゃいでしまったことに羞恥した赤い雨隠さんが可愛かったので、わたしがそれに気づくことはなかった。

 

               ◆


 そこからはもうとんとん拍子にことが進んだ。

 音楽の趣味が合う。しかもそれがマイノリティ同士であるならばなおのこと会話が盛り上がる。これは雨隠もいっていたことだが、実際、同年代でここまで趣味が合うのは初めてかもしれない。

 きっかけとなったバンドだけでなく、それぞれの好きなバンド――というより、彼女が音楽に関しては造詣が深く、狭く浅いわたしの知識に合わせてくれた。

 むしろ、せっかく見つけた同士を逃がさんとばかりに、コレ聴けアレ聴けとインディーズから洋楽、さらにはフォークソングまでどんどん寄越してきた。

 もはや美少女と認識した、用具室での一件以来、ヤンキーとしての畏怖は消えていたおかげか、物おじせず、好きか嫌いかを正直に、具体的に伝えることができた。

 そうすると心底嬉しそうにしてくれるのが、こちらも心地よかった。

「ひーよーりー」

 明子と他愛無い話で盛り上がっていると、こんな風に、こちらの頭頂に顎を乗せてすり寄ってくるのが、可愛くて仕方なく、にやにやしてしまう。

「おまえら本当に仲良くなったよなー」

 元々、物おじしないゴーイングマイウェイな明子が、若干の苦笑を滲ませながら言う。

「そうかー? 森島はまともだけど、ひよりはキモオタだしウゼェけどなー」

 とかいいつつ、こちらの頬を「たてたて、よこよこ、まるかいてちょん」と楽しそうに弄んでくる雨隠に対し「やめろよー」と嫌がるポーズだけは取りつつ、ギターだこによって固くなった指の感触を、全神経を頬に集中して楽しむ。

 軽音部やバンドを組んでいる人間には、やたらとスキンシップを取りたがるやつが多い気がする。特に、雨隠はクールでヤンキーな美少女的な外見であるから、こうもベタベタいちゃいちゃしてくるとそのギャップにクラクラする。最初の頃はリアルに興奮して鼻血出た。

 野生のボス野良猫を懐かせたみたい。

 染めてるのにさらさらな金髪は、くすぐったい猫のひげを連想させる。

 ついこないだまでは、触れ合うどころか、顔すら把握していなかったというのに、誰がここまで仲良くなれると予想できるだろうか。

「……凸凹コンビ」

 明子がぼそっと呟く。

 明子や周囲の席の友人と、雨隠が普通に付き合えるようになったのも大きい。

 普段、明子、あたし、井村、大北の四人で昼食時や休み時間にグループを形成していた。それに我関せずとあたしだけに絡んでくる雨隠に内心冷や冷やしたものだ。

 しかし、同様に我関せずな明子はもちろん、高校からのオタク仲間・大北も、中学からのジミーズ仲間・井村も、いちゃいちゃとあたしに絡んでくる雨隠に毒気を抜かれたか、また彼女らもギャップにやられてしまったのか、すっかり穏やかなグループとなった。

「マジで仲良いよね、ひよりんとあまっち」

「……まさかひよりがペロペロされる側に回る日が来るとは」

 それぞれが感慨深そうに、そして微妙に好奇心を混ぜながら言い合っている井村・大北コンビを余所に、明子がずるずるとカップラーメンをすする、そんな五人の日常がどんどん馴染みのものとなっていった。

 ちなみにカップラーメンは校則で禁止されているのだが、お湯はどこで調達してくるのだろう。


「なーなー。ひよりもバンドやろうぜやろうぜー」


 顎ぐりぐりを頭頂から肩へと移動させながら、また『いつもの』文句を何度も何度も繰り返す。

「だから、それは無理だっていってるじゃんか」

「なんでだよーなんでだよー。ガキの頃にドラムいじったことあるんだろー……なー! そうなんだよな明子!」

「ああ。小学校六年のとき、音楽会でドラム担当だったな。哀れなぐらい緊張してて笑えたぞ」

 スープまできっちり飲み干してご満悦な明子が、普段よりいくらか明るい口調で、既に何度目になろうかという質疑に律儀な答えを返した。

「だからね。あれは誰も手を挙げない日本人的なシャイな側面に、コミュニティーの和を尊ぶあたしのこれまた日本人的なアレがコレしてだな……」

「いいじゃんよー。アタシ、ドラムもそこそこできっからさ。教えっし!」

「そんなキラキラした笑顔を向けられてもね」

 思わず全力で善処してしまいたくなるから、この嘆願だけはやめてほしかった。


 ……でもそんな柔和な表情も可愛いから続けてほしい。これがハリネズミのジレンマってやつか……違う……?


「まぁ、確かに他のクラスの演奏に比べたら、しょぼかったかもな。ピアノの神童・小島くんがいなければどうなっていたか」

 冷静な明子の指摘が、いまは助かるけれど、同時に悲しくもある。

 そうだ。あんな幼い頃、既に音楽の才能というものが自分に欠片もないことをはっきりと他者と比較されて思い知らされてしまったのだ。

「忘れもしない……音楽教師が他のドラム奏者の技術を褒める中、あたしにだけ『頑張ったね』としか声をかけなかったのをよ……!」

 暗くならないようにおどけながらだったが、それでもちくっと内側が痛んだ。ほんの些細なきっかけだったが、もうそれを取り除く機会は、自分から捨ててきてしまった。

 才能はもちろん、そして当然、努力も必要だ。わたしは報われないことを恐れて、努力を切り捨てた。

 だが、できないからこそ、より奏者や音楽に対する憧れは強くるもので、

「だから雨隠のことは本当に尊敬してるし、なるべくなら答えてあげたいけど、こればっかりはな」

「そこえおなんとか頼むよ、な、な? 軽音部にも趣味の合うやついないしさ。校外で参加してるバンドもドラムが急にやめることになってさー……おまえと演れたら、すっげ楽しいと思うし……」


 ……そんな顔されると……うごごごご!


「ほ、ほらっ! 金とかもないし、ドラムセットとか用意できないし!」

「それなら元バンドメンがくれるっていってんじゃんか! そもそも最初は練習用のミニドラム使えばいいし、それなら持ってっし!」


 ……ンゴゴゴゴ!


「い、いやでもほら、教えるったって、こっちは楽譜すら読めない冗談抜きの素人だし!」

「そう思ってほら、実はもう初心者向けのドラム本、買っちゃってるんだよなー」

 ハニカミながら『サルでもわかるドラム教則本!』という、やたら挑発的なサルのイラストが描かれたタイトルの目の前に掲げてみせてくる雨隠可愛い。


 ……可愛いが!


「あんまり、外堀から埋めるのもやめてやれよ」

 珍しく明子が諌める立場になってくれたおかげか、しゅんとしつつも雨隠が引いてくれた。

 ホッとしたのもつかの間、チャイムが鳴り昼休みの終了を告げる。

 すごすごと後ろの席に着く雨隠に、申し訳ないと思いつつも次の授業の準備を始める。

 鞄を開けると挑発的なサルと目があった。

 背後からやたらと上手い口笛が聞こえてくるのが、子憎たらしいやら可愛いやら……可愛いやら!(美濃弁)

 正直、頼りにされて悪い気がしないどころか、飛び上がりたいほど嬉しい。いつか根負けしそうである。

 担当の教員が教室に入ってきて、ざわざわとした教室が静まるまでのほんのまずかな隙間を縫って、

「上手い下手じゃなくて、ひよりの音が聞きたいんだよ」

 するっと、後ろから耳元で囁かれた。


 ……馬鹿野郎おまえ可愛いぞおまえ!


                ◆                


「じゃ、美術部いくわ」

「あ、なら部室棟までいっしょにいこうよあきっち! ひよりんはどうする?」

「あー、あたしは雨隠の課題やっから……あとでいくかも」

「わかったー」

 放課後になり、各々の部活へ散っていく。

 明子が美術部、大北が文芸部、井村が帰宅部。

 変なあだ名で呼んでくるのが大北。

 さっさと帰り支度を済まして帰ろうとしている井村がちらりとこちらを見る。

「まーた雨隠の作文の課題をやってやってんの」

「うん」

 呆れた、と口に出さないまでも、雄弁に目で語りながら雨隠のほうを向いて、井村にしては珍しく自分から雨隠に話しかける。

「雨隠も、いいかげん、バンドの練習で忙しくないときは自分でやったら?」

 すると、これまた珍しく雨隠がばつの悪い顔をした。

「いや、アタシもそう思ったから、自分でやろうとしてんだけど、ひよりがさぁ……」

「あー……あんたまた、課題やる代わりに金とかもらってんの」

 井村の非難がましい口調が耳に痛い。中学時代からの友人である彼女は、オタク的消費志向のせいで万年貧乏なあたしのアルバイトを知っているのだ。

「友人同士で金のやり取りってのもよくないし、雨隠のためにもならないんじゃない?」

 なんだかんだ真面目な大北が正論を淡々と並べるが、ひとつ訂正することがある。

「いや、雨隠からは金はもらってないよ……代わりに――むぐっ!」

 と事実を応えようとしたところで、慌てた様子で雨隠が口を塞いできた。

 雨隠の手、いい匂いするなりぃ……。

「あ、もしかして飯でも奢ってもらってんの?」

「そ、そう! それそれ!」

「まー……それなら別にとやかくいうようなことでもないか。でも、雨隠もひよりに頼ってばっかじゃ駄目だぞ?」

 普通に考えたら、うざったい言動ではあるが、井村のカーチャン並みの母性の前では、可愛いヤンキーもキモオタのわたしも反論できない。

「お、おう! わかってるって」

「んじゃ、帰るわ。今日は冷食が半額なんでな」

 さすが八人兄弟の長姉、といったところか。

 ひきつった笑顔のまま、井村を見送った雨隠が緊張を解いた。

「井村には、なんか逆らえねーよな」

「カーチャンぽいからね」

「なっ!」

 言い合って、二人で笑い合う。

 それにしても、

「なんで雨隠の手料理ごちになってるっていっちゃ駄目なの?」

「ばっか、ばっかおまえ!」

 ぱたぱたと両手を振りつつ、慌てた感じの雨隠@可愛い。

「恥ずいじゃん……ロッカーが手料理とか」

「……わからんでもないような、わからんような」

 確かに、エプロンを着けて肉じゃがをご馳走してくれる姿は、ロッカーには程遠い。

「料理なんて、姉ちゃんちに住まわせてもらってる代わりに覚えただけだしよー」

「でもめっちゃ旨いよ。ちゃちい新婚レベルは軽く超えてるよ。嫁に欲しいよ」

「どうしてもっていうから、課題の代わりに食わせてるけどさー……恥ずいわ……」

 嫁発言スルーすんなよ、っという間に、雨隠のぶんの課題も終了した。

 基本、自分の課題の結論を、正反対にして文章を整えるだけだし、これで旨い夕飯にありつけるなら安すぎるくらいだ。


 ……しかも雨隠が居候してる雨隠姉の家でいっしょに!


「むしろ金を払いたいわ」

「……あんがと……って、もう終わったのか?」

「うん」

「なんだー。今回はリクエストにお応えして往年のフォークソングをアコギで弾いてやろうと思ったのに」

 そうなのだ。課題中はさらにBGMとして、こっちのリクエストをその場で流してくれる特典まである。

「ま、それはまた今度ってことで……ところで、軽音のほうにいかなくてもいいの?」

「あー……今日は先輩らが出るらしいし、一応、顔だけでも出しとくか。ひよりも、結局、文芸部に入ったんだな」

 学級委員をやりながら、部活動もするのは迷ったが、雨隠の演奏に当てられたのに加え、大北曰く、活動は不定期なゆるい活動だというのを聞かされて決意した。

 最初は軽音部ではないことをに不貞腐れていた雨隠だったが、校外で活動してるバンドのほうに誘えばいいやと落ち着いたのか、特にその件に関しては言わなくなった。

「アタシ、馬鹿だからむずかしい単語は意味わかんねーけど、ひよりの書く文って綺麗だもんな」

「…………」

 渡した課題を眺めながら、むしろストレートに褒めてきたりするので、照れる。

「……ほら、そろそろいきなよ」

「ん。そうする。帰りはいっしょだかんな!」

「腹空かしとくわ」

 それだけいって最後に笑顔をみせると、教室から出ていった。

 しばらく、手書き特有の関節やらのコリをほぐしながら、学級日誌を仕上げ、文芸部の部室へ向かおうと席を立った。

 そのとき、教室の扉が開いて、派手なおしゃべりをしながらグループが入ってきた。


 ……上位カーストグループか。


 基本的に嫌なやつがいないクラスだったが、話があんまり合わないグループというはやはりあって、どちらかといえば苦手な部類だった。

 なんとなく、雨隠を取ってしまった、という引け目もあり、挨拶もそこそこ、そうそうに立ち去ろうと思ったのだが、教室を出る直前、グループのリーダー格の子に声をかけられた。

「いいんちょー、いま、ひまぁ?」

 甘ったるく喉にひっかかるような物言いをする彼女に対して、やはり不良等とは違う苦手意識を感じつつ、クラスの和を尊ぶ小心者としては、無下にもし難い。

「まー……部活にいく途中だけど,そこまで急いでないよ」

「あ、じゃあちょうどよかったぁ~」

「なにかよう?」

 漠然とした不安を感じつつ、続きをうながす。

「あのさぁ~。いいんちょーってば、雨ちゃんの課題、作文とか小論文のときはやってあげてるよね?」

 不安は的中しそうな悪寒。

「まぁ、うん」

「ならさぁ~。あたしもお金あげっから、あたしのぶんも代わりにやってくんない?」

「あ、ならうちのぶんも!」

「え、なに、いいんちょってばそんなことやってあげてんの? うけるんですけど!」

 リーダーが発言すると、その波紋が広がるようにグループ内にざわめきが反響し、まるで超音波みたいだと思った。

「えっと、その、お金はもらってないっていうか」

 さっきのこともあるので、どうしても曖昧な返答になってしまう。そして、威圧的な音波の波は止められない。

 それどころか、さらに加速していく。


「え、じゃあタダでやってるわけ?」「それって贔屓じゃない?」「やだぁ~。公正な立場ないいんちょーがそういうことしていいの~」「それより二人が付き合ってるってマジ」「え! なにそれなにそれ!」「いや、二人で仲良く夕飯の買い出ししてるの見たってB組の田中が」「えーまじそれ禁断」「ねぇねぇそんなこといいから課題やってよぉー」「まるで新婚みたいにいちゃついてたって」「言われてみれば確かに、めっちゃスキンシップるよね!」「レズとかないわ~」「ちょ、レズとかやめロッテ、百合っていうんだよねいいんちょー?」「課題課題~」


 ……女って、なぁ。


 悪気があっての行動ではないのは、クラスメイトとして共に過ごした短い一か月、既に理解できているが、なんというか、めんどくさい。

 とりあえず話が収まるまで、今日の手料理はなんだろうと妄想に耽っていると、上位グループの彼女たちが入ってきたほうとは反対側の扉が、破壊する勢いを持っていきなり開いた。

 雷鳴のような大音量を轟かせながら、手ぶらの雨隠が入ってきた。


 ――鬼の形相で。


 怖すぎて失禁するかと思った。横にいた彼女たちからも「ヒッ」と短く空気の漏れるのが聞こえた。

 入学当初は、全方位に無差別にまき散らされていた殺気。つまり拡散されていたものが、一点集中して横のグループに注がれる。

 そのままこちらに直進してくる雨隠を見て、確信。


 ……これは、やばい。


 刃傷沙汰を防ぐべく、とっさに彼女たちと雨隠の間に立ったが、一〇センチ以上高いところから発射されるメンチビームまでは防げず、とりあえず正面から抱きしめて動きは止めた。

 瞬間。抱きついた腹のあたりから、さっきの女子特有の超音波など消し飛ばすような力強い重低音で――


「――ひよりに課題を頼んでいいのはアタシだけだ!」


 ――そんなシャウト。


 正直、なんじゃそりゃ、とは思った。

 思ったまま――雨隠の腹に埋もれたまま、噴き出してしまった。

「――――っ! 忘れ物っ!」

 途端に恥ずかしくなったのか、抱きついているあたしを引っぺがして、部室に持っていくのをわすれたのあろうアコギをひったくるように引っ提げた。

 ふらふらと椅子や机にぶつかりながら出口へと向かう雨隠(超絶可愛い)。

 ポカンとする女子グループと、クスクス笑うあたしを真っ赤な顔でキッと睨みつけ、捨て台詞を吐いて脱兎のごとく逃げ出した。

 その余計な一言に、一瞬の静寂の後、女子どもがガラスが割れると錯覚するほどの超音波を発することになったのだが、茹ってしまったあたしの脳みそには、ほとんど届かなかった。


 ……おいおい。



――『まだ』付き合ってないから!



 ……って、なんだよそれは。


 て、照れるぜ。


おまけがあります。

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