焦燥
レベッカは学校から家までの道のりを走り続けた。歩いて四十分かかる道のりを全力で駆けたため、家に辿り着く頃には息が完全に上がってしまっていて、息を吸う度肺がズキズキ痛んだ。それでも、レベッカはやっと落ち着くことが出来た。家に入ってしまえば祖父が守ってくれる。
(それに、ヴィラがいる)
――彼はすでにレベッカの心の支えになっていた。彼の隣にいることが当たり前になっていて、傍にいるだけで幸せな気持ちになれた。
(早く、早くヴィラに会いたい)
今日遭ったことをヴィラに話すつもりはなかったが、それでも彼の顔を見れば安心できる。だから早く彼に会いたいレベッカだったが、彼はレベッカが学校に行っている間は森に入っているようで、帰りはいつもレベッカより遅かった。
(荷物を置いたら、探しに行こう)
森は広い。探しに行くより家で待っていたほうがいいとはレベッカも思うのだが、今はじっとしていることなどできそうになかった。
ドアノブに手をかけたレベッカだったが、珍しく祖父の話し声が聞こえてきて思わず聞き耳を立ててしまう。
「最近、どうしたんだ」
「どうしたって、何が?」
話し相手は、聞いたことのある声だった。しかしレベッカはすぐにその人物を思い浮かべることができない。
「惚けるな。若いのをゾロゾロ連れて、連日森に入って行くだろう」
「そりゃ、森に入らにゃ食っていけないだろう?狩人なんだから」
たまにやって来る猟師のガレイだと、この時レベッカは気付いた。
「村にあんなに沢山若い猟師がいたのか?ついこの間まで、後継者不足だと愚痴っていたはずだが」
「……ちゃんと聞いてたのか。だったら相槌の一つでも打ってくれよ。無愛想なやつだ」
「話しを逸らすな」
「逸らされてくれよ…………実は、都会の坊ちゃま方が、狩猟をやりたいってんで来てるんだ。それで、良い狩り場を案内している」
あり得ない話ではなかったし、それならあまり言いたがらないのも納得できるとレベッカは思ったのだが、しばらくの沈黙の後に発せられた祖父の声は硬かった。
「もう四日は連続して入っているだろう。お前が、一時の金のために狩り場を荒らすような、そんな猟師だとは思っていない」
ピリピリとした空気が、外にいるレベッカにも感じられた。
息苦しく感じられた沈黙の後、小さなため息が落ちた。
「……それは反則だろ。否定できないじゃないか」
「何をしている?」
「……口止め、されてんだがな……」
「もう遅い。それに、お前が言わないなら、他の奴に聞くだけだ。今入ってるゲインとかな」
「……ゲインもか……こりゃ、村の猟師全員この仕事請け負ってるんじゃないか」
「それは知らない。それで、何をしているんだ奴らは。いや、そもそも連中は何だ?」
「……俺から聞いたってのは」
「勿論言わない。墓場まで持っていく」
長いため息の後、ガレイは低い声で語り出した。
「……連中は、軍の人間だ。何でも、探し物をしているらしい」
「探し物?」
「あぁ。詳しくは俺も聞いていない。だが――」
二人の会話はまだ続いていたが、レベッカはその先を聞くことが出来なかった。自分の心臓がひどく煩かったのだ。まるで耳の中に心臓があるように、ドクン、ドクン、と波打ち、過度に送り込まれる血で頭が沸騰しそうだった。
(探し、物)
ノブを握る手が、ブルブルと震える。
(四日前から、探してる)
四日――それは、ヴィラと過ごした時間と、同じ。
レベッカは震える手で自分の口を押さえた。そうしないと、胃の中の物が出てきてしまいそうだった。
足元から這い上がってくる、冷たい感触。それから逃れるように、レベッカは荷物を放り投げ森に向かって走り出した。
(ヴィラっ、ヴィラっ、ヴィラっ!)
雪のように輝く白髪の下から覗く空色が、レベッカは大好きだった。
名前を呼ぶと、美しい顔に嬉しそうな微笑みが浮かんで、それを見る度、レベッカの心は宝物を見つけたかのように舞い上がった。
最初は嫌だった彼の体に彫られた入れ墨も、今は彼が特別な存在だと証明しているようで、レベッカは綺麗だと思うようになった。
彼の全てが貴重で、大切だった。
大切な、宝物だった。
大切な、友達だった。
だから
(絶対、連れ戻らせない)
出会った時の、ボロボロだった彼を思い出す。
あんなことをする連中にヴィラは渡せないと、渡さないとレベッカは誓う。
(ヴィラは、絶対に渡さない!)
レベッカは疲労を訴える足を叱咤し、奥へ奥へと進んでいった。
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