報告
静かなノックの音に、ヴィラはゆっくりと上体を起きあがらせる。ノックの音だけで、今誰がドアの前にいるのか分かっていた。というか、この家には自分以外には二人しか住んでおらず、内一人は先程飛び込んできたばかりだ。
そっと開かれたドア。その先にはセドがいた。
『このような時間に、失礼致します』
[構わない。どうした]
『実は、お耳に入れておきたい情報がございます』
ヴィラはセドに部屋に入るよう手招きする。彼がわざわざ古語で話すということは、それだけ重要な情報であるということだろう。
ヴィラの側まで来たセドは、硬い表情のまま続けた。
『貴方様を探して、軍が動いているようです』
それは既にヴィラも予想していたことだったので、小さく頷いて先を促す。
『軍は村の猟師に森を案内させています。全体でどの程度の規模なのかは分かりませんが、今動いているのは四小隊のようです』
一小隊当たり五人なので、少なくとも二十人はいることになる。
[信用できる情報か?]
『はい。案内役をしている猟師からの情報なので、間違いないかと』
[ここに立ち寄ったのか?]
敵を家にあげたのか、と暗に糾弾すれば、セドは首を横に振る。
『村の猟師の中に、ウチによく修理を依頼してくる者がいます。その者から聞きました。……それに、ここは森の出入り口ですから、猟師達とはそれなりに交流がございます。ですが他所者がいる時は立ち寄ったりしないので、ご安心ください』
納得したヴィラは詳しく話しを聞こうとして――ふと閃くものがあった。
[その猟師にはいつ聞いた?]
『今日の夕方頃です』
不思議そうなセドを気にせず、ヴィラは一人笑う。
(成程、そういうことか)
何かを必死に探していたレベッカ、「守る」という誓い、置き去りにされた荷物、「記憶が戻って欲しいか」という問い――それらが、全て繋がった。
(聞いてしまったんだね、レベッカ。セドと猟師の話しを。だから、心配になって僕を探しに来たんだね。僕が、連中に連れて行かれないように。だから、「守る」なんて言ったんだね。記憶を気にするのは……僕が離れてしまいそうだから?)
ふらふらになりながらも、何かを必死で探すレベッカの姿を思い出す。それが、自分のためだったということが分かり、ヴィラの胸に熱が宿った。彼女の言葉や行動から察するに、レベッカはヴィラと離れたくないと思ってくれているようだ。それだけで、ヴィラの顔は蕩けそうな笑みに変わる。それは高齢で同性のセドすら見惚れさせるほどの、艶やかな笑みだった。
[他に分かったことは?]
上機嫌でヴィラが聞けば、セドは慌てて報告を続ける。
『はい……猟師の話では、軍は貴方様の件を隠したがっているようです。これは私の推測なのですが、〝使徒〟は貴方様がこの森にいることを知らないのではないでしょうか』
[全滅した可能性や寝返った可能性もある]
ヴィラの言葉に、セドはゆっくりと首を横に振る。
『全滅したのであれば、秘密裏にする必要はないように思います。ここは外れとはいえ帝国の領土です。大軍を動かしても、村に緘口令を敷けば国外に漏れることはないでしょう。寝返った場合にしても同じです。とするならば、知られたくない相手が近くにいると考えるのが筋かと。……〝使徒〟と連絡を取る方法はありますか?』
[ある。だが、運任せな手段だ。すぐには無理かもしれない]
セドは頷くと、静かに進言する。
『とにかく連絡を取られたほうが良いと思います。貴方様が来てからすでに四日……誰かに匿われていると奴らが考え始めてもいい頃でしょう』
言い終えて、セドが気まずそうに視線を外す。早く出て行って欲しい、というのが彼の本音だろう。それは、ヴィラにも良く分かっていた。ヴィラがセドの立場でも、そう思うだろう。だから、不快には思わない。むしろヴィラはセドに感謝している。ヴィラを発見した段階で墜落現場の痕跡を粗方片づけておいてくれたことや、今も匿ってくれていることを。出来ることならば、彼にこれ以上迷惑をかけたくない。今すぐにでもここを離れるべきだと、ヴィラの理性は告げている。なのに――
(ここを、離れたくない……離れられない)
レベッカがいるから、レベッカと離れたくないから、ヴィラはここから離れる決意が出来ずにいた。
この、レベッカに対する執着は何だろう、とヴィラは一人頭を捻る。自分の気持ちであるはずなのに、その正体がヴィラ自身にも分からない。そんな時の対応法など、インプットされていない。
(……考えても仕方がないか)
ヴィラは心の中でため息を付くと、この気持ちに蓋をする。考えて分かることではないと、そう思ったからだ。今は目の前に転がっている問題を片づけることが優先されるべきことだと、頭を切り替える。
ヴィラが頷くと、セドはほっと息をつく。きっと彼も限界なのだろうとヴィラは思う。
[貴重な情報を、ありがとう]
『……いえ、大したことではございません。それでは、失礼致します』
少し驚いた顔をしたセドを見送り、ヴィラは起こしていた上体を蒲団に倒す。
(明日からは〝使徒〟と連絡がとれるよう動かないとな……だが連絡を取ったところで、果たして僕はここを離れることができるだろうか)
離れられる自信が、ヴィラにはなかった。
(まぁ、手駒が多いに越したことはない。……軍、か……やはり僕を兵器として欲しているのだろうな)
敵が分かれば、その大凡の目的にも見当がつく。
目的が分かれば、自分の動き方も考えられる。
ヴィラは少しだけ安堵し、眠りの世界へと落ちていった。
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