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薫と修司の章

俺の書いた話に親子愛が含まれている……だと……っ!

 パソコンのモニターに電源が入る。映し出されたのはニュースだろうか。しっかりとした口調で淡々と内容を読み上げていく。

 どこかで行方不明者が出た、誘拐を視野に入れて捜査している、という内容だった。

 その内容だけを切り取った映像なのか、すぐに再生は終わった。

「これどうよ?」

 モニターの電源をつけた男が部屋にいる男女二人に聞く。

 彼は一見するとまじめそうな外見をしていたが、その顔からはどうしようもないほど悪意がにじみ出ていた。

「どう、というと?」

 二人のうち男の方、岡部修司が聞き返す。

 修司はがっしりとした体型をしていた。堅実そうで、この場にいるのが不釣り合いだ。

「どうって、もちろんあいつを連れていく場所にどうかって事だよ」

 口元をにやけさせながら答える。

「あーしは別に良いと思うよ」

 スマートフォンを気怠げにいじりながら、女、木村優子が言葉を返す。

 いかにも遊んでいます、というような派手な見た目をしていた。髪も金髪に染めているんだろう。

「ケンが良いならそれで良いし」

 スマートフォンから顔を上げずに言葉を続ける。

 その顔には男に対する信頼と、正直この話題にはあまり興味がないことが伺えた。

「修司はどうだ?」

 男が聞く。

「あー、まあ、良いんじゃないか?」

 修司は若干言葉を濁しながら答えた。

「よし、ならば決定だ。明日の放課後にでも連れて行こう」

 顔を、見た目の優男さに似合わないような意地悪さでにやけさせながら、男は、山内賢はモニターの電源を落とした。




 僕、木崎薫はクラスでトップカーストにいる三人に目を付けられている。

 高校に入って一年経ち、新しいクラスになって初めて会った人達だった。

 殴られたり、ものに落書きをされたりすることは無いけど、毎月お友達料と称して数千円カツアゲされている。

 以前、どうして自分にわざわざ関わってくるのか聞いたことがある。

 その時は、

「そりゃあ、クラスで独りぼっちな人を救うためだよ。分かってるよね? じゃあ、今月のお友達料を出して?」

と、下卑た顔をされた。

 どうやら僕の他にも同じ様な境遇の人が居るらしい。だけど、僕は彼らの中でお気に入りらしく、いつも僕に絡んできた。

 今日は昼にジュースを買いに行かされた。もちろん奢らされる。友達でしょ? と言われれば従うしかない。脅しているってことだ。

 従わずに反抗してひどい目にあった人が居ると聞けばなおさらだ。

 毎日買いに行かされるわけではないのが救いだ。もし毎日だったら、お小遣いがすぐに底をついていただろう。

 一階の自販機まで行ってジュースを買い、立ち入り禁止の屋上まで駆け上がる。

 もし、遅くなって機嫌を損ねたりしたら何をされるのか、考えたくもない。

 階段を上りきり屋上のドアを開く。

「遅ーよ」

 扉が開いた音に気付いたのか、トップカーストの中でもリーダーを張っている山内賢が不満げな声を出した。

「ご、ごめん。一階まで行ってたから……」

 俯きながら答える。

「言い訳なんか聞いてねぇよ。つーか、早く飲み物くれない?」

 差し出される手に買ってきた物を置く。

「そういえば、今月のお友達料ってまだだったよね? 今月は……、三千円」

 手の上にジュースを乗せたままお友達料を要求される。

「……」

 黙って財布から三千円を出してジュースの上に置く。

「そうそう、今日の放課後に、こないだニュースにあがった洋館に行ってみるから。友達なんだから、一緒にくるよね?」

 三千円をしまいながら、誘いという命令をだしてくる。

「え! そ、そこって確か行方不明者が出た森の中だよね。そんなとこに行くの?」

「ああ」

 笑ってる。きっと怖がる姿を面白がるために連れて行くんだ。

 後ろにいる優子と修司もついて行くんだろう。

「返事は?」

「……わかった。どこに行けばいいの?」

 我ながら情けないと思うが、逆らう事なんて出来なかった。

 何をされるか分からない、という恐怖は、具体性のある物より恐ろしいと、僕は知った。

「じゃ、洋館の入り口付近で集合ね。ついでに、来るときペットボトルで飲み物買ってきて。友達ならそのくらいしてくれるでしょ?」

「う、うん」

 恐怖に負けて頷く。

「それじゃ、もう帰って良いよ」

 胸を強く押され、後ろによろめく。そのまま屋上のドアを開けてその場を後にする。

 ドアが閉まっても聞こえる三人の馬鹿笑いを聞きながら、僕は自分の教室に行った。




 一度家に帰って汚れても良いジャージに着替える。どこかに連れて行かれるなら、大抵僕だけが汚れる。賢がすべて僕に命令するからだ。

 荷物を持たされたり、川の中に入らされたり。

 汚れるようなことはすべて僕の仕事だ。

 そして、それに慣れてしまって用意してしまう自分が情けなくなる。

 自分の勇気のなさにため息をつきながら、僕はコンビニに向かった。


 コンビニで飲み物を買い、森に向かう。

 夕方という時間帯のせいか、森は外から見るだけで不気味だった。

 カラスが騒ぎながら飛び立つ音に驚いた。

 鳥肌のたった腕をさすって、森の中に踏み込む。

 夕陽に照らされながら、土が踏みしめられただけの、草が生い茂ってきた道を進む。

 風が前から吹いてきて草木をざわざわと揺らす。

 かまわず前へと進むと、多少開けてタイル張りされた道に出た。白いタイルなんだろうけど、所々風化して黒く変色している。

 その道をまっすぐ進むと、洋館の玄関についた。

 洋館は思っていたよりも大きく、薄汚れていた。心なしか周りが一段と暗くなった気がする。

 この近くで行方不明が出たと考えるなら、この洋館が事件に使われたと考えてもおかしくない。

 今日僕はこの中に入らなければいけないんだ。

 そう考えたとたん、全身を恐怖が襲った。

 もしかすると警察も知らない場所があって、そこに誘拐犯がいるかもしれない。賢のことなんか無視したって良いじゃないか、誘拐犯に会うよりも賢に何かされるかもしれないと怯えている方が安全だ。

 そう思って踵を返したときだった。

「お、きてんじゃん」

 賢達三人がやってきた。

 賢はこちらを見つけるなり走って向かってくる。

 優子は手元のスマートフォンをいじり、修司はそんな優子に付き添うように立っていた。

「もーらい」

 手元のペットボトルを賢に奪い取られる。

「じゃ、行くよ。薫君が先頭ね。……ほら、早くいけよ」

 どん、と背中を押されて歩き出す。

 こうなったら、少なくともあいつ等の望むようなリアクションはとらないでやる。

 そんな気持ちを胸に、洋館の扉を開けた。



 洋館の扉を開けると、ひんやりとした空気が流れてきた。首元を撫でられ背筋を震わせる。

 空気に乗ってカビや埃の臭いが漂ってきた。何年ほったらかしにされているのだろうか。

 中は全体的に暗い。夕方というのもあって森の中まで光が届いていなかった。

「ど、どこから行くの?」

 玄関ホールに入って賢に訪ねる。

「二階からだ。ほら、さっさと歩け」

 賢が指示を出してくる。

「ねぇケン。あーしここで待ってて良い? 服とか汚れそうだから動きたくないんだけど」

 優子が手元から目を離さずに言葉を続ける。

「ほら、動画に撮ればいいし」

 おそらく僕が驚いたりする姿を撮ればいい、と言っているんだろう。

「それもそうだな。じゃあ、優子はここで待っていてくれ」

 賢がポケットからスマートフォンを取り出してカメラを起動する。

 絶対に醜態をさらすものか。

「撮影開始っと。ほら、早く歩き出せ」

 ゆっくりと二階に続く階段を上がる。後ろには、賢と修司が付いてきている。

 二階に上りきり、振り向くとちょうど賢が上りきるところだった。その後ろには修司がいる。

 賢が最上段に足を乗せたときだった。


 グラッ、ガタガタガタ!


 地震だ! それもかなり大きい。

「あぶねっ!」

 賢が急いで二階に両足を着ける。

「きゃあ!」

 優子が驚いてスマートフォンを落としていた。

「うわっ!」

 修司はその場にしゃがんで転ばないようにバランスをとっている。

 そして、


 ミシッ、ミシミシバキッ!


 修司の居る場所を中心に、階段が崩れ落ちた。

「うわああああっ!」

 修司の叫び声が響いてくる。


 ガラガラ、ダンッ!


 重たい音が響いてくる。

「シュウ、大丈夫か?」

 賢が落ちたあたりをのぞき込んで言葉をかけている。

「いってー」

 修司の声が聞こえた。喋れるぐらいには大丈夫らしい。

「すまんケン、足を挫いた。階段も崩れちまったし、俺は一階で優子と一緒に待ってるよ。ほんと、すまん」

「仕方ねぇな、休んどけ。俺がしっかり撮影してきてやるからよ」

 賢が手を振って答える。

 修司がゆっくりとホール端に有ったスプリングの飛び出てしまっているソファーに腰掛けるのが見えた。

「ねぇ、ケンー。あーしチョー怖いんだけどー」

 優子が足下に落ちたスマートフォンを拾いながら、甘ったれた声を出す。

「大丈夫だって、優子。あんな地震はそう起きるものじゃないから」

 賢が慰めている。

「だからさ、賢と一緒にここで待っといてくれよ。すぐに終わらせてくるから」

「んー、ケンが言うならわかったー。待ってるから早くしてねー?」

「ああ、出来るだけ早く終わらせてくるよ」

 賢がこちらを向く。

「というわけだ。聞いてただろ、早く進め」

 僕は「もう帰れば良いじゃん」という言葉は出せず、うつむいて賢に従った。


        ×


 携帯をとりだしてライトをつける。いつの間にか日は沈み、日の光はなくなっていた。

 洋館の中は暗く、いっさい明かりがなければ平衡感覚をすぐに失ってしまいそうだ。

 ここに誘拐犯が隠れているかもしれないと思うと足が震えた。

 洋館を正面から見て左へ進む。

「うわあっ!」

 ちょっと歩いたところで猫の死体があった。

骨があちこち飛び出ていて、全身が血だらけになっていた。

「ぷっ! だっせ! うわあっとか、驚いた声と表情サイコーに受ける!」

 賢がこちらにカメラを向けて笑っていた。

 決意もむなしく早速醜態をさらしてしまい、唇をかんで下を向く。

 すると、猫の死体の隣に本が二冊落ちているのに気が付いた。

 しゃがみこんで二冊とも拾い上げる。

 一冊は薄汚れ黄ばんだ本で、相当古そうだった。

 もう一冊は比較的新しい日記だった。ただ、その本は半分に破られている。

 中を開いて見てみると、どうやら前半部分が残っているようだった。

「何やってんだ?」

 賢がカメラをこちらに向けながら手元をのぞき込んでくる。

 もう一冊の本を持ち上げて賢に渡す。

「本が落ちていたんだ」

 一ページ目を開いて読み始める。

 書き手は女の子らしい。そこには、「家から外に出してくれない」と書いてあった。監禁でもされていたのだろうか。

「プッ、アッハハハハハ! なんだこれ、『魔導書』とか、意味わかんねー!」

 隣で表紙を開いた賢が笑っている。

「いやー、笑った笑った。まじありえねーよ、魔導書とか。痛くて目も当てられないわー。おい、薫。そんなもん置いといて早く歩け」

 賢はすでに本を投げ捨てていた。

 本を閉じて地面に置く。ほとんど読みきっていたから問題は無い。

 この日記を書いた子は精神異常者だったのだろうか。途中から筆跡も乱れ、意味の分からない言葉が並んでいた。魂? 悪魔? 妄想癖でもあったのかな。

 そんなことを考えながら道をまっすぐ進んでいく。

 すると、白い光が漏れている部屋を見つけた。警察は持っていかなかったのだろうか?

「おい、薫。お前あの中見てこい」

 ほら、危険かもしれないことをするのは、全部僕がやらされる。

 ゆっくりと部屋のドアに近づく。

 よく見ると、ドアは若干開いていた。

 そっと、ドアノブに手を伸ばす。

 ノブに手が掛かりそうなときだった。

「う゛……、ヴァァァアアアア!」

 突然のうなり声。それと、


 ドガンッ!


 強烈な衝撃。目の前のドアが勢いよく開いたのだ。

 驚いて思わず飛び上がる。

 開いたドアからは、人型をした黒いもやが立っていた。それがこちらを見ている。目は無いはずなのに、こちら側を見ているのが分かった。

 そのもやはゆっくりとこちらに手を伸ばしてきた。

 掴まれないように一歩後ずさる。

 すると、もやはぴたりと動きを止めた。

 そのとき、パタパタと誰かが走り出す音が聞こえた。それと一緒に、黒いもやも動き出した。

 その動きはゆっくりとしていたが、どう見てもこちらを捕まえようとする動きだった。

「っ!」

 息をのんで踵を返す。そして迷わず走り出す。「あれに捕まったら殺される」と思った。

 視界の端に賢が見えた。スマートフォンを持って撮影していたせいかもたついている。

 賢の横を通り抜けようとしたときだった。

「いっづ!」

 盛大に転んだ。いや、正確には転ばされた。

「おまえは囮になってろ」

 スマートフォンをしまった賢が僕に向かってそう吐き捨て走り去る。

 一歩、二歩と賢が遠くなっていく。後ろからはもやが追ってきているのが分かる。

 賢が三歩目を踏み出したときだった。急に賢の体が倒れる。そして、ビチャッと湿っぽい音が響いてきた。

 後ろから追ってきていたもやは僕の隣を通り過ぎると、そのまま廊下の向こうへ消えていった。

 呆然としつつも、服の汚れを払って立ち上がり、倒れている賢に近寄る。

 近くで見て初めて分かる。賢は赤い色をした水たまりに倒れていた。

 そして、その水たまりはまだ広がっていた。源を探して、少し視線をあげる。

 あげた視線の先には、白い芯の入った真っ赤な塊が三つ有った。

 大きな二つと小さな一つ。

 大きい塊の切断面からは今もなお赤い液体が流れ出ている。

「ひっ!」

 しりもちを付く。

 小さい塊がこちらをじっと見つめていた。賢の頭だ。

 そう、倒れた賢は下半身と上半身、そして首から上が分離していた。

 周りに広がる赤色は、間違いようもなく血だった。足下まで伝ってきて、独特の粘性を感じる。

 しりもちを付いたせいで上がった目線の先には、真っ赤な糸が二本、廊下に張られていた。

 その二本は、ちょうど腰と首ぐらいの高さの位置にあった。

 立ち上がって触ってみる。

「痛っ!」

 触った指の腹には、赤い筋が一本出来ていた。みるみる赤色は膨らみ、あるところで弾けて指をつーっと伝った。

 その糸はよく研がれた細いピアノ線だった。それがたるむこともなくピンと張られている。

 それが賢を切断したんだろう。

「なん……で?」

 賢が死んでいると分かったとき、一瞬喜びがわいた。これでもう虐められることは無くなる、と。

 でも、少し考えれば分かることだけど、通るときには無かったピアノ線が、戻ろうとしたときにはすでに張ってあるなんてどうみてもおかしい。

 普通じゃないことが起きている。そう自覚すると同時に、目の前で人がバラバラになって死んでいる事の異常さが、恐怖に変わって僕の体を襲った。

「い、いやだ……」

 じりじりと後ずさる。死にたくないと思った。

「うわっ!」

 何かに足を取られ、後ろ向きにひっくり返る。

「いてて……」

 上半身を起こして何につまずいたのか確認する。

 白い芯が見えた。滴り落ちる赤い液体が見えた。ほのかに蒸気を上げるピンク色をした肉が見えた。赤く染まった布地が見えた。

 どう見てもそれは、さっき目の前にあったはずの賢の上半身だった。

「なん……で……?」

 目の前にあった物がいつの間にか後ろにある。ほとんど目を離していないのにどうやって移動させたのか。

「いやだ……。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ……! もう、いやだ!」

 頭を抱えてうずくまり、いやだと叫ぶ。足元に血が伝ってきたが気にならない。

「こんなところ、来なければよかった……。逃げ出せばよかった……」

 後悔しても、もう遅い。すでに自分は洋館の中にいるし、目の前では賢が死んでいる。

「うぅ……」

 ひざに頭を押し付けてうめく。

 そのとき、急に地面が揺れだした。

「うわっ!」

 座っていることすら出来ない強い揺れ。這い蹲るしか出来ない。

 そんな、這い蹲った体勢で僕が見たものは、近くにいる幼い少女と、その子と僕を中心とした円形に亀裂の入った廊下だった。


         ×


 くじいた足を庇いながら、ホールの端にあったソファーに座る。

 ソファーはスプリングが飛び出てしまっていて、座り心地は悪かった。

 近くで立ってスマートフォンを弄くっている優子に声をかける。

「なぁ、優子は何で賢について行ってるんだ?」

 前から思っていた疑問を口にする。

「何で急にそんなことを? つーか、そういう修司はどーなん」

 優子は、珍しくスマートフォンから顔を上げてこちらを見てきた。

「俺か? 俺は……、何つーか、使命感みたいなものかな」

「はぁ? 使命感?」

 優子が怪訝な顔をしてこちらを見てくる。

「いやさ、賢と俺は幼なじみなんだけど、中学まではあんな性格じゃなくて、もっと優しかったんだ。それが、高校に入ってから急にあんな性格になっちまってさ」

 中学時代を思い起こしながら言葉を紡ぐ。

「独りよがりで差し出がましいのは分かってるけど、それでも、賢に昔のように戻ってほしいから一緒にいるんだよね。って、俺は優子相手に何言ってんだろうな。まったく、恥ずかしい」

 頭を掻いてそっぽを向く。

 すると、優子はスマートフォンをしまうと、俺の隣に座ってきた。

「優子がスマートフォンをしまうなんて、珍しいな」

「さっきからネットに繋がらないんよ。地震の前までは繋がってたんに」

 顔をしかめながら不満そうにつぶやいている。

「そばにいる理由……ねぇ? これといって特に無いんだよね。一緒にいておもしろいから一緒にいるだけだし」

 足を組んで背もたれにもたれながら、めんどくさそうに答える。

「あーしはそんな感じで一緒にいるかな? ま、向こうがどう思ってるのかは知らないけど」

 ふー、と息を吐き脱力している。

「そういうもんなのか。じゃあ、今日のこれはどう思う?」

 優子に尋ねてみる。

「ビミョーかな。正直あいつに興味が無いしね」

 あいつとは、薫のことだ。

「そうか」

 呟き、言葉がとぎれる。

 ホールを見回してみると、思いの外暗くなっていることに気づいた。

 携帯を取り出しライトをつける。

 何気なく、階段の上り口あたりにライトを向けてみた。

 すると、赤みがかった服を着た女の子が立っていた。

「あれ、女の子がいんじゃん。どしたん」

 優子がソファーから立ち上がりながら近寄っていく。

「お、おい、大丈夫か?」

「大丈夫だって。あーし子供とかちょー好きだから」

 そういうつもりで言ったわけじゃないんだがな。

 ライトを当てて初めて女の子がいることに気づく。ドアが開いた記憶はない。どう考えても不気味な物にしか見えないんだが。

 優子はそんな気も知らずに女の子に話しかける。

「こんなとこでどうしたん? もう、外真っ暗になってるから帰った方がいいよ」

 腰を屈めて目線をあわせながら喋っている。なんか……、こなれているな。

「お姉ちゃん達は帰らないの?」

 女の子が聞いてくる。

「うん。ちょっとここに用があってね」

 優子ははにかみながら答える。確かに、あまりつっこまれたくない理由だからな。

「ふうん、そうなんだ」

 女の子は、さして深く聞くこともなく納得していた。そして、

「じゃあ、まだしばらくここにいるつもりなんだ」

 にぃっ、と大きく口を三日月の形に歪めて笑った。

 そして、そこから見える歯は真っ赤に染まっていた。

「……え?」

 それをみた優子が、戸惑いの声と一緒に半歩下がる。

 すると、笑っていた女の子はスッと透明になって消えてしまった。

「ひっ……!」

 変な声を上げ、優子はその場でへたり込んでいる。

 かく言う俺も、目の前で女の子が消えた恐怖で若干動けずにいた。

 それでも、痛みがましになっていた足に力を入れて立ち上がり、優子のそばに近寄る。

「お、おい、大丈夫か?」

 優子の肩に手を置き言葉をかけると、カクカクと震えながら、優子がこちらに顔を向けてきた。

「ね、ねぇ。修司は今の奴、見た?」

「ああ」

 気味が悪くなってきた。俺達は幽霊を見たのだろうか。

 優子の手を取って立ち上がらせる。そして、とりあえず床ではなくソファーに座らせようと手を引く。

 その時、強い力で引っ張られつんのめる。

 何事かと思い後ろを振り返ると、優子がしゃがみ込んでいた。

「どうした? 腰でも抜けてたのか?」

 急にしゃがんだ理由を聞いてみる。

「しゅ、修司。何かに足を咬まれた……」

「え、大丈夫か? 見せてみろ。どこだ?」

 しゃがみ込んで足をのぞき込む。

「なんだ……これ?」

 優子の右足の腿に緑色をした、細長い蛇みたいなものが咬み付いていた。

 慌ててそれを外しにかかる。しかし、しっかりと食い込んでいるのか、なかなか外せない。

 思い切って胴体をちぎって外してみる。すると、簡単にちぎれて外すことが出来た。

 ちぎった部分からは、優子の物と思える血が溢れたが、この蛇みたいな物の体液はほとんど出なかった。

 転がっている頭の方を調べると、大量の赤の中に混じる少量の白い液体を見つけた。

 それはちぎれた部分から漏れている。

 手に取ってみると、ひどく粘つく。乾燥すると、松ヤニのように指が引っかかるようになった。

 植物の体液みたいだ。動く植物なんて、見たことも聞いたこともないが。

「おい、痛くないか?」

 優子の方に向き直ると、傷口からは血が結構流れている。

「若干痛い、かな?」

 優子は、額に汗をにじませながら答える。

 ポケットからハンカチを取り出して傷口を縛ってやる。

「ここで待っててくれ。俺は賢を探してくる」

 立ち上がり足の調子を確かめる。多少走り回るぐらいは大丈夫そうだ。

 賢を探しに行こうとしたときだった。

 周りからぞわぞわと何かが這い出すような音が聞こえてきた。

 怪訝に思って立ち止まる。それはまるで、大量の蛇が地面を這っているような音だった。

 目の前にあった隙間から何かが飛び出してきた。

 反射神経を全部使って首をひねる。右頬にピッ、と衝撃が走った。

 手を当てると、血がにじみ出ていた。

「あああああぁ!」

 叫び声に後ろを見る。

 視界には一直線に緑色の線が伸びている。その先端は優子の右足に繋がっていた。

 それだけじゃない。優子の足には、他にも四方八方から同じ様な物が大量に咬みついていた。

「っ! 優子!」

 あわてて駆け寄り、取り外そうと細長い胴体をつかむ。

 その時、大きく平べったい何かが、俺の体を吹き飛ばした。

「ぐっ!」

 背中を壁にしたたかと打ち付け、息が詰まる。

 目の前にある俺を吹き飛ばした物は、巨大な葉っぱだった。それが、優子に咬みついているのと同じ物から伸びている。やっぱりあれは植物なんだろう。

 植物の蔓はこちらには目もくれず、優子の足に集中している。

「ああぁぁぁあ! あああ、ああああぁぁ!」

 優子が一際大きく悲鳴をあげる。そして、


 ぶちんっ!


 少し離れていても聞こえてくる、頑丈な物が力任せにちぎられる音。

 その二つの音にはじかれて優子に駆け寄り、お姫様抱っこの要領で抱き上げる。特に引っかかることもなく持ち上がった。そして、すぐにその場から離れる。

 優子が俺の首に腕をまわして、小刻みに震えている。

 足が乗っている左腕は、ぬめりを帯びた液体で覆われていた。

 優子の右足は、膝関節からちぎれ、そこからあふれた液体が、俺の左腕を濡らしていた。

 体から離れた右足は、大量の蔓の中でボロボロになっていた。

 何ヶ所も噛みちぎられたせいで赤い肉が露出した足が、今もなお足に群がる蔓の間から見えた。

 ソファーにいったん座らせ、ここから逃げるために優子を背負う。

 賢達が二階で左側へ行ったのを思い出し、合流出来るだろうと考えてホールから左側に伸びている廊下へ向かう。

 ホールに落ちている木材や穴を避けるために体が揺れる度、首にまわされた腕に力が入る。極力揺らさないように気をつけて走る。

 左側に向かう廊下まで来て、曲がろうとしたときだった。

 後ろに強く引かれてつんのめる。それと同時に、優子の腕が強張った。

「ひっ、い、いやだ。修司、助けて……!」

 肩越しに振り向くと、さっき優子の足に咬みついていた奴より、数倍でかい蔓がこちらにピンと伸びていた。

 さらに、その蔓の先端は、優子の残った左足を飲み込んで覆っていた。

「ああぁぁあ! 痛い、いだいよおおぉぉ!」

 間髪を容れずに優子の悲鳴が響き渡る。そして、


 ゴキンッ!


 体を通して伝わってくる、堅い物が折れる音。それに続いて耳に響いてくるのはミチミチッという繊維のちぎれる音。

 ふいに、後ろに引いていた力が消えて、前のめりに倒れそうになる。

 蹈鞴を踏んで体勢を立て直し、蔓に向かい合う。

 足下には、ビチャビチャと液体が落ちる音が響き、赤い水たまりが広がっている。

 その原因は、くちゃくちゃと咀嚼音を聞かせてきた。

 蔓がびくんっと跳ねて、牙の生えた口から咀嚼していた物を吐き出す。

 出てきた物は、原形も留めていないほど損傷した左足だった。かろうじて残っていた靴のおかげで、それが優子の足だとわかる。

 踵を返し、廊下を走り出す。細い蔓と太い蔓、両方が落ちた優子の足を狙って咬み付いていた。

 なら、足がなくなった時、次は何が狙われるか。

「うわっ!」

 何かに足を取られ転んだ。背負っていた優子が、足の痛みと倒れた衝撃に呻く。

 何につまずいたのか確認してみるが、廊下には何も落ちていない。

 代わりに、蔓が一本、足首に巻き付いていた。

「きゃぁぁあああ!」

 背中に感じていた優子の重みが離れる。

 体を起こして後ろを見ると、ちぎれた足から血を垂らしながら、胴体に太い蔓が巻かれて、優子は宙に浮いていた。

 手を使って蔓を外そうとするほど、もがけばもがくほどに、蔓はきつく、強く締まっていく。

「ぐぅ……、うぅ……」

 優子が腕をだらんと伸ばし、歯を食いしばって痛みに耐えている。

 蔓がギチギチと音を立てながら揺れ動き、優子を何周も縛り上げていく。腕も蔓の中に埋もれ、今は指先を出すだけだ。今見えているのは、優子の顔と指先だけになった。

「ぐぅ、あああぁぁぁああ!」

 一際大きいギチリ、という音と共に優子の絶叫が響き渡る。

 隙間から見えていた指が、何かを求めるように蠢く。

「あああ、いやっ、やめ……、いいいいぃぃぃ!」

 バキ、ボキンという音と優子の悲鳴。その後に動かなくなる指先。もしかして、締め上げて潰そうとしているのか?

「痛い、やだっ、やめてよ! いやっ、い、んんん~~~~!」

 叫んでいた優子の口に、体に巻き付いているのより一回り細い蔓が猿轡のように巻きついた。

 優子は頭を強く振っている。それは、蔓を外そうとしているよりも、痛みに絶えかねて動いているように見えた。

 突如、優子の体がびくんと跳ねる。それと同時に周りの蔓が体全体を覆っていく。

 そこからはひどく凄惨なものだった。

 バキリ、ボキリといった音は当たり前。肉のつぶれるグチャッとした音や、時折覆っている蔓から飛び出る腕を引っ張って生じるぶちぶちとした音。

 途中から俺は、耳をふさぎ、目を閉じてうずくまっていた。

 どれくらい経っただろうか。何時間経ったようにも感じるし、数秒しか経っていないような気もする。

 周りから音がなくなり静かになったところで、ゆっくりと目を開ける。

 そこには、時折痙攣するだけの肉塊があった。それは、丸い小さな塊と大きな塊が二つ付いている形をしていて、小さい塊のつなぎ目近くには横に広がった裂け目があった。そして、大きな塊には蔓が巻き付いている。

 肉塊がピクリと動き、音を出す。

「……ェン……」

 ゆっくりと近寄って裂け目に耳を近づける。

「……ケ……、……ケン……」

 驚いて顔を弾かれたように肉塊から離す。コレは確かに「ケン」と言った。それも優子の声で。

 嘘だ、と固まっていると、何かが動く気配があった。

 固まった視線の先で優子だったと思える肉塊が宙に浮いていき、そのまま何本もの蔓がまた覆っていく。

 そして、ピンクがかった肌色が蔓の緑色で隠されて見えなくなった頃、


 ビチ、ビチャァァアア!


 覆っていた蔓によって潰され、大量の血液が落ちてきた。

 結構な高さから落ちてきたそれは、床で跳ねて俺の服や頬にかかっていく。時々、ビチャッと小さな肉片が落ちてくることもあった。

 俺はそれを呆然と眺めることしかできなかった。


 落ちてくる血液も無くなり、蔓が肉塊を全てその体に納めた頃、俺は呆然としたままその場を動けないでいた。

 蔓は、優子を喰ってもまだ満足しないのか、先端にある牙の生え揃った口を動かしながらゆっくりと近付いてくる。

 そして、俺はその近付いてくる蔓を焦点の合わない目で見ていた。

 目と鼻の先に、優子を喰った蔓が俺も喰おうと動いている。

 ふと、蔓の動きが止まり、ゆったりとした動きで俺から離れていった。そして、そのままスルスルと廊下の影に消えていった。

「助かった……のか?」

 優子の血が残る廊下を見つめて呟く。その時に、


 バキッ、ガラガラ!


「えっ?」

 頭上の異音を聞いて見上げると、自分がいるところ一帯に二階が降ってきた。


        ×


 薫は、気付くと明るい日差しの中にいた。

「……あれ? さっきまで古い洋館にいたはずじゃ」

 辺りを見回すと、そこはどこかの小学校だと分かった。間取りや建物の形から、人目に付きにくい校舎の裏手らしい。

 周りの植物は、まだあまり生えておらず、近くの桜には、これから芽吹くであろう新芽が膨らんでいた。

 視線を前に向けると、女の子が一人そわそわとしながら佇んでいた。体格から、小学校高学年だろうか。

 しばらくすると、一人の男の子がやって来た。

 その男の子は薫の体を通り抜け、女の子の元に向かう。

(そうか、ここは夢の中か何かなんだ)

 薫は妙に納得しながら、二人の会話に耳を傾けた。

「す、好きです! 付き合って下さい!」

 女の子が手に持っていたものを渡しながら告白する。きれいにラッピングされたそれは、甘い香りの漂うチョコレートだった。そこで薫は、この夢がバレンタインデーだと気付く。

 一秒、二秒と時が過ぎていく。一迅の風が二人の間を通り過ぎ、芽吹き始めたばかりの草を揺らしていく。

 男の子が腕を上げ、頬を掻きながら答える。

「えー、やだなー。だって女子とつるんでるとかカッコ悪いじゃん」

「え……?」

「周りに女子とつるんでる奴いねーし。そんなんもわかんねぇとか、バカじゃねーの?」

「…………」

「じゃ、そーゆーことで」

 男の子が背を向けて立ち去ろうとする。

「なん……で……」

「ん?」

 男の子が何を言われたのか聞き取れず、足を止める。

 そして、聞き返すために振り返ろうとしたときに、それは起こった。

「ぅ……ぐぉ……」

 女の子の腕が、男の子の首まで伸びて絞めていた。

「どう……して、どうして……なの。ねぇ、どうしてなのよ!」

 女の子が、こちらにぎりぎりと音が聞こえそうなほど、手に力を入れる。

(それ以上は駄目だ!)

 薫が駆け出し、女の子の手を解こうとする。しかし、解くために掲げた腕は、女の子に触れることなくすり抜けていった。

(そうか、これは夢だったか……)

 薫は、あまりにも現実味がありすぎるせいで、これが夢であることを忘れていた。

 その間にも、男の子の首は絞まっていく。

 薫は、これが夢であると分かっていてもそわそわしてしまう。

「う……、がぁ……ゴボ……」

 空気が漏れるような音が聞こえ、男の子が膝から崩れ落ちる。あまりの衝撃に、薫は目を背けたくなった。だが、背けてはいけない気もしていた。

 持ち上げられたままの女の子の手には、真っ赤な血がべったりと付いていた。

 倒れた男の子が仰向けになる。

「ヒュー……、ヒュゴポ……、ゴバゴボ……」

 どうやら気管に穴が開いているらしく、何か喋ろうとする度に息が漏れ、ゴボゴボと詰まった排水口のような音を周りに響かせていた。

 女の子が震えながら自分の手を見る。

「やっちゃった……。やっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃったやっちゃった」

 そして、ゆっくりと顔を覆いながら壊れたラジカセのように同じ言葉をつぶやき続ける。

 その隣で、男の子は穴から入ってくる血液でのどがふさがり、ゆっくりと目を濁らせていった。

「やっちゃったやっちゃったやっちゃった……。好きだったのに」

 そして視界が暗転し、薫は意識を手放した。


 次に気付くと、薫は洋館の中にいた。しかし、そこは明るく、床も天井も穴や割れ目は無かった。

 薫は、これも夢なんだな、と思いながら周りを見回す。

 そこには、男の子を絞め殺した女の子がいた。傍らに立つ半袖シャツの男性と何か話している。

「いいかい、結香。結香はこれからお外に出てはいけないよ」

「……どうしてお外に出てはいけないの、お父様」

 どうやら、女の子の名前は結香で、隣にいる男性は女の子、――結香の父親らしい。

「それは……」

 父親が渋い顔をして言いよどんでいる。

「結香、この間のバレンタインデーの事は覚えているかい?」

「バレンタイン? んー、わかんない。何かあったの?」

「……そうか。いや、何でもないさ」

 父親は渋い顔のままあごを撫で、何を言うべきで何が言わざるべきか悩んでいた。

 思案し終わったのかあごを撫でていた腕をおろし、目線の高さを結香に合わせる。

「とにかく、お外には出てはいけない。分かったね、結香」

「……はい」

 結香が若干不服そうにしながらも返事をする。

「うん。いい子だ」

 父親は立ち上がり、結香を抱き寄せながら頭を撫でた。

「今外に出たら、結香はつらい思いをしてしまう。確かに結香のしてしまった事はとても大変な事だ。でも、それでも、お父さんは結香につらい思いをしてほしくない……」

「……私がしたことってなに、お父様?」

「大丈夫、考えなくて良い……」

 そう言って父親は抱きしめていた腕に力を込めた。

「お父様、苦しい」

「ん? ああ、ごめんごめん」

 腕の力を抜いて結香を解放する。

「よし、お父さんが本をあげよう。自分の部屋で読むと良い。結香、付いてきなさい」

 最後に頭を少し雑に撫で、父親は歩き出す。

「お父様、ありがとう!」

 そして、その後ろを笑顔の結香が付いていった。

(仲の良い親子だな)

 薫は、そこでまた視界が暗転するのを感じ、流れに身を任せた。


 先の二回と同じように、いきなり時間が経っていた。

(今は、……冬か?)

 辺りは暗く、目の前には長袖を着た父親が椅子に座って、電話をしながら何か手元の紙に書いていた。

「ええ、はい、そうですか。わかりました。ありがとうございます」

 電話を切りペンを置くと、深く椅子に腰掛けて小さくため息をついた。

「お父様、どうしたの?」

 後ろから声が聞こえて薫が振り向くと、そこには少しだけ扉を開いて結香が立っていた。

「結香、こんな時間にどうしたんだ? 怖い夢でも見たのかい?」

 父親は薫をすり抜けて扉まで向かい、結香を抱き抱えて椅子に座った。

「ううん、お父様の話し声が聞こえたから気になって見に来たの」

「そうか、ありがとう。よし、お父さんがお布団までこのまま連れて行ってやろう。しっかり捕まっておきなさい」

 父親は、結香をお姫様抱っこして立ち上がった。

「ねぇ、お父様?」

 結香が立ち上がった父親に尋ねる。

「うん、なんだい?」

「お父様、明日は私はお外に出られるの?」

 その問いを聞いたとたん、父親は力なく笑った。

「ごめんよ、結香。まだ、まだ駄目なんだ」

「……」

「また本を買ってあげよう。次はお姫様のお話でいいかな?」

「……うん、ありがと、お父様」

「ああ、すまないね。本ぐらいしか買ってあげられる物が無くて」

「ううん、そんなことないよ。お父様、大好き」

 そう喋りながら二人は廊下の向こうに消えた。

 しばらくして、父親が戻ってくる。その顔は固まっていた。

 再び椅子についた父親は机にひじを突き、こめかみに手を当てながら呟いた。

「まだ、バレンタインの時の事件が下火にならない。さっきの友人からの電話で知ったが、ネット上に糾弾するサイトまで作られているなんて、どういうことだ……」

 そして、そのまま腕を伸ばして電話を取ると、またどこかと電話をし始めた。

 そこでまた、薫は視界が暗くなっていった。


        ×


 体じゅうの痛みで目が覚めた。瓦礫の上で寝ている。

 上を見るとパラパラと埃が落ちてくる。辺りは暗く、近くに落ちていた携帯のライトでかろうじて手元周辺が見える。

「ここは……、一階? 確か賢が倒れた時に地震があって、それで……、僕は落ちてきたのか?」

 携帯を手に取りつつ上を見ると、ぽっかりと穴が空いている。

「なんか、結構長い夢を見ていた気がするな」

 見たことない女の子の夢。父親との親子愛が強かった。この洋館が舞台だったのが気になる。

「って、そんな事より、早くこの洋館を出て警察に連絡しないと」

 痛む体に力を入れ、立ち上がろうとする。だが、落ちた衝撃がまだ残っていて体がふらつき、すぐに倒れ込んでしまう。

 しばらく休んでから動こうと思った矢先、ぺたぺたと足音が聞こえてきた。

 手に持っていた携帯で音が聞こてくる方を照らす。

 照らされた先には、青白い小さな足があった。それが音を立てながらこちらに向かって来ている。

 ライトを足元から頭のあたりに移動させる。しかし、あるはずの頭はなく、それどころかさっきまであった足と足音までもが消えていた。

「み~つけた!」

 すぐとなりで高い声が聞こえ、飛び上がりそうなほど驚いた。

 慌ててライトを向けると、知った顔があった。

「ゆい……か……ちゃん?」

 着ている服は違ったが、その顔は紛れもなく夢の中で見た顔と同じだった。

「あれ? 何で私の名前を知ってるの? んー、まあ、いっか。クス……きゃはは」

 結香ちゃんは、初めこそ疑問を浮かべた顔をしたものの、すぐに笑みを浮かべて笑い出した。

「もう、お兄さんが最後だよ。どうやって遊ぼっかなー」

 そう言って結香は僕を押し倒し、そのまま僕の上に座りこんだ。

「最後? 最後ってどういうことだ?」

「どういうことだって、そのままの意味だよ。他の人達はもう動かなくなっちゃった。ほら、お兄さんの下にも一人」

 指差した先を見ると、瓦礫に押しつぶされて赤く染まった修司が倒れていた。

「ひっ!」

 下半身は瓦礫に埋もれ、ぐちゃぐちゃに潰れている。間違いなく死んでいる。

「そうだ! お兄さんは包丁でお腹を開いてみよう!」

 そう言って右手で空間を掴むような動作を取る。すると、まばたきしたときには既に、右手に包丁を握っていた。

「そーれ!」

 包丁を逆手に握り直し、そのまま振り下ろして突き立てられる。へそより少し上あたりに刺さった。

「う……、ぐぁ……!」

 激痛に頭の中が真っ白になり、視界がチカチカと瞬く。

「よーい、しょっと」

 そのまま突き立てられた包丁を股の方まで下げられる。切れ味が悪いのか、肉を切っているのか引き裂いているのかわからない痛みが続く。

「あぁ……、がぁ、ぎぃ……」

 痛みに出るのは、情けない呻き声だけだった。

「うーん、切りにくいなぁ。……あ、まだ起きてる? まだしばらく起きててね。静かになったらつまらないから」

 刺さったままの包丁から手を離し、僕の顔をのぞき込んでくる。

「どう……して」

「ん?」

 お腹の痛みに歯を食いしばりながら、必死に言葉を紡ぐ。

「どうして……、どうして君は……こんな事をする……んだ?」

「何でって、ここが私の場所だからだよ」

「どう……ゆう……こと?」

「ここはね、私の世界なの!」

 結香ちゃんは、自分の宝物を自慢する子供のように目を輝かせながら、僕に説明してくれる。

「この世界は私が作ったの! 大嫌いなお父様の書斎に入った時に見つけた魔法の本で! 私をお外に出してくれない人達はここを作るときの材料にしちゃった。でもね、作ったは良いんだけど、ここでもお外には出られなかったの。でもね、ちょっと前にお兄さんみたいな人たちが四人来たの。で、その人たちを殺したらこの世界の燃料になったみたいでね。お外に出られるようになってたんだ。だから、次はお兄さん達を殺して燃料にするの。死体は私がお人形として遊ぶから、出来るだけ動かないで傷つかないようにしてね? それじゃあ、お兄さんの解剖を再開しまーす!」

 結香ちゃんは話し終わると、僕のお腹に手を入れてきた。

「う、がぁ、ああぁぁあぁ!」

 痛みに体をよじる。

「ああ、もう。動かないでって言ったのにー。ほら、押さえて」

 何かが手足に巻きつき、すごい力で押さえつけられる。

 視界にちらと映った手足を押さえている物は、血の気を失った腕だった。

「そーれ!」

 結香ちゃんがお腹の中で何かをつかみ、思いっきり引っ張る。

「いだっ、ぐ、あぁぁぁ!」

 ぶちぶちと音を立てながら引きちぎられた物は、くねくねとちぢれた自分の腸だった。

「うふふ、このままどんどん内臓を掻きだしていこうねぇ~? キャハハハハ!」

 結香ちゃんが、笑いながらお腹の中で手を出し入れする。

 遠くなる意識の中、あの夢に見た結香ちゃんと今目の前にいる結香ちゃん、そして、あの日記の内容が一本の線で繋がって、強烈な眠気に意識を奪われた。

次の話で完結する(予定)。

ちょっと気に食わないところがあるので書き直すかもしれません。

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