結花と三咲の章(後編)
遅くなってすみません
リアルが忙しかったのと幼女書くのが難しかったんです
そこにいたのは私と同じくらいの年の、薄汚れたワンピースを着た女の子だった。
「うふ、うふふ。それにしても言い声で鳴いてたねあの娘。采花ちゃんって言うんだっけ?」
大きな塊の上で、女の子が笑っている。
「そう言えば、そこに座り込んでいるあなた。そう、あなたのことよ」
突然指を指されて、驚いて周りを見渡してしまった。
「あなたって、あの娘の姉だったっけ。可哀想にねぇ。目の前で妹を焼かれるとか、食べてあげれば良かったのに、とか言っちゃって。あはははは!」
女の子がお腹を抱えて笑い出した。
「あはっ、あはは、あー苦し。……ところであなた、名前はなんて言うの?」
唐突に聞いてくる。
「え……? あ……、う……、ゆ、結花……です」
しどろもどろになりながら答える。
「ふーん、ゆいか……ねぇ」
女の子がこちらをじっと見つめた。
「よし、それじゃあ鬼ごっこを始めよう! 待つ時間は足元の植物がさっきの人を食べ終わるまで。よーい、スタート!」
突然鬼ごっこが始まった。
「もう一人の女の子には、あなたから伝えてね。私が来たとたんに逃げ出しちゃったから」
みると、三咲ちゃんはどこにもいなかった。
「ほら、早く逃げてよ……って、それじゃ逃げられないか。おい、喰ってないでゆいかの手錠を壊せ」
女の子が、腰掛けている塊を手のひらで叩く。すると、塊は動きを止めると一部が崩れ、細長い物をこちらに近づけてきた。なぜかイソギンチャクを思い出した。
近づいてきた物の先端が鎖に当たった。それに付いていた真っ赤な汚れが鎖に移った。そして、どうするんだろうと私が見ている前で、先端が裂けて不揃いな歯がたくさん見えた。
「ひっ……!」
驚いている間にそれは鎖に咬み付くと、一瞬で粉々に砕いた。
「え……、あ……」
あまりにも驚きすぎて、呆然としてしまう。その間にそれはもといた場所に戻って、京介さんだった物を食べ始めた。
「さて、これで逃げられるよね? ほら、早く逃げて。逃げないと……、今ここで殺しちゃうよ?」
女の子がいつの間にか持っていた包丁を私に向けた。
「い、いやあああぁぁぁ!」
私は立ち上がって厨房から逃げ出した。
結花が厨房から逃げ出した後、結香はオーブンの前に立っていた。
「さーてと、どうやってあの二人を殺そうかな? 潰すかな? 刻むかな? 千切るかな?」
そして、オーブンの扉を開けて中を覗き込む。
「ま、先に逃げ出した娘には感謝しないとね。焼くって発想は無かったなぁ」
手に持っていた油を中に撒くと、扉を閉めてつまみを目一杯回した。十分に温まっていたオーブンから明るい光が漏れ出す。
「さて、と。おい、いつまで喰ってんだ。早くしろ」
植物の蔓が絡み合った塊に言葉を投げつける。塊はぶるりと震えた。
「ん? お前、その男を取り込んだな」
蔓の塊がもぞもぞと膨らむと、大きな袋が出来た。
「なんだこれ。ま、使えるんなら何でもいいや。おい、いくぞ」
結香が歩き出す。その後ろを蔓の塊が、新しく出来た袋の中身を揺らしながらついていった。
突然現れた女の子に包丁で脅された後、私は玄関へと走った。しかし、外に出ようと力を入れた腕には、びくともしない扉の感覚が返ってきた。
「そん……、な……」
押すんじゃなくて引くのかもしれないと考えて試して見るも、結果は変わらず、絵に描いてあるように動かなかった。
「どうしよう……。ここから出られないなんて……。……か、隠れなきゃ。隠れなきゃ殺されちゃう!」
そして、洋館の中を走り出した。厨房には近寄らないように曲がり角を左に行く。
しばらく進むと、廊下が瓦礫に埋まっている所に出た。天井を見上げると、一部が崩れていた。二階の廊下部分が落ちてきたらしい。
「これは……、乗り越えられるかな?」
今にも崩れ落ちそうな瓦礫の山を、ゆっくりと慎重に乗り越える。足場が不安定で転びそうで、転んだらそのまま瓦礫も崩れて埋もれてしまいそうだった。
慎重に動いたおかげか、辛くも渡りきることができた。そして気づいた。
廊下の向こうで誰かが手招きをしている。一瞬身構えたが、手の高さから三咲ちゃんじゃないことがわかった。
他に人が居た安心感からか、迷わずその人に近付いた。
「やあ、君が今回の犠牲者かい?」
手招きしていた人ーー男の人だったーーに近づくと、その人は突然質問してきた。
「犠牲……者……?」
「うん、そう。ここに閉じこめられたのかって聞いたんだ。ま、僕が会えてる時点で犠牲者なんだろうけど、一応……ね?」
その人は肩をすくめた。
「まあ立ち話もなんだし、入って入って」
そうして指さされた先には、半開きになった扉があった。ゆっくり扉を開いて中に入る。その部屋は壁一面の本棚に本が敷き詰められていた。
「さて」
男の人が扉を閉め、鍵をかけた。
「突然だけど、君にやってもらいたいことがあるんだ」
「やってもらいたいこと……?」
「うん、やってもらいたいことだ」
しゃがみ込んで目線を合わせてくる。
「君にあの娘、結香ちゃんを成仏させてほしい」
「成……仏……?」
「そう。あの娘は今、忘れてしまった罪と、忘れたせいで生まれた怨念でこの世界に留まっているんだ。これをどうにか解いて、この世界を解放してほしい」
「え、ちょ、まって」
「待てない、時間がないんだ。結香ちゃんは過去に人をひとり殺している。バレンタインデーにフられたのが原因だ。そして、たちが悪いことにそのことを忘れている。これがひとつめの罪だ。次の怨念は父親に対するものだ。バレンタインデーのあと、マスコミなどが娘を傷付けるのを恐れた父親は、結香ちゃんを世間の目から隠した。この洋館の中で過ごさせることでね。結果としては世間はよりいっそう騒ぎ、閉じ込められたと勘違いした結香ちゃんは、地下にあった魔導書をもとにこの世界を作ってしまった。父親達の魂を使ってね」
男の人が一息に喋って口を閉ざす。
「わ、私にはできないよ……」
「いきなり魔法とか世界の解放とか混乱してしまうかもしれない。でも、君にしか頼めないんだ」
「そんな、全部わかっているなら、あなたがやればいいじゃないですか!」
「それは無理だよ」
そう言って男の人が服をめくりあげる。見えるはずのない向こう側の床が見えた。
「僕は君たちがここに来る少し前に、さっきの瓦礫の上で死んだ。そして、気付いたらこの部屋にいて、そこらにある本を読んで今の状況を知ったんだ。この世界の影響で霊化した僕では、創造主の女の子に出会っただけで操られてしまう。むしろ、今操られていないことのほうが不思議なんだ。だから、お願いだ。君に結香ちゃんを成仏させてほしい。名前も知らない君に頼むには大変すぎるけど、それでも君しか居ないんだ」
男の人に肩を掴まれながらお願いされる。その手は驚くほど冷たかった。
「お願いだ……。頼む!」
「わ、わかり、ました」
迫力に負け、首を縦に振った。
「……ありがとう」
肩から手を離して微笑まれる。
「それじゃあ、これを持って行ってくれ」
一冊の本を渡された。
「これは?」
「結香ちゃんのお父さんの日記だ。話だけでは納得しないだろう。中には日々の暮らしがしっかりと書かれている。きっと証拠になるはずだ」
男の人が一歩下がる。
「ここには他に証拠があるかもしれないから、見ておいて損はないはずだ。それじゃ、すまないけど後はよろしくね」
二歩目に下がるときには、男の人は透明になって空気に溶けてしまっていた。
そして私は約束を果たすべく、まずは部屋の中を調べ始めた。
逃げ出した三咲は戸惑っていた。
ここで事件を起こしたところで、最近の事件の一つだと考えられて自分たちが捕まることは無いだろう。そんな思いでここにきた。自分たちよりも大人な人の協力も得られて、圧倒的に優位な立場のはずだった。
しかし、今の状況はどうだろう。
得体の知れない何かに襲われ、協力者は死んでしまった。憎んだ相手の命どころか自分の命すら危険な状態である。
三咲は、京介が潰されて死んだのを見た瞬間に厨房から飛び出していた。真っ先に向かったのは玄関である。目の前で京介が殺されたのを見て、この洋館から逃げ出そうとした。だが、自分たちがくぐった扉は堅く閉ざされたまま開かなかった。
それに焦った三咲は、他の出入り口を探そうと洋館内を走り出した。奇しくも、向かった方向は結花とは逆だった。
廊下を塞いでいる瓦礫をくぐり抜け、階段付近にあった首の外れた腐乱死体に吐き気を堪えつつ二階へ上がる。
どこかに隠れられる場所がないかと探しながら二階を進む。
途中の穴の上をそこに置かれていた板を橋にして慎重に進みつつ探すが、どの扉も固く閉ざされ、三咲は隠れられる所を見つけられなかった。
玄関の二階を通り抜け、結花が乗り越えた瓦礫の上、二階廊下の大穴にやってくる。
ここには先ほどのような橋になりそうな板はなかった。
どの位の穴だろうかと、近寄ってしゃがみ込んで下をのぞく。その瞬間、三咲が乗っていた床が崩れて下へ落ちた。
一階の床にぶつかる衝撃を覚悟していた三咲は、どぷん、という液体に落ちた感覚に困惑した。必死に腕を動かして液面にでると、
「つっかまーえた! キャハハ!」
そこには満面の笑みを浮かべた、京介を殺した少女がいた。
日記を読んだ後に本棚を調べ、なにがあったのかを知った。そこには、私と同じ「ゆいか」という名前の女の子の暴走した恋があった。
正直、どうして失恋しただけでここまでおかしなことができるのか私にはわからなかった。
しかし、今ここにある人を喰う世界は壊さなければならないことがわかった。記憶をなくし、大好きだったはずの父親や使用人を生け贄にして作った世界で、これ以上犠牲者を出してはいけない。
いつの間にか、私の体は使命感に包まれていた。
結香を正気に戻せるだろう材料を持って部屋の扉を開ける。
そして、近くでどぷん、と何かが液体に落ちる音と、
「つっかまーえた! キャハハ!」
という、結香の高い声が聞こえた。
「え?」
音がした方にあるものをしっかりと確認する。
巨大な緑色をした袋だった。それは下の方は幅が広く、上の口側に行くほど狭くなっていた。そして、中で落ちた何かが暴れているのか、水を掻くようなバシャバシャという音が響いていた。さらに、口の所には結香が腰掛けていた。
結香がこちらに気づいて声をあげる。
「あれー? 結花ちゃんどうしたのー? 逃げないと死んじゃうよ? クス、クスクス」
「そ、それ……なに?」
結香が腰掛けているものを指差す。
「これー? これはね、あのお兄さんを殺した植物だよ。そして、」
どこからか伸びてきた蔓が袋の中に入って、何かを引っ張り出す。
「中には結花を殺そうとした子が入ってまーす」
蔓で胴体を巻き取られ、得体の知れない液体でまみれた三咲ちゃんが吊された。
「うげっ、ゲホッ……、うえぇ」
袋の中で液体を飲んでしまったらしく、せき込みながら体内に入った液体を吐き出している。
「なんなの、その液体……」
「これ? 消化液だよ」
そう言って結香は袋に向き直る。
「おい、もっと濃くしてこいつを沈めろ」
その言葉と同時に袋がぶるりと震えると、吊されていた三咲ちゃんが中に入っていった。
「いや! いやーっ! やめガボ、ゴボボ、ゴボ、ガボ!」
中から沈められていく音が聞こえてくる。
「うふふー。溶けてる溶けてる。……よし、一旦上げろ」
覗き込んでいた結香が指示を出す。
ぼたぼたと音を立てながら、咳き込んだ三咲ちゃんが引き上げられる。
その姿は目も当てられないほどひどかった。
髪の毛はほとんどが溶け落ち、鼻は平たくなって顔に凹凸が無くなっている。
服のほとんどは当然のように溶けきっており、そこにある肌は真っ赤に腫れて、ところどころに水膨れを作っていた。
「ゲフッ、ごほっ……。なんでぇ、なんであんだはひどい目に遭っで無いのよぉ!」
三咲ちゃんがまぶたのくっついていない方の目で私を睨みつけて言葉をもらす。
「あんだざえ、あんだざえ居なげればあ゛あ゛あ゛あ゛!」
飲み込んだ消化液で喉がやられたのか、声に嫌な響きが付いている。
「あんだが! あんだがあ゛あ゛あ゛!」
「もう良い。溶かせ」
水膨れが破けるのも構わずに体をめちゃくちゃに動かしていた三咲ちゃんを見て、結香が蔓に命令した。
ゆっくりと三咲ちゃんが袋に沈んでいく。
「やめっ、いやだっ、だずけ……い゛あ゛あ゛あ゛あああぁぁ!」
絶叫と煙をあげて沈んでいく。腰まで浸かったところで、一度引き上げられた。
「うはー、きれいに足が溶けちゃったね」
「う゛う゛……、いだいよぉ」
三咲ちゃんの足は、付け根からすっぱりと溶けていた。
「次はじゃあ、腕をいってみようか」
蔓が三咲ちゃんの両腕を背中側に持って行き、そのまま消化液に浸ける。
ジュウウゥ……。
「いだいいいぃぃ! やめでええぇぇ!」
しばらく叫んだ後、足の時と同じように持ち上げられる。
「うぅ……。だずけで……」
「うふっ、あはは! ねぇ、手足なくなっちゃってどんな気持ち? もう一人じゃなにもできないね。排泄とかも他人に手伝ってもらわなきゃいけないって惨めだねー。まるでダルマみたい! ねぇ今どんな気持ち?」
結香が手足のあったところをぺちぺちと叩きながら笑っている。
「さて、次はおまえだ」
「ひっ……」
狂気を孕んだ目に射竦められ、体が固まる。
そいつはどこかに放っておけ、と言われ三咲ちゃんが投げ捨てられる。顔からどしゃっと落ちた三咲ちゃんは、もぞもぞと動くだけで体を起こすことはできなかった。
「最初に鬼ごっこだって言ったよね。ほらほら、早く逃げないと死んじゃうよ?」
結香がゆっくりと近寄ってくる。
「ま、待って!」
声を上げるが、意に介す様子もなく近づいてくる。
「あなたはなんでお父さんを殺したの?」
結香の動きが止まり、目つきが鋭くなる。
「なんでって、お父様は私をお家に閉じ込めたからだよ。お外に出してくれないお父様なんて悪魔に食べられてしまえばいいんだ」
「閉じこめたっていうのは大きな勘違いだよ。お父さんはあなたを守っていたんだよ」
「……は? なにを言って……」
ふるえる足を強引に前に出し、手に持った日記を突き出す。
「よく読んで。ここにあなたのお父さんの気持ちが書いてあるから」
胸元に突きつけ、強引に渡す。しばらく手に持った日記を見つめていた結香は、おもむろにそれを開いた。そしてすぐに、
「嘘だ……。嘘だ嘘だうそだうそだあぁ!」
叫び声を上げないがら日記を投げ捨て、その場にしゃがみ込んだ。
「ここに書いてあることなんて出鱈目だ! 私を守るためにお家に隠した? ふざけるな、そんなわけあるか!」
顔をあげてキッとこちらを睨んでくる。
「し、しっかりと中を読みなさいよ!」
「自分の世界の物なんだ、読まなくたって中身ぐらいわかる!」
結香がゆらりと立ち上がる。
「もういい、あんたコロス。せっかく同じ名前だから殺さずに遊ぼうと思っていたけど……、こんな変な物持ってくるんだったら最初から殺しておけば良かったよ」
幽鬼のように揺れながら近づいてくる。
その迫力に押されてあとずさる。すぐに足をもつれさせて転んでしまった。
結香の手には、いつの間にか厨房で見た包丁が握られていた。
ゆっくりと包丁を持った腕があがっていく。
「……じゃ、シネ」
見開いた私の目に迫り来る包丁が映る。
「やめないかっ!」
パシンッ! と鋭い音が響き包丁が遠くに飛ぶ。
目の前には、いつの間にか見知らぬ男の人が立っていた。少し白髪の入った渋めの男性。
男の人は呆然と立ち尽くす結香に近寄ると、ひざを突いて肩を抱き寄せた。
「結香、いい加減思い出すんだ。バレンタインデーに起きてしまったことを。忘れてしまうほどつらい記憶だろうけど、思い出さなくてはいけないんだ」
男の人が静かに語りかけている。
「私は結香の為を思ってこの家に閉じ込めた。つらい思いをさせてすまなかった。だが、これ以上罪は重ねないでほしい」
「……お父、様……」
結香の体が震える。
「あぁ、ああぁぁ……。あああぁぁ」
結香の目から涙がこぼれ落ちる。
「ぅ、うわーん! ごめんなさい、お父様ぁ!」
そして、そのまま立ち尽くして大声をあげて泣き出した。
「さあ結香、もうみんなを解放してあげよう?」
「……うん」
その言葉が聞こえた瞬間、洋館が揺れ出した。
「あ、ちょっと君、名前はなんて言うんだい?」
男の人がこちらを見て聞いてくる。
「ゆ、結花です」
「そうか、結花ちゃんか。君には感謝しなければならない。君が日記を出してくれたおかげで、私は今ここにいることができる」
「ど、どういうことですか?」
「この世界ができた時、私の魂のほとんどは悪魔に持って行かれてしまった。しかし、この日記を依代に魂の残滓を残すことができた。そのかわり、自分では遠くまで出歩けなくなってしまったが」
結香と男の人から少しずつ光が洩れてくる。
「私はこの世界ができたと気づいた時、何とかして壊さなくてはいけないと感じた。だが、魂の残滓なんかではとうてい力が足りない。結香自身で壊させるしかなかった。しかし私は自由に出歩けない。ずっと結香と出会えるのを待っていたところに、君が日記を持ち出して結香と会わせてくれた。ありがとう。感謝してもしきれない」
洩れてくる光が強くなり、それと一緒に地面の揺れも大きくなる。
「おっと、もう時間がないようだ。私はこれから結香と一緒に向こうでこのことを償っていくつもりだ。きっとつらくて大変だろう。それでも、結香と共に頑張っていくよ。ほら結香、最後に皆さんにごめんなさいしなさい」
結香がこちらに向きなおる。周りを見ると、ゆらゆらとした影が九つ立っていた。
「……、ごめんなさい」
結香がぺこりと頭を下げる。
「それでは、私達はもう行くよ。あ、そうそう。この世界で死んだ人間は全員生き返るだろう。君の妹と今まで死んでいった人達、今君の後ろで揺れている影達だ。ただ、君を殺そうとした男性だけは、この世界に完全に吸収されたために生き返らないだろう。きっと存在自体がなかったことにされて、覚えているのは君たちだけになる。すまない」
男性が頭を下げる。
「それじゃ、こんな事言うのも変だけどお元気で。ばいばい」
「……ばいばい」
男性と結香が手を振って光の中に消えていく。完全に消え、光がなくなった瞬間、
パキン!
と音が鳴り響いて空間に亀裂が入ると、強烈な浮遊感を感じて意識が真っ黒に塗りつぶされた。
裕は目が覚めると、うつ伏せに倒れていた。
「ここは……」
見渡すと四郎達と別れてしまった瓦礫のそばだった。
ふと、最後に残った記憶がちらついて喉に触れる。
「息が……、できてる……」
隣の瓦礫を見た。別れた時は高く積もっていた瓦礫は、今は崩れたのか低くなっている。
足を取られないようにゆっくりと瓦礫を越える。
向かい側まで越えると、四郎が倒れているのが目に入った。
「四郎!」
急いで駆け寄り、肩をたたく。すると、四郎はガバッと跳ね起きた。
額に汗をかいている。自分の腹を撫で、腕を引っ張り、足をさすってから息を付いた。
「おれ……、生きてる」
四郎が呆然とした目で前を見ている。
「お、おい、大丈夫か?」
四郎が首をひねって裕を見る。
「ゆ、裕か! お、俺、生きてる……よな?」
「ああ、生きてるよ。つーか、死んでたら会えねえだろ」
「だ、だな! なに言ってんだ俺……。なんかすごい夢を見た気がするんだ。よくわからない化け物にぐちゃぐちゃに殺される夢だ。あんとき、ヒヨリ達を逃がして……。ヒヨリ! ヒヨリはどこだ?」
四郎がきょろきょろと辺りを見回す。
ヒヨリはすぐに見つかった。すぐ隣に深雪も倒れている。
「ヒヨリ!」
四郎が駆け寄って上半身を抱き起こす。
「ヒヨリ、大丈夫か!」
「う……ん、あれ? 四郎?」
「良かった……、生きててくれて良かったぁ」
四郎がヒヨリを強く抱きしめている。
「私……、食器棚の下敷きになって死んだんじゃ……」
「死んでない、生きてるよ……」
「……生きてて、良かったよぉ」
四郎とヒヨリが抱き合った状態でわんわんと泣いている。
完全に蚊帳の外の状態になった俺は、その間に深雪の肩を叩いて起こす。
「深雪、大丈夫、か?」
深雪のまぶたがゆっくりとあがる。
「……ヒッ!」
完全に目が開くと同時に、そのまま起き上がって後ろにとびすさる。
そして、腰が砕けたのかその場にへたり込んだまま動かなくなった。
深雪を起こす為に中腰になっていた体勢を元に戻し、深雪に近寄る。
「い、嫌っ! 来ないで!」
ずりずりと深雪が腰を地面に引きずりながら後ろに逃げる。
「私、私は……、裕を!」
すべて言い終える前に近寄り、抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だから。なにも言わなくていい……。深雪が、無事で、良かった……」
ぐっ、と腕に力を加える。
「深雪の気持ちを聞いて、とても嬉しかった。今まで気付かなくてごめん。でも、ありがとう」
「だけど、私、裕を殺して……」
「……悪い夢だ。悪い夢を見たんだよ」
深雪の手をとり立ち上がる。
「お、もう良いのか? ニシシ」
四郎がにやけた顔をしながら聞いてくる。
「ああ。もうここを出よう」
皆で玄関に向かい、扉を開けて洋館を出る。
「ねぇ、裕」
声に振り向くと、深雪が立ち止まっていた。
「なんだ?」
俺も立ち止まって深雪に向き合う。
「好きです……」
深雪が頬を赤らめながら言葉を伝えてくる。
「……俺もだ」
深雪の手を握って、先を歩いている四郎達を追った。
そして、俺たちは洋館に入って二週間ほど経っていることを知って愕然とした。
×
肩を揺すられる感覚で目が覚める。
「おい、薫。大丈夫か」
目を開くと修司が僕の肩を揺すっていた。
「ん、気が付いたか。起きあがれるか?」
「……うん」
伸ばされた手を掴んで体を起こす。修司の後ろには優子が立っていた。
周りを見ると、倒れていた所は洋館のエントランスだった。
こちらの訝しげな視線に気付いたのか、修司が頭を掻いて視線を下げる。
「なに……?」
掻いていた手を下ろし、視線をこちらに合わせてじっと見てきた後、突然修司は頭を下げてきた。
「今までいろいろとすまなかった。もっと早く、もっと早くにこうすれば良かった」
「きゅ、急に、どういうこと?」
「今まで、賢に嫌われたくなくて、何かある度に後で軽くたしなめるくらいしかできなかった。そして、昔の賢に戻ってほしかったから突き放すことができなかった。本当にすまない」
修司が頭を下げたまま謝ってくる。
「あーしも……、ごめん、薫」
後ろにいた優子も謝ってきた。
「え……あ……、え?」
あまりに突然のことすぎて、うまく言葉が出なかった。
「と、とりあえず賢を起こそう?」
現実逃避なのかもしれない。そんなことしか口からは出なかった。
謝られているという状況に頭が追い付けなかった。
「それもそうか。……おい、賢。起きろ」
修司が賢の肩を叩いて起こそうとする。
「……!」
賢が急に体を起こし、何かを探すように頭を振った。
「てっ……め……!」
こちらを見つけた賢は、顔を歪ませながら飛びかかってきた。
「てめぇのせいで……!」
錯乱したような状態の賢に襟元を掴まれて壁に叩きつけられる。
抑えつけられて動けないところに、賢が腕を振りかぶる。
その手を修司が掴んで止めた。
「っ!」
賢が振り向き、キッと修司を睨む。
「離「もうやめよう」
修司が賢の言葉に被せるようにして言葉を発した。
「もうやめよう。もっと早くにこうするべきだった」
修司の後ろから優子が進み出てくる。
「あーしも、これ以上はだめだと思う。もうつき合いきれない。ごめん」
賢が呆けている。
「あ……な……、なんだよ……。なんでだよ!」
賢が叫ぶ。
「もういい……、もういい!」
掴まれていた手を振り払って、賢は外に走り出した。そのとき僕は胸ぐらを離されて床に落ちた。
「お、おい! 待てよ!」
修司が追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
優子も、走っていった賢と修司を追って行ってしまった。
どうやら一人で取り残されたらしい。
「帰るか……」
立ち上がって周りを見渡す。そこでふと思い出した。
死んでから女の子に会ったよな、と。
ただ、なんとなく心配する必要は無い気がした。
賢たちが出て行って開いたままの扉をくぐり、いろいろあった洋館から出る。
庭で伸びをしながら、もういじめられることは無くなるのかな、と思った。
×
どのくらい眠ってしまったのかわからない。目が覚めたらキッチンの台に寝転がっていた。
ゆっくりと体を起こし、床に降りる。かしゃり、と音がしてポケットを見てみると、そこには鎖のちぎれた手錠が一組入っていた。
「そうだ私……、ここでひどい目にあったんだ……」
近くでがたんと音がして、はじかれたようにそちらをみる。
オーブンの窓の部分に人の腕が見えた。
「采花っ!」
慌てて駆け寄り、オーブンの中から采花を引っ張り出す。
「采花! 大丈夫?」
「……うぅ」
肩を揺すって声をかけると、うっすらと目を開けた。
「お姉ちゃん……? お姉ちゃん!」
「采花ぁ! よかったよぉ……」
「お姉ちゃん、あの怖いお兄さんはいない?」
「うん、いないよ、もう、いないよ!」
采花を抱きしめて泣きはらす。
「……う、ぐす。うわーん、怖かったよ、お姉ちゃぁん!」
二人で泣き合っていると、
「うぅ……」
近くで倒れていた三咲ちゃんが起き出した。
「ひっ、お姉ちゃん……、あれ……」
「……大丈夫。大丈夫だから」
采花を落ち着かせてから、ゆったりと三咲ちゃんに近寄る。
「三咲……ちゃん……」
「……イヤアアアァアァァァ!」
三咲ちゃんは目を見開いて、座り込んだまま後ずさった。
「いやっ……、いやあ! こないで……、こないでよぉ!」
壁に背中をぶつけ、そのままうずくまって頭を振っている。
「お姉ちゃん……、三咲お姉ちゃんはどうしちゃったの?」
後ろから采花が寄ってきて、私の背後から三咲ちゃんをおびえた目でのぞき込んでいる。
「三咲ちゃんは……たぶん……もう……」
「いやだ、痛いよぉ! 全身がぁ! 溶けたくないぃ!」
視線の先には、うずくまったまま自分の肩を抱いて震えている三咲ちゃんがいた。その姿に怪我は一つもない。
「……帰ろう、采花。私たちにはどうしようも……」
三咲ちゃんは狂ってしまった。少なくとも、私の目にはそう映った。
三咲ちゃんを置いて洋館を出る。
友達を一人、失ってしまった。
そのことが心に重くのしかかっていた。
空を見上げると、うっすらと明るくなっていた。
この洋館に入って一晩が経っていた。
次回、最終話になります