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悪夢→楽しい朝食→悪夢





 キラキラと、揺れる度に陽を反射する泉に、レベッカはいた。眩しい、と思いつつ顔を上げれば、泉の反対側にヴィラがいた。白髪が風に揺られてなびき、その下で空色の瞳が優しく細められた。おいで、とレベッカに手を差し伸べてくれる。それが嬉しくて、レベッカは跳ねるように彼の元へと走る。距離はあっという間に縮まって、手と言わずに彼の胸にレベッカは飛び込んだ。マリア先生に見られたら「はしたない」と怒られるな、とその様子を思い浮かべてレベッカは笑う。とても幸せだった。


 「何だよ」


 ――冷たい声が掛けられるまで。


 レベッカは反射的に顔を上げた。そこには、入れ墨の入った美しい少年の顔ではなく、そばかすだらけの、不機嫌な顔があった。「ひっ!」と小さく悲鳴をあげて、レベッカは彼から離れる。


 「何で俺を避けんだよ」


 そう言って伸ばされた腕から逃げるため、レベッカは走る。


 (嫌、嫌、嫌、嫌!)


 右に行き、左に行き、木の間を縫うように走るレベッカを、しかしテッドは見失うことなく付いてくる。森に詳しくないテッドに追いつかれそうで、レベッカは絶望して咄嗟に彼の名前を叫びそうになった。しかし、目の前を猟師姿の男たちが通るのを見て、レベッカは口を噤む。


 「待てよ!」


 すぐ後ろで発せられた声に、レベッカは恐怖に包まれる。そして、テッドの太い腕がレベッカに伸ばされ――





 「っ!」


 ガバッ!


 跳ねるようにベッドに起きあがったレベッカ。息は荒く、服も髪も汗でべったりと肌に張り付いていた。怯える目が忙しなく辺りを見回し、見慣れた自分の部屋であると分かってようやく夢であったことを悟った。


 (嫌な、夢)


 思い出すだけでブルリと体が震えた。


 レベッカにとって幸いだったのは、〝建村祭〟の準備でこれから祭りまでの間、学校が休みになることだった。どんな顔をして会えばいいのか分からないし、会ったら何を言われるか分からない。いや、もう既にクラス中がレベッカの醜態を知っているのかもしれない。そう思うと、レベッカの目には涙が滲んだ。正直、もう二度と学校には行きたくなかった。


 ブルリと再び体が震える。しかし、今度は嫌悪感によるものではなく、寒さによるものだとレベッカは気付いた。沢山汗をかいたので、体が冷えてしまったようだ。


 このままでは風邪をひいてしまう、とレベッカは服を脱ぎ、汗をタオルで拭った。まだ暁の頃であったが、寝たらまた怖い夢を見そうで、レベッカは起きることに決めた。


 普段着に着替え、台所へ向かう。


 (折角早起きしたんだから、ちゃんとした朝ごはん作ろうかな)


 いつもは硬い黒パンと、木苺のジャムと、牛乳という質素なものであった。


 (黒パンは焼いて、間にチーズと干し肉を入れたディップを挟もう。あとは、昨日の夕飯で半端に残った野菜があったから、スープでも作ろうかしら。あ、ジャガイモを蒸かして、バターを乗せるのもいいな)


 考えるだけで、口の中に涎が溢れる。レベッカはご飯を作ることも好きだったが、食べることも大好きだった。


 取り合えず黒パンを焼こうとしていると、カタン、と物音がした。


 祖父が起きたのだろうか、とリビングに顔を出すと、そこには神々しさすら感じるほどの美しい少年が佇んでいた。


 「おはよう、ヴィラ。今日は早いのね」


 自然と笑顔になるレベッカに、ヴィラは微笑む。目尻が少しだけ下がり、口角が微かに上がる。今まで見てきた微笑みと何ら変わらないソレが、しかし今日に限って色っぽく見えて、レベッカの心臓は飛び跳ねた。


 (は、はれ?ど、どうして?)


 急速に顔が熱くなる。心臓がドキドキと大きな音を立てて鼓動し、ヴィラに聞かれてしまうのではないだろうかとレベッカは焦る。


 [おはよう。レベッカも早いね。眠れなかったの?]


 幸にも、レベッカの鼓動はヴィラには聞こえなかったようで、彼はいつものように挨拶をしてきた。


 「え?あ、うん。何だか目が覚めちゃって……」


 夢のことを思い出し一瞬顔が強張ったが、どうにか笑顔を作ることに成功する。


 「今、ご飯作るね。あ、そうだ!ヴィラはスープとジャガバター、どっちがいい?」


 [ジャガバター?]


 「うん。蒸したジャガイモの上に、バターをたっぷり落として食べる食べ物なの。ほかほかで、美味しいよ」


 [折角だから、ジャガバター食べてみたい]


 「了解!じゃあ、作るからちょっと待っててね」


 そう言ってレベッカが台所へ向かえば、なぜかヴィラも付いてきた。


 「ヴィラ?」


 [僕も手伝う]


 柔らかい笑みを浮かべ、ヴィラはレベッカの隣に立つ。


 [何をしたらいい?]


 レベッカは少し困ってしまった。なぜなら、この家でのヴィラの扱いは、居候というよりお客さんだったからだ。誰が決めたわけでもなく――恐らく祖父のどこか畏まった態度が原因だろうとは思うが――自然とそういう立ち位置になってしまっていた。だから、何となくヴィラに手伝ってもらうことに抵抗があった。しかし戸惑うレベッカとは対照的に、ヴィラの中でレベッカを手伝うことは決定事項のようで、まったく引く様子が見られない。


 レベッカは諦めるように笑った。


 「じゃあ、ジャガイモを洗ってもらえる?」


 そうお願いすれば、ヴィラは嬉しそうに頷いた。


 こんな風に誰かと台所に立つなど何年ぶりだろう、とパンを焼きつつレベッカは隣でジャガイモを洗うヴィラを見て思う。祖父に引き取られてから最初の頃は、何度か祖父と台所に立っていたと思うが、学校に入学する頃には一人で料理していたはずだ。だから、少なくとも五年ぶり、ということになる。


 何だか弟ができたようで、レベッカは「ふふふ」と笑みをこぼした。


 時折ヴィラとじゃれ合いながら調理をするレベッカ。今までにないほど楽しそうなレベッカの姿を、起きてきた祖父が複雑な表情で見ていたことに、レベッカは気が付かなかった。








 朝食が出来あがり皆が席に着いたとき、ふいにドアをノックする音が部屋に響く。


 ヴィラが素早く立ち上がり、音もなく祖父の仕事場に消える。それを確認し、レベッカがドアを開けようと席を立ったが、祖父に止められた。そのまま席で祖父が出るのを待っていると、玄関から今一番聞きたくない声が聞こえてきて、レベッカは瞬時に青褪める。


 「レベッカはいるか?」


 テッドだ。この底意地の悪そうな声に、不遜な言い方。間違いない。


 (何でテッドが……)


 息を潜め、レベッカは緊張に身を固くする。祖父はレベッカがテッドを嫌いなことを知っているから、恐らく「出かけている」と返事をしてくれるだろう、と思っていると玄関から「嘘つけ!」という怒鳴り声が聞こえてきた。


 「こんな早くから出かけるはずないだろ?ふざけんなよ、ジジイ!」


 「歌の練習だ。レベッカは〝建村祭〟で歌姫をやるからな」


 「だからって、こんな早く」


 「学校でも一生懸命練習していただろう」


 「それは……まあ良い。そんで、どこ行ったんだよ」


 「森だ」


 「森ぃっ!?」


 大きな声に、レベッカの体が跳ねる。


 「何でわざわざ森に何か入るんだよ!」


 「レベッカのお気に入りの場所があるらしい。詳しくは本人に聞け」


 まだ何か喚いているテッドを無視して、セドはドアを閉めてしまう。


 しばらくはドアを乱暴に叩く音と「おい!」という怒声が続いたが、ドアが開く様子がないと悟ったのか段々と音は小さくなり、やがて止んだ。


 それでも緊張したままレベッカが待っていれば、祖父が玄関から戻って来た。


 「……行った?」


 恐る恐るレベッカが聞けば、祖父は静かに頷いた。


 はー、と詰めていた息を吐き出すレベッカに、祖父が聞く。


 「何かあったのか?」


 流石のテッドも、祖父の目がある所でレベッカに嫌がらせをしようとは思わないようで、こうしてテッドが家を訪ねてくることは非常に珍しいことだった。そのため、祖父は不審に思ったのだろう。


 「ううん。何でもないの」


 祖父が心配してくれている事は、レベッカにも分かった。しかしいくら祖父にでも、昨日遭ったことを話す気にはなれなかった。レベッカが何か隠していることはお見通しだろうに、祖父は「そうか」と聞かないでくれた。その優しさが、レベッカの小さな胸に染みた。


 涙ぐみそうになったレベッカの頬を、温かな何かが撫でる。驚いて顔を上げれば、いつの間に戻ったのか、ヴィラ心配そうな顔をして傍にいた。


 あ、ダメだ、とレベッカの頭の中で警鐘が鳴る。


 (ダメ、今ヴィラの顔を見たら泣いちゃう!)


 レベッカは慌てて顔を俯けた。


 泣いている姿を見れば、二人がもっと心配してしまう。だからダメだと自分に言い聞かせるのに、レベッカの涙腺は決壊寸前だった。


 (――っ、ダメ!)


 耐えきれないと悟り、レベッカは逃げることにした。


 「わ、私、外でご飯食べようかな!て、天気もいいし!歌の練習もしないとだし!…………あ、えっと、集中したいから、一人で行くね!」


 レベッカが朝食を包み始めると、ヴィラも一緒に準備を始めるのが視界の隅に映り、レベッカは慌ててそれを制止する。傍に居ようとしてくれる事は凄く嬉しかったが、今は一人になって気持ちを落ち着かせたかった。


 ヴィラの顔を直視することができず、小さく「ごめんね」と言い残して、レベッカは家を飛び出した。









読んでいただきありがとうございました。



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