不審者
短いです。
ヴィラはフローレインの中で息を潜めていた。気配を消しつつ、目で自分の登っている木の下を通る複数の人間を注視していた。
(今日で二日。森を徘徊しているのは奴らだけか)
数は五。皆猟師の格好をしているが、目の前を獣が通っても反応しないので、普通の猟師でないことは確実だ。それに、先頭を行く男以外の身のこなしは普通ではない。何か特殊な訓練を受けた者たちだ。
レベッカに拾われてから、すでに四日。拾われた日とその翌日は確認がとれていないが、少なくともこの二日で森に現れるのは似たような猟師の格好をした連中で、恐らくは自分を探しているのだろうとヴィラは思った。最も、セドが自分を発見した時に痕跡はあらかた処分しておいてくれたし、細かい部分はヴィラ自身の手によって完璧に隠したので、この森に落ちたこと自体掴むことは難しいだろう。
しかしこうして何度も見るのだが、彼らが何者かは未だに分かっていない。捕えてみれば分かるかもしれないが、自分がこの森にいると分かってしまうのは避けたかった。それに、〝使徒〟が現れないことも気になる。
(全滅したか、敵に寝返ったか……)
どちらの可能性もあり、どちらかを判断するには情報が足りていない。誰が敵で誰が味方なのか、ヴィラには分からなかった。
(いや……一人だけ、分かっている人がいるな)
ヴィラの脳裏に、陽の光のように明るい笑顔の少女が現れる。
「大丈夫」と囁き、手を握り、心配して、名前を、くれた人。
(「ヴィラ――ヴィラがいいわ」)
鈴の転がるような声で告げられた名前は、まるで最初から自分の物のように心地良く響いて、身に浸みこんでいった。
「ね?」と首を傾げて熱の宿った瞳で同意を求められ、「否」と答えられる男などいないだろう。元より気にいった名だ。頷くのに一瞬の間も空けなかった。
ほんのり色付く頬や熟れた果実のような唇に、触れたかった。しかし彼女の祖父が見ている前でそんなことをしたら、彼の協力は得られないだろうと思い、自粛した。
それから、何度もレベッカはヴィラの名を呼んだ。呼べることが嬉しいというように、何度も何度も。
セドは、あまり良い顔をしなかった。それが普通だと、ヴィラは思う。彼はヴィラが何者であるかを知っている。彼がヴィラに協力するのは純粋な恐れからだ。ヴィラの力を、能力を、知っていれば誰もが同じようにするだろう。
そう、きっと、レベッカも。
途端、身体活動の中核を担う“核”を冷たい手で握りこまれるような寒気に襲われる。体中をはいずり回る悪寒に、体が小さく震える。全て錯覚だと、頭では分かっている。自分の体が冷えることなどないと、分かってはいるのだ。ではこれは何なのか。
ヴィラはそっと自分の胸を押さえ、与えられた名前を呟く。
「――――」
声帯機能は、結局治らなかった。だから声はない。空気を震わせることは出来ない。でも、名を口にすれば幾らか心が落ち着く。
「――――」
彼女がくれた名前。
何度も何度も、呼んでくれる名前。
それが、まるでこの世界と自分を結びつけている糸のようで、ヴィラは縋りつくように、何度も自分の名を口にしていた。
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