結花と三咲の章(前編)
この話で終わるといったな、あれは嘘だ。
スミマセン、この話は一つにまとめる予定だったんですが、長くなりそうなので前後編です。あと、終章があるのも忘れていました。テヘペロ
『カダヴァーパレス3 -Cadaver Palace-』
うちの近所にちょっとした森がある。そこは奥に行くと昼でも薄暗いほど木々が密集している。
その木々の間に縫うように伸びている小道を進むと、少し開けてタイル張りされた地面に足を置くことができる。
視線を上げれば立派な洋館が有り、それを見たら来た道をまた歩いて戻る。それが僕の日課である、朝の散歩ルートだった。
最近はこの洋館で行方不明者が出る事件が二度起き、さすがに物騒だからコースを変えようかとも思ったが、結局変えずにそのまま散歩に使ってしまっている。
合計八人。それが今でている行方不明者の人数だ。自然災害でもないのにこの人数は多いのだろう。テレビのニュースでも大々的に報じられていた。
行方不明者は全員が高校生。それだけの関係性だけで、世間は変質者の仕業だとか騒いでいる。おかげで、警察が来たり野次馬が来たりと、散歩がしにくい状況が続いていた。
だから、久々に散歩にやってきたここでその人影を見たとき、真っ先に思い浮かんだのはまた野次馬か、という気持ちだった。
しかし、近づいて分かったが、その人影は小さな女の子で、野次馬には見えなかった。それも、一人で重そうな扉を開けて洋館の中に入っていけば、なおさらそうは見えない。
扉の向こうに女の子が消えたのを見た僕は、さすがに危険だから注意しようと女の子の後を追った。
中に入ると、比較的広いロビーになっていた。
左右からのびる階段は、途中で一本に合流して二階に伸びている。
もっとも、その階段は合流して一本になっているあたりで崩れ落ちており、二階に上がることは不可能とは言えなくとも、かなり無理がある。
二階に行った可能性を捨て、階段の下を通って奥に進んだ。
洋館の構造は玄関から北と東西に伸びており、僕はちょうどその中心、別れ道のところに立っていた。
女の子がどちらへ行ったのか見当がつかない中、間違った道に行ってしまえば確実に行き違いになるだろう。もっとも、注意するだけなので会えなくても問題ないが。
そんな事を考えつつ、まっすぐに続く道を進む。根拠はないが、この先にいるような気がした。会えなかったときは……、この洋館から出てそのまま散歩に戻ってしまおう。
そう考えて進んだ先で、結果的に僕は重大な決断をする事になった。
×
キーンコーンカーンコーン。
下校のチャイムが鳴った。
「それでは皆さん、明日から夏休みになりますが、浮かれて怪我をしないように、気をつけて帰ってくださいね。それでは皆さん、二学期に会いましょう。それではさようなら」
さよーなら!
担任の友子先生の号令で、みんな一斉に挨拶をする。
明日からは夏休み。クラス中が夏休み中の予定について話し出し、一気に賑やかになった。
私も遊ぶ予定を話し合うべく、親友の三咲ちゃんの席まで駆け寄る。
「みーさきちゃん!」
「あ、結花ちゃん。どうしたの?」
「夏休みについて話そうと思ったの! 実はね、明日から家族で一週間、北海道に旅行に行くの。だから明日から一週間、遊べなくなっちゃうってことを伝えようとね」
「へぇ、北海道か~。涼しそうでいいな~。私なんて、夏休み中は旅行に行かないもん」
「あ、そうなんだ……。そうだ、おみやげ楽しみにしててよ! すっごいの買ってくるから」
「ありがとー! 楽しみに待ってるね」
「それでね、一週間会えなくなっちゃうから、今日遊ばない? いつもの公園で」
「ちょうどよかった! 私もそれ言おうとしてたの。じゃあ、いつものところで」
「うん!」
三咲ちゃんと遊ぶ約束を結ぶ。
「おねーちゃーん」
人が少なくなった教室の扉が開いて、私を呼ぶ声がした。
「一緒にかーえろ!」
三つ下の妹が二年生の教室からやってきていた。
「采花、ちょっと待ってて~」
扉の方に向けていた顔を三咲ちゃんの方に戻す。
「ねぇ、三咲ちゃん。采花も一緒で良い?」
「うん、良いよ」
「わかった。じゃあ、また後でね!」
三咲ちゃんに手を振りながら、采花のところまで向かう。
「お姉ちゃん、帰ろっ!」
采花が左手をつかんでくる。
「よし、帰ろうか。私は家に帰ったら三咲ちゃんと遊ぶけど、采花も来る?」
「うん、行く!」
そうして、手を繋ながら私たちは家に帰った。
荷物を置いて、お菓子とペットボトルを袋に入れて持って、準備は終わり。玄関で采花を待つ。
「采花~? 行くよー」
「あ、待って待って~」
采花がバタバタと二階から降りてくる。そして、そのまま左手を握ってくる。
「えへへー」
采花がこちらを向いてはにかんでいる。
「忘れ物は無い?」
「うん!」
「じゃ、行こっか」
ドアを開け、炎天下の日差しが降り注ぐ中、私たちは公園に向けて歩き出した。
公園に着くと、既に三咲ちゃんは木陰のベンチで待っていた。
「みさきちゃーん!」
「あ、結花ちゃん」
読んでいた本から顔を上げて、三咲ちゃんが片手を挙げてくる。
「ごめーん、待ったー?」
「いや、今来たところだよ」
「お菓子とか用意してたら遅くなっちゃった。ところで、何の本を読んでるの?」
「ん? えーとねぇ、秘密ー!」
「えー、教えてよー!」
「駄目ー。フフッ」
「えー。ハハハッ」
どちらからともなく笑い出す。
「そうだ、三咲ちゃん。おみやげってどんなのが良いかな?」
「何でも良いよ?」
「わかった。期待しててね」
「うん、ありがと」
北海道に行ったら、なにを買おうか。
そんな事を考えていたら、采花が服の裾を引っ張ってきた。
「お姉ちゃん、鬼ごっこしよ!」
退屈していたようだった。
「あー……、三咲ちゃん。鬼ごっこしても良い?」
「別に、良いよ?」
「ありがと。じゃあ、お姉ちゃんから鬼ね。十数えるよー。いーち、にーい……」
きゃあきゃあと采花が走り出す。それと一緒に、三咲ちゃんも持ったままになっていた本を鞄に入れて走り出した。
「きゅーう、じゅう!」
十まで数え終わって走り出す。まず狙ったのは、比較的近くにいた三咲ちゃんだ。
「待ーてー!」
「待たないよー!」
きゃいきゃいと騒ぎながら追いかける。同学年だからなかなか追いつけない。そこで、三咲ちゃんを追いかけながら采花に近づく。ある程度近づいたところで方向転換し、一気に采花を捕まえる。
「捕まえたっ!」
「きゃあ!」
こっちには来ないと思っていたのか、油断していた采花は簡単に捕まえられた。
「次の鬼は采花ねー!」
走って采花から離れる。
「次は、私が、鬼ー!」
采花が元気良く宣言して走り出す。
「きゃはっ! お姉ちゃん、待てー!」
采花が必死に追いかけて来る。もちろん、体格差のせいでどんなに頑張っても追いつくわけが無い。そうなると、必然的に頭を使った追いかけ方になる。
私を追いかけていた采花が、急に曲がって遊具の影に隠れる。
そして、その遊具を迂回して逃げようとしていた三咲ちゃんに飛びついた。
「三咲お姉ちゃん捕まえたー!」
「ひゃあ!」
驚いた三咲ちゃんは悲鳴をあげた。
「次は三咲お姉ちゃんが鬼ー!」
「び、びっくりした……」
采花がはしゃぎながら走り出す。
「まてー!」
三咲ちゃんが笑いながら追いかけ出す。
そうして遊びながら、ゆっくりと時間が過ぎていった。
「あはっ、はぁはぁ」
鬼ごっこを続けていたらいつの間にか日が傾き、辺りは薄暗くなっていた。
「いつの間にか暗くなっちゃったね」
鬼になっていた三咲ちゃんが、肩で息をしながら呟く。
「そうだねぇ。そろそろ終わりにしようか? あんまり遅くなると、怒られちゃうし……」
「えー、まだ遊びたいー」
駄々をこねようとした采花を諫める。
「ダメよ、采花。もう暗くなっちゃったでしょ? 旅行から帰ってきたらまた遊べるから我慢してね。それに、怒られたくないでしょ?」
「うー、うん」
采花は怒られたくないのか、渋々といった感じで納得してくれた。
「ふふっ」
それを見ていた三咲ちゃんが笑う。
「どうしたの?」
「仲がよくて羨ましいなって。私は一人っ子だから。それに、うちにはお父さんがいないから妹は出来ないし……って、私ったらなに話してるんだろうね! 結花ちゃんに話したって意味ないの……に……?」
三咲ちゃんが私の後ろの方を見つめて言葉を澱ませる。
「なに?」
視線を追って公園の入り口付近を見る。そこには、高校生ぐらいの人影が有った。
周りが薄暗いのでしっかりとはわからないが、その人影が少なくとも男の人で制服姿だということは分かった。
「三咲ちゃん、知ってる人?」
「う、ううん。知らない」
その人は、私たちがじっと見ていることに気付いたのか、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「気味悪いし、早く帰っちゃおう? ほら」
三咲ちゃんが背中をぽん、と押してくる。そして、三人で固まりながらゆっくりと歩く。
ザッ、ザッ、と音を鳴らしながら男の人が近づいてくる。
そのまますれ違ったときだった。
「んぐっ!」
三咲ちゃんが突然くぐもった声をあげた。
「騒ぐなよ……。いいか君たち、この子に怪我をさせたくなかったら大人しく付いてくるんだ」
そこには、三咲ちゃんの口を手でふさぎ、抱き上げている男の人がいた。
男の人の言うとおりに歩かされてたどり着いた先は、最近テレビのニュースなんかで取りざたされている洋館だった。なんでも、行方不明者がたくさんでているらしい。
「ほら、さっさと入るんだ。早くしろ」
後ろにいる男の人に急かされ、目の前にある扉を開ける。と同時に、長いこと人が住んでいないことを思わせる、ほこり臭いにおいが漂ってきた。
中に入ると、やっぱりいろいろな部分が壊れていて、埃がたまっていた。ただ、床だけは違って、埃の中にたくさんの足跡が残っていた。
「そのまま真っ直ぐに進め」
後ろから飛んでくる命令に従って、崩れかけた階段の下を通って奥へ進む。
たどり着いた場所は、大きなダイニングルームだった。
「そこの扉を開けて中に入れ」
示された扉を開けて中に入ると、そこは大きな竈やオーブン、広々とした台があるキッチンだった。
「二人はそこに座れ」
言われたとおりにその場でぺたん、と座り込む。
「そしてこれを付けろ」
そう言いながら、男の人がポケットからジャラジャラと音を鳴らしながら手錠を取り出した。
そして、目の前にガチャンと落とされる。
これを付けたら逃げられない、そんな気がした。
「早く付けるんだ」
男の人が急かしてくる。その時だった。
グラッ、ガタガタガタ!
突然、大きな地震が私たちを襲った。
「きゃあ!」
「お姉ちゃーん!」
采花が抱きついてくる。
「ぐっ……!」
男の人も片手でキッチン台を掴んで体を支えていた。
グラグラ……、ガンガン、ガタン。
地震は、来たときと同じように急に消えた。
「ぐっ、何だったんだ今のは……? まあいい、早くその手錠を付けろ。付けないなら……、そうだな、ここはキッチンだし包丁の一本でも残ってるだろう。それをどう使うかぐらい分かるよな?」
男の人が三咲ちゃんを抱えたままキッチン台に寄りかかった。
「つ、付けます! 付けますから三咲ちゃんを傷つけないで下さい!」
気付いた時には叫んでいた。
「いい返事だ。さあ、付けろ」
叫んでしまった手前、拒否はできない。
目の前に落ちている手錠を手に取る。ずしりと重く、持ち上げた時にはじゃらり、と鎖が音を立てた。
カチカチカチと軽い音を立てながら手首が締まっていく。そして、カチリ、と最後まで締まった。
「次は君だ」
男の人が指差したのは采花だった。
「名前はなんて言う?」
「さ、采花です……」
「采花、か。足下にある手錠をお姉ちゃんに付けてもらえ」
采花が手錠を拾い上げる。
「そういえば、お姉ちゃんの名前を聞いていなかったな。君、なんて名だ?」
男の人がこちらを向く。
「……結花、浦部結花です」
「そうか。なら結花、妹に手錠を付けろ」
「え、でも……」
「包丁の使い方を目の前で見るか?」
「う……、はい……」
采花に近づいて、手錠を取る。鎖のせいで動かしにくい手で采花に手錠をかける。
「付け終わりました……」
「次は腕を前に突き出せ」
言われたとおりに手錠で繋がった腕を前に出す。すると、男の人が近寄ってきて、どこからか取り出した縄を鎖の部分に繋ぎ、オーブンのとっての部分に繋いでしまった。
「次は采花だが……、もう良いんじゃないか?」
唐突に男の人が呟く。
「僕がこのキャラクターを演じるには限界があると思うんだ」
様子がおかしい。
「……そうね。結花は動けなくなったし、もう良いわ。それじゃ、降ろしてちょうだい」
捕まっていた三咲ちゃんが、冷静な物言いで男の人と会話している。
「京介さん、まずは妹の方からお願い」
「よし、分かった。それっと」
男の人が三咲ちゃんを降ろして、代わりに采花を抱え上げる。その時、男の人は何かを嗅がせて采花を眠らせてしまった。
「采花っ! み、三咲ちゃん、なに、何なのこれ!」
「これ? 盛大なドッキリ! ……なんて言うと思った?」
三咲ちゃんがこちらの顔をのぞき込んで笑う。
「ドッキリなんかじゃないよ。これはね、私のために必要なことなの。私が私であるために」
顔を近づけてにこにこと笑いながら語りかけてくる。
「意味が分からないって顔だね。大丈夫、全部教えてあげるから。まずね、結花ちゃんがいると私はいらないの。結花ちゃんがいるから私はいらなくなっちゃうの。わかる? わからないよね」
三咲ちゃんが顔を離す。
「このあいだお母さんがお酒を飲みながら呟いてたのを聞いたんだ。『結花ちゃんたちが娘だったらよかったのに』って。二人が遊びに来た日の夜のことだよ。お酒って、人の本音をださせるって聞いたことがあるんだ。って言うことは、お母さんは私はいらないって言ってるんだよ。結花ちゃんがいると、私はいらない子なの」
そう言って、三咲ちゃんは嗤った。
「そう言えば、北海道に行くんだっけ? 羨ましいなぁ、私のお母さんは連れてってくれないよ。いや、結花ちゃんが娘だったら連れて行くんだろうねぇ」
「そん……な、わけが……、それに私関係ないじゃん……!」
「関係ない? そうだね、結花ちゃんには無いね。でも私にはあるんだよッ!」
三咲ちゃんの顔が歪む。
「結花ちゃんは良いよね、可愛い妹がいて! 旅行に連れて行ってくるお父さんがいて! 優しいお母さんがいて! そのうえ、私のお母さんを奪ったんだもん。今度は私が結花ちゃんから奪ったって良いじゃない!」
三咲ちゃんが激昂する。
「あー、三咲。暑くなってるところ悪いんだが、そろそろ始めても良いか? いい加減、腕が疲れてきた」
不意に、三咲ちゃんの後ろから男の人の声が飛んできた。
「ええ。始めてちょうだい。用意している間に説明しておくわ」
三咲ちゃんが後ろを振り返って返事を終え、こちらに向き直る。
「ふふっ、何をするのって感じの顔ね。教えてあげるわ」
そう言って、三咲ちゃんは口の端を吊り上げた。
「これからね、結花ちゃんの目の前で采花ちゃんを奪うの。なるべく苦しめてね。手伝ってくれるのは京介さん。私たちはここで初めて会ったの。お父さんはお医者さんなんだって。京介さん自身もお医者さんになりたいらしいの。それで、人の解剖をしてみたかったらしいの。私はすぐに交渉したわ。私を手伝ってくれれば解剖させてあげるって」
三咲ちゃんがうふふ、と笑う。
「そろそろ何をするか分かるんじゃない? ふふっ、そうだよ! これから解剖するんだよ、采花ちゃんを!」
「そん……、な……。いや、いやぁ!」
「騒いだってダメー。拒否権は無いよ」
三咲ちゃんが笑いながら指を振ってくる。
「三咲、準備が終わったぞ。見せるのか?」
「うん、もちろん。ほら結花ちゃん、立って」
手錠に繋がる縄を引っ張られて強引に立たされる。
そして見たのは、手足を動けないように固定され、キッチン台の上に寝転がされる采花だった。
「ほら起きろ」
男の人ーー京介さんが采花の頬を平手で叩く。
「ん、むぅ? あれ? え、何、何これ?」
采花が目を覚まし、困惑した表情で体を揺らす。しかし、ジャラジャラと手錠や足枷が鳴るだけで、動けなかった。
「た、助けてお姉ちゃん!」
「采花っ、……痛っ!」
駆け寄って解放しようとしても手錠に繋がった縄が短く、手錠が食い込んだだけで届かなかった。
「さて、結花ちゃんはそこで見ていろ。これから采花ちゃんの解剖をする。……三咲、良いんだな?」
「ええ、始めちゃって」
「……ああ」
そう言って、京介さんは部屋の隅に置いてあったスタンドライトを台の上に置いて灯りをつけ、そして台についていた引き出しの一つを取り外した。
「ひっ!」
中身が見えたらしい采花が悲鳴をあげる。
「なに、何が入っているの?」
「この中にはね、手術器具が入っているんだ」
京介さんが引き出しの中身を見せてくる。メスやハサミみたいなもの、何かのチューブ、大きなピンセット、そして注射器が入っていた。
「しかし、電気が通っているのが不思議だ……。あ、采花ちゃん、これが見えるかな?」
京介さんが引き出しを脇に置きつつ、ポケットから取り出した物を采花に見せる。
「こっちの二本の瓶は局所麻酔用の麻酔薬。使用期限は過ぎてないのが分かるね? こっちは新品の注射針だ。未開封であることは確認できるね?」
引き出しの中から注射器を出し、開封した針を付ける。
「注射するのに服が邪魔だね。切ってしまうか」
手に持っていた注射器を置き、引き出しからハサミを取り出す。
「うっ……、ひぐっ……、やだよぉ、お洋服切らないでぇ……」
采花が嗚咽をもらす。しかし、
ジャキ……、ジャキ……、ジャキン。
京介さんは采花の服を胸元近くまで切ってしまった。
「さて、それじゃあ始めよう。チクッとするけど、動かないで我慢してね」
京介さんが麻酔薬で満たした注射器の針を体の中心、肋骨がくっついているあたりに差し込む。
「ひぐぅ……! うぅ……」
采花が小さくうめく。
「や、止めて! 采花を放して!」
両手をガチャガチャと揺すりながら叫ぶ。
「うるさいよ」
パシン、と三咲ちゃんの平手打ちが飛んできた。
「ゆっくり見ていなさい」
顔を掴まれて、采花の方に向けられる。
ちょうど、京介さんが采花から注射器を抜くところだった。ただ、中にはまだ薬が半分位残っている。
「もう一度我慢してね」
そう言って、さっき抜いたばかりの注射器をおへその上あたりに突き刺した。
「いっ……、たぁ……」
残っていた薬を全部お腹に入れて、注射器を抜き取る。
「ふーむ……。せっかく二瓶持ってきたし、もう少しだけ使うか」
手に持った注射器の針を瓶の中に入れて薬を移している。そして、あるところで移すのを止め、針を上に向けて指で叩いた。すると、先端から透明な薬がピッと飛んだ。
「采花ちゃん、ちょっと腰を上げてくれるかな?」
京介さんが注射器を片手に采花に話しかけている。しかし、采花は注射が痛かったのか、泣いているだけで動かなかった。
「……まあ、いっか」
京介さんが采花のズボンに手をかけてずりおろす。そして、注射器を下腹部に突き入れて薬を体の中に入れた。
「さて、しばらく麻酔が回るのを待つとしよう」
そう言って京介さんは注射器を片付け、代わりにゴム手袋や手術器具、金属製のトレイを用意し始めた。
注射されて三分ぐらい経った。気付けば、お腹が熱くなってじんじんし出していた。
「うぅ……、おなかが変だよぉ。気持ち悪いぃ」
お腹の感覚が曖昧で、まるで自分の体じゃ無いように感じる。
「ん、麻酔が効いてきたか。それじゃあ、これから采花ちゃんの解剖実験だ」
耳元に置いてある引き出しから、カチャカチャと金属のあたる音が響いてくる。
取り出した物は、ドラマで見たことがあるメス、ハサミみたいな持ち手の何かを挟む器具、ピンセット、全体がくるりと曲がった針金みたいなもの、それから数本の糸。
それをトレイの上に置いていく。そして、ゴム手袋をした手でメスだけを取った。
「さあ、開始だ」
男の人の手にあるメスが近づいてくる。
「いやっ、やめて! ひっ……」
ずぷり、とメスの先端が抵抗できない私の胸の下の方に入ってくる。切り傷が出来ているのに痛くない、でも何かが入っていることが気持ち悪さを生む。
つつつ、とメスが下腹に向かって動く。切れたところからたらりと血が流れ落ちた。
「それっ」
男の人が傷口に手を入れて開いた。それでも痛みは感じない。
男の人はトレイからハサミみたいな物を取り出すと、お腹の中に入れて何かを切るような動きをした。そして、それを抜き取ることなく手を離すと、同じ物をもう一本とってお腹に入れてくる。そんなことを全部で四回繰り返した。
入れ終えた後、男の人はピンセットを取り出してお腹の中に手を入れてきた。
「へえ、これが生きた人の内臓か……。おお、動いてる動いてる」
手がお腹の中を弄りながらピンセットで摘まれるのが何となくわかる。
痛くないが気持ち悪かった。
「ねぇ、采花ちゃん。僕が今何を触っているか分かるかな?」
「わ、わかりません……。早く、早く抜いてください。死にたくない……」
「んー、その相談は三咲に頼むよ。結果的にどうするかは三咲が決めるからね。ま、少なくとも君は生きて帰せないけど」
相談もなにもなかった。生きて帰れない。その現実が重くのしかかってきた。
「ぃゃ……、いやだよぉ……。お家に帰りたいよぉ! うぅ、おかーさん、おねーちゃーん! うわーん!」
家に帰りたい。それだけが頭の中を占めていた。
「うえーん、やだよぉ……、むぐっ! んー! んー!」
泣いていたら、口の中に何かを詰められた。舌を使って出そうとしても、しっかりと詰められている。
「騒がれるとやりにくいからね。服の切れ端を詰めさせてもらうよ。全部終わって最後になったら取ってあげるよ」
そう言って、男の人はお腹の中に手を戻した。
「これは……、大腸か。絵の通り小腸より太いんだな」
グチグチと男の人の手が音を立てながら、お腹をかき回してくる。何かを引っかけたのか、体の内側から引っ張られる感覚を味わった。
「さてと、次は内臓を摘出してみよう」
男の人が糸と針金みたいなものを手に取る。
「うまくいくかな?」
お腹の中で音を立てながら何かをすると、メスを持ち直してお腹に入れてくる。
「ん……、んー! んんーっ!!」
メスが当たった瞬間、強烈な痛みがやってきた。
体をよじり、手錠や足枷で繋がれた手足をやたらめったらに動かして痛みに耐える。
「む……、内臓の痛みを忘れていた……。おい、動くな」
男の人が顔を掴んで台に押しつけてくる。苦しくなって、涙が溢れる目で男の人の顔をみた。
「動くなよ? 今麻酔をかけるからな」
男の人が新しい小瓶を取り出して、中の薬を注射してきた。顔を抑えられている間にお腹がじんわりとしてきて、気付けば痛みが無くなっていた。
「うぅ、ぐすっ」
「痛みは引いたみたいだね。それじゃあ再開だ」
メスがまたお腹の中に入ってくる。手を前後に動かすのが見えた。
「ひうっ?」
体が中から引っ張られる、奇妙な感覚を味わう。
「あぁ、すまない。誤って引っ張ってしまったね」
こちらの反応を見たのか、男の人が謝ってきた。
「すぐに切り取るよ」
手を動かした後に、男の人はお腹の中から掴んだ物を取り出して見せてきた。
「ごらん、君の大腸だよ。ほんと、絵に描いたみたいに見事だ。子供だからなのかな?」
そう言って別のトレイを取り出すと、掴んでいた大腸を置く。
「うん、色もきれいだししっかりハリがあってくたびれていない」
そして、男の人はハハッと笑った。
「次は小腸を出してみよう。知ってるかな? 人間の小腸の表面積はテニスコート一面分もあるんだ。効率よく栄養を吸収するためだけど、そんなことができるなんて、人間ってすごいよね」
男の人がまたお腹に手を入れてくる。
ぐちゅぐちゅと音を立てた後、その手にピンク色の細長い物を掴んで出てくる。
「子供の小腸とはいえ、やっぱり長いんだね。何メートルあるんだろう?」
別のトレイを出してそこに置く。置いた瞬間、ぶぴっという音と共にドロドロとした黄色がかった白い液体が溢れた。
「わぁ、しっかりと食べた物を消化しているね」
男の人が手をお腹に入れたまま話しかけてくる。
「おう、お家に帰りたいよぉ……」
「それは無理だね。こんだけ切除してしまうと、もう生きていけないし」
言いつつお腹から取り出した物はピンク色の袋。
「今夕食時だからかな? 切除するときに胃液があふれそうで大変だったよ」
さらにトレイをだして胃袋を置く。
「最後は子宮だが……。ま、正直興味は薄いからちゃっちゃと出しちゃおう」
切り出した袋状の物を胃袋の隣に置く。
「さて、僕がやりたいことはもう終わったよ。次は三咲の番だね」
「わかったわ」
三咲お姉ちゃんが近寄ってくる。
「うふふ。采花ちゃん、お腹がぱっくり開いてるね。これじゃあもう、どうしようもないから、今のうちに結花ちゃんとお別れを言っときな」
三咲お姉ちゃんが笑いながら顔を覗き込み、言ってくる。
「それじゃ、私も準備があるから、それが終わるまでお別れタイムね」
そう言ってしゃがみ込み、何かを開けると用意を始めた。
「おねえちゃん……」
「采花……! さいかぁぁ……!」
「おねえちゃん、お家、帰りたいよぉ……」
「さいか……、あぁ……!」
「はーい、そこまでー! 時間切れ! それじゃあ始めるよ」
三咲お姉ちゃんが、用意していたものを台に置く。そして、私に猿ぐつわをして言った。
「采花ちゃんには、こんがりと焼けてもらいます! 証拠隠滅の過程でね」
目の前で采花に油が塗られていく。駆け寄ろうにも手錠が邪魔をして近寄れない。
「采花! さいかぁ! やめて、お願いだからやめて!」
「うふっ。その声が聞きたかったのよ」
三咲ちゃんは油を塗る手を止めない。
「おーわり! 次は塩胡椒だね」
瓶を取り出して逆さに持ち、中身を振りかける。
「なにを……、するの……?」
「なにって、さっき言ったじゃん。こんがりと焼くんだよ。最初はすぐに全部焼いてしまおうと思ってたけど、どうせ焼くなら料理してからにしようと思ったの。練習だよ、京介さんのように」
そう言って、手に持った瓶を台に置いた。そして、何かの草を采花のお腹に入れた。
「じゃ京介さん、この子を下のオーブンに入れてちょうだい。さて、采花ちゃん。何か言い残したことは有る?」
三咲ちゃんが猿ぐつわを外す。
「おねえちゃん、たす、助けてっ……」
「采花っ! お願い、三咲ちゃん。お願いだからもうやめて!」
「やーだよー。それじゃ、京介さんよろしく」
「ああ、わかった」
京介さんが手錠と足枷を外して、采花を巨大な金網の上に乗せた。そして、再び金網と手足を手錠などを使って繋いだ。
ガコン、と音をたててオーブンの扉が開く。
「いや、いやいやいや、いやぁ!」
采花が首を振って嫌がる。
しかし、金属のこすれる鈍い音を立ててオーブンの奥に入れられる。
「だして、ここから出して!」
オーブンの扉が閉められる。
「それじゃ、点火!」
三咲ちゃんが点火用のつまみを目一杯回す。
「しばらくすれば最高温度に達するよ。それまで待ってね」
オーブンの扉に付いたガラス窓を、にやにやと見つめている。
「出して! 出してよぉ!」
采花がくぐもった声をあげる。中からは手錠と金網が擦れあう、乾いた音が響いている。
「良くあれだけ騒げる力が残ってるわね」
三咲ちゃんの疑問に京介さんが答える。
「たぶん、まだ麻酔が効いていて痛くないからだろうね。手足ぐらいならふつうに動かせると思うよ。ま、腹筋を使って起きあがることは無理だろうけど」
京介さん達が話している間も、采花の悲鳴は続く。
「助けて……、おねえちゃん……」
そして、次第に采花の発する声は中身が変わっていった。
「おねえちゃん、熱いよぉ」
言葉には力がなく、暴れる音も聞こえない。
「もうあれ、そう長くは保たないよ。この調子だと焼けるまで意識が残っているか怪しいね。それでいいのか、三咲?」
「んー、火力は最大だし、そうなったらそうなったで仕方ないわ」
三咲ちゃんたちが話しているときだった。采花の服に火がついた。
「あら、火がついたじゃない。読みがはずれたわね、京介さん」
「……だな」
三咲ちゃんがオーブンに近づく。
「ここからは火加減が難しいらしいのよ。焦げないように弱火にしていくの。ただ、ちゃんと中まで焼けるようにはするんだって」
三咲ちゃんがつまみをゆっくりと回す。それは中火と弱火の間あたりで止まった。
「こんな物かな? あとは調整しつつ待つだけだね」
立ち上がって私の方を見る。
「ふふ、そこで待っててね」
三咲ちゃんが笑っている。
「あああぁぁ! 熱い、熱いよぉ!」
その奥のオーブンから采花の悲鳴が上がる。
肉が焼ける匂いが漂ってくる。采花が焼けている匂いだと考えると辛かったが、夕食時でおなかが減っていた体は素直に音を鳴らした。
「うわー、妹が焼ける匂いでおなかを鳴らすとかきもーい!」
三咲ちゃんが声を上げて笑ってくる。
「あつい、あついよぉ……。おねえ……ちゃん……」
采花の声がどんどん弱くなっていく。そして、仕舞いには聞こえなくなった。
「あーあ、死んじゃった。つまんないのー。ま、焼けてる証拠だったりして」
オーブンのガラス窓を覗き込んだ。
「わー、綺麗な狐色に焼けてる! 料理本の通りだ!」
三咲ちゃんがオーブンの扉を開く。水蒸気と肉の焼ける匂いが部屋に広がった。
「うふっ、結花ちゃんがお腹を鳴らした采花ちゃんが焼けたよぉ? ねぇ食べる? うふふ」
京介さんが厚手の手袋をして、采花の乗った金網を取り出す。
「腕の肉でも食べる?」
三咲ちゃんが采花の腕を布で包んで引っ張る。
「……ちぇっ、硬くて外れないや。京介さん、これ取ってくれない?」
「ああ」
京介さんが包丁を使って采花の腕を切断する。
「ほら、お腹が減ってんでしょ? 食べなさいよ」
三咲ちゃんが采花の腕を持って私の口元に押し付けてくる。
私は口を引き結んでうつむき、ただひたすら黙っていた。
「ちっ……、つまんないの。京介さん、私采花だったものを焼き尽くしておくから、結花ちゃんを解体しておいて」
「分かった。ありがとう」
三咲ちゃんが采花をオーブンの中に戻し、つまみを回す。
そして、京介さんが私に近づき手錠をつかんで持ち上げる。
「いたっ……!」
「それじゃ、はじめるよ」
台に向かって引きずられたとき、
ぐしゃぁ……
「え?」
引きずっていた京介さんが足首を残して消えた。
何が起こったのかわからなかった。しばらくして、天井から何かが落ちてきて京介さんを押しつぶしていたことだけが分かった。
「ひっ……!」
押しつぶした何かがぶるりと震える。
「おもしろそうなことしてたから見てたけど、同じ事するんじゃおもしろくないなぁ」
視線を上げると、その何かの上に人が座っていた。
「このままじゃ同じ事されそうだったから、この男はつぶして代わりに私がみんなを殺そうと思います!」
そこにいたのは私と同じくらいの年の、薄汚れたワンピースを着た女の子だった。
投稿が遅れてすみませんでした。原因はホラーを読んでいたからです。
さすがに三か月も放置していたとは自分でも驚いたぜ。
今後は寒くなってきたし、ホラーを読むことは少なくなりそう……。