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前篇

好きな属性をじゃんじゃん山盛りにした結果。前後編なので、さくっと読めると思います。

 実際、学校の屋上なんていうのは、漫画や小説のように生徒へ解放されていることなんて少なくて、入学したばかりの一年生が屋上までの階段を上がっては、施錠されていることを確認して、がっかりと肩を落とすことのほうが多いだろう。

 もれなく、わたしもそんなマジョリティの一人なわけで。漫画的展開に憧れて、入学式当日に確認し、肩を落とし済み。

 それでも、まだまだ高校生活は始まったばかり。

 根暗な中学時代とはおさらばするべく、またこれもポジティブな憧れにより、学級委員長なんかになったりもしてみた。

 学級委員長といえば、学級の長! オサ!

 族長! 族長! 族長!

 わたしはコミュ障をやめるぞ! 痴女――ッ!

「……いや、痴女は違うな」

 どっちかというとコミュ障からの卒業っていうのは、ジミーズからの卒業なわけだから、

イコール脱処女になるな、うん。

 わたしは処女をやめるぞ! 非ショジョーーッ!

 うん! これだ超おもしろ……しろ……しろくないな?

 というか、下品すぎるだろ。なんだよ「非ショジョーーッ!」とか。

 叫んだ瞬間、数少ない友人もひとり残さず消えそうだ……いや、幼馴染の明子なら、爆笑してくれるかも。

 そこでハッと我に返ると、自分が屋上への扉の前に立っていることに気づいた。

 スカートの内ポケットには鍵。もちろん目の前の扉を開くための鍵だ。

 一生徒がそうそう簡単には手にすることない、特別なもの。重要アイテム。それをすてるなんてとんでもない!

 擦りガラスに隠された禁断のその地を踏みしめることが許された証。

 なぜ、それを手にしているのかというと、実に正当で真っ当な理由が存在する。

 なぜかというと……ぽわんぽわんぽわわわぁーーん(回想シーンに入る音です)


 学級委員なので、担任に荷物を屋上にある倉庫に用具入れに仕舞うように言われた。


 ぽわんぽわんぽわわわぁーーん(回想終わり)

 一行で済んだので回想シーンBGMの無駄っぷりが半端ない。

 そんなわけで四階にある学校の屋上にやって来たのだ。

 結局、学級委員長なんかになってもいいことなんてなく、権力を握って上位カーストに入るどころか、休み時間や放課後によくわからない雑務を押しつけられる日々。

 それによりクラスメイトとの親睦を深める機会を逸す、という本末転倒っぷりであったが、ここにきて、やっとチャンスを得た。


 光明……! 勝ちへのタイトロープ!


 道中にて美術部所属の幼馴染、明子より紙粘土を拝借している。これに鍵を押しつけることで型を取り、後日、合鍵を製作するという完璧な計画。

 だ……駄目だ……まだ笑うな……こらえるんだ。

 いや……鍵を挿した五秒後、五秒で勝ちを宣言しよう。

 鍵を挿し、ひねる。確かな手ごたえと、コキンという小気味よい音色に恍惚しつつ、ドアノブを回す。


 ガキン。


「……あ、あれ?」

 開かない。

 ガチャリガチャリと何度もノブを捻るが、ドアはびくともしない。

 押し開きではなく引き開きなのかと思い試してみるも手応えは固い。

 もしやどう見ても普通のドアだが、横にスライドさせるタイプなのかも思い、これも試すも開くわけがなく、頭の中ではてなマークが乱舞した。マニュアルゆとり世代はハプニングに弱い。

 とりあえず深呼吸しながらKOOLになれと念じつつ素数を数えて落ち着けハマーD!

 ガチャガチャと再挑戦するも、やはり開かない。焦るなよ私のトゥーハンド、こーゆーのはな、ビビッたら負けだ!

 ニヤッとニヒルな笑みを浮かべ(たつもり)、冷静になってみれば単純なことだった。

 鍵が閉まっていたのだ。つまり、元々、この扉の鍵は開いていたということになる。

 蓋を開けてみればどうということはないことだった。むしろ、こんな簡単なことに、すぐ気づけない自分の鈍感さに少し恥ずかしくなって、誰が見てるわけでもないのにゲヘヘと頭をぽりぽりと掻いた。

 気を取り直して再度トライ。

 今度はひっかかることもなく、すんなりとドアが開いた。

 わたし屋上の大地に立つ――


「――――寒い!」


 寒かった。とにかく寒かった。

 もう五月になり、半袖の制服で普通に過ごせているが、屋上はとにかく風が強く、気温が体感で異常に低く感じられた。

 屋上に一歩踏み入れた瞬間、ぶわりと総立ちする鳥肌、全身の産毛にさかさかと肌がくすぐられこそばゆかった。寒いのは嫌いだが、この感覚は嫌いじゃなかったりするんだぜ……へへへ。

 とはいっても、好き好んで過ごしたい空間ではないので、屋上への憧れもリアルな現実に叩き壊されながら、さっさと用事を済ましてしまおうと素早く用具入れを探す。

 屋上の面積はそう大きいものではなく、正面のフェンスまで五〇メートルもあるかどうかといったところ。小学校、中学校と比べると、広くなったのではあろうが、むしろ狭く感じた。

 大人ぶりたい年頃ではあるが、こういう形で少し精神的な老成を自覚するのは、寂しい。

 入ってすぐ左手側に『用具入れ』というプレートが張ってある観音開きの扉を発見。

 鈍色に錆びついた扉は、力を込めて推すと唸り声のような低音を響かせながらゆっくりと開いた。

 埃が舞い上がり、、暗い室内に差し込んだ日の光が粒子の海を散乱し、チンダル現象による光の柱が空間を斜めに切り裂いた。

 ……ここが狭く鉄錆くさい倉庫でなければ、さぞ幻想的な光景だろうに。

 しかし、そこでふと、フラフープや壊れかけのハードルといったガラクタの山の中、光の線が差し込む先に、妙にぼろぼろの布の塊の存在が目についた。

 その布団ほどもある布の塊は、一見、古臭く雑な作りだと思ったが、不思議と荘厳な気配を漂わせていた。

 あとあと話を聞いてみると、それは『着る布団』とも呼ばれるハッピーウォーミーという、着るだけでぬくぬくに暖かい服らしい。とても裾が長く、立ち上がっても引きずるほどあるそれは、修道士の服装に似ていた。

 ただ、そのときは、粗いが、なぜか荘厳に見える不思議布の塊としか認識していなかったわたしは、担任から預かった用途不明な棒を倉庫の隅に雑に立てかけると、無造作に布の端を捲り――


 ――――天使なんじゃないかと思った。


 眩しく、さらさらと流れるような金色の髪。

その金の草原からこじんまりと顔を出す耳には、日の光を反射して煌めく銀のピアス。

その武骨なピアスに対して、伏せられた長い睫毛が落とす影の深さ。

艶やかなリップグロスの光沢に、自分の間の抜けた顔が映るんじゃないかしら、とまで考えて我に返る。

倉庫の中で女の子が寝てる!。


                   ◆


ちねった頬が痛みを訴えていた。とりあえず夢ではないようだ。

 事件性を感じ、色んな意味で動機の止まらない震える手を動かし、息をしているのかを確認。していた。安心アンコールワット。

 ……というか、目、合わせらんないんだけど。

 なんだこいつ、可愛すぎるぞ。

 光が差し込む雰囲気重視空間による補正もあるだろうが、このまま大いなる流れ――リビドーに身を任せてもいいぐらいだ。

 ただ寝ているだけだということに安心したので、意を決してじっくりと天使(仮)を舐めまわすことにした。間違えた。眺めまわすことにした。

 そりゃもう同性じゃなきゃ一発でお縄になる勢いで観察する。

 最初は天使にすら見えたが、ハッピーウォーミーの下には普通に我が校の制服を着用していたので、人間であることを確認。

 さらによくよく確認すれば、少し頭頂部がプリンと化していたり、武骨なピアス、ばっちりなメイクもあって、とある疑惑が浮上。

 ……ヤンキー?

 我が校は、現代においては珍しく、不良という不良がほぼいない真面目っ子ばかりの驚愕の女子高だ。激寒ダジャレ姉貴。

  お嬢様学校というほど品があるわけでもなく、それなりの小金持ちが多く通う私立。進学校ということもなく、学力もコミュ力も(親の)財力もそこそこの、悪く言えば個性のない、良く言えば平均的な学生が多く在籍している。それぞれの生徒の実力や性格に大して差が存在しないので、スクールカーストの上下が狭まりやすい傾向にある……らしい。

 これらは卒業生である姉からの受け売りだ。通っていた中学からともにこの高校へと進学した生徒も、『どう考えても善人』『トランスでフォーマーならサイバトロン』といった面々が、一緒に受験した明子を除いても揃っていた。

 冗談抜きで、ピアスどころか、茶髪すらほぼ存在しないのはありえないとすら思うが、そんな高校が実在するのだからしょうがない。

 ちなみに校則はわりと厳しい。

 そんなわけで、ウルトラ級のレアさの金髪ヤンキー少女なわけだが、そうなってくると範囲がだいぶ絞られる。

 寝ている猛獣を起こさないように、しかし執拗に観察した結果、ひとつの仮説が浮かぶ。

 つーか、


「……雨隠さん、かな?」


 同学年どころか同じクラスの、しかも後ろの席の子だった?

 なぜ疑問形なのかというと、入学式当日、左右と前の席の少女たちと、実になごやかな邂逅を果たし、これからの高校生活三年に希望を大いに見出した。その最中、背後から聞こえた盛大な舌打ちに震えたのは記憶に新しい。

 自分を囲む級友に挨拶を交わしておきながら、後ろだけ無視するのも性格上できず、意を決して・振り向いて・鬼を見てオレ即ターン。Say,hoo!

 つまりヤンキーにビビって顔すら碌に確認できなかった。

 さらに振り返る時点で涙目状態だったから、ぼんやりとした金色しか視界に捉えることができなかった。まさにきんいろモザイク状態。

 そうした理由から確定もできないが、各クラスの学級委員長が、講堂で一年生全員の前に集められたことがあった。

 そのとき、少なくとも同学年に茶髪は数人、金髪は一人しかいなかったはずだ。少し背の高い金髪の周りだけぽっかりと空間が空いていたのを、おぼろげに記憶している。

 つまり、目の前で寝こけている少女が一年生であるならば、ほぼ雨隠さんだと断言できるのではないか。

 そんなわけで、先ほど無造作に捲った顔のある上部とは反対に、地面――よく見たらマットが敷いてある――と接している下部を捲ることにする。唐突に女性の下腹部付近を捲り上げるという、変態行為の波動に目覚めたわけではなく、うわばきの色を確認するためだ

 一年生、つまり同学年なら青、二年生なら緑、三年生なら赤のラインが入っているはず。

 やましい気持ちはまるっきりない。つるつるっとない。だからこの行為に精神的動揺による操作ミスは決してない!と思っていただこうッ!

 さっそく手が震える。わたしはウソつきではないのです。 まちがいをするだけなのです……。

 ……ええい、ままよ!

 思い切って勢い任せに捲りあげると、ビクッと雨隠さん(仮)が身じろぎした。

 一瞬、息が止まり心臓も止まり、正式な感じのほうの天使が見えかけたが、ただの反射による反応だったらしく、すぴーとこれまた可愛らしい寝息が聞こえたので、ほっと胸をなでおろした。ただ、寿命が死神の目の取引をするぐらい縮んだかと思った。睫毛全部抜けるかと思った。

 上履きの色はパターン青! タメです!

 これでほぼ一〇〇パーセント雨隠さんであることがわかった。

 あまりの健康優良不良少女っぷりに、入学して一か月余り、顔すら認識できないほど避けて通ってきた雨隠さんの顔をこんなところで知ることになるとは思ってもみなかった。

 捲り上げた裾を直し、ここぞとばかりに整った面持ちを鑑賞する。


 ……可愛いなぁ。


 さきほどまでの下衆い思考も吹き飛ばすような、穏やかな寝顔を見て、癒される。起きているときは、背の高さやきつい目つきも相まって、殺気をばらまきまくっているヤンキーも、眠れば年相応の少女然とした面が表れる。

 少しそばかすの目立つ頬が、素朴な印象を抱かせる。切れ長気味である瞳も、クールで好みだ。

 美少女は好きだ。二次ならば、少年漫画より、少女漫画より、美少女が出るアニメや漫画のほうが好きなわたしだが、三次ならそういう作品にはあまりみないタイプのさっぱりした美人のほうが好みだ。

 媚び媚びの美少女も、明子のような眼鏡っとした美人も、天野先輩のようにちゃらっちゃらギャル美人も、玄鉄先生のようなアダルティな美人も、平尾ちゃんのような不思議系美人も、葛城さんのような犬系美少女もみんな好きだ。雨隠さんは猫系の美人さんかな。


 ……可愛いければ全部好きだ!


 SNS等に入りびたり、美少女の画像を漁っているだけで一日が終わるとか、ざらだよね。普通だよね。

 こういうとき、女に生まれて得したと思う。イケメンや美少年にときめく男はだいたいホモだろうけど、女なら同性に対しても、おもうさま萌え悶えることができる。

 女に生まれて良かった。男に生まれてたらきっと試合で人を殺してる。試合ってなんだよ。

 とにかく、じっくりと魂の美少女フォルダに焼きつける。もう二度とこんなチャンスは来ないだろう。しかし、美人であるということを知ったからには、これからは遠目にじろじろと鑑賞することにしよう。静かに愛でよう。

 しかし、できることなら、堂々と正面から舐めまわしたい。今度は間違えてないです。明子もペロペロはさすがにさせてくれない。

 普通に友達になって、いっしょに三年間、楽しく過ごせればいいのに。

 それをいうのも、我が校にはクラス替えというものが存在しない。だから、ゆっくりとでいいから雨隠さんと仲良くできればいいのに。

 一応、申し訳程度にあるスクールカーストの上位グループが、雨隠さんを囲んでいるが、彼女の声が会話に混ざっているのを、思い返しても聴いた覚えがない。あまりのヤンキー力に、グループも持て余しているのだろう。

 学級委員としても、美少女好きとしても、小心者としても、できるだけ多くの生徒と穏やかな交流を望みたい。


 ……それに、ヤンキーに認められてるオタクって、なんかちょっといい。


 そもそも、友達がいるなら、放課後、こんなところで丸まって眠ってないだろう。


 ……ん、そういえば、昼休み以降、背後の気配がなかったような?


 ただのサボりだろうか。とにかく、仲良くなりたいというのは掛け値なしの本音。

 名残惜しく、とりあえず寝顔を盗撮してから帰ろうと、校則で禁止されている携帯を取り出してカメラを向けた、そのレンズ越しに、彼女の耳にイヤホンが着けられていることに気づいた。

 そういえば、風の噂で雨隠さんが軽音部に所属していると聞いたことがある。

 先ほどまで高ぶっていた心臓のエイトビートも落ち着きを取り戻したいまなら、イヤホンから漏れている大きめの音も、わたしの耳に微かに届く。

 特徴的な、シンプルかつ力強いメロディーライン。ギター初心者の多くがお世話になったこの曲は、知っているバンドのものだった。

 メジャーはメジャーだが、世代的にも、性別的にもあまり知っている友人が少ない。本人たちの曲というイメージよりは、CM曲としてのイメージや、もはや懐メロとして捉えられていることが多いバンドだが――

 

 ――僥倖……! 圧倒的僥倖……っ!


 奇しくも、わたしが大好きなバンドの曲だった。

 これは、使える。

 少なくとも、幸運の女神の前髪を鷲掴んだ。

 美少女ヤンキーとの友情ががダメになるかならないか何だ! やってみる価値ありますぜ!

 わたしは不敵に笑うと、ピロローンとしっかり天使の寝顔を盗撮してから、颯爽と屋上を後にするのであった。

 もう、なぜ鍵がかかっているはずの屋上に雨隠さんがいたのか、などという疑問は頭から完全に吹き飛んでいた。

 あとで聞いた話によると、扉を上に持ち上げると鍵が開くらしい。んなばかな。

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