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父親失格  作者: 達城翠嵐
諸葛瞻編
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諸葛瞻編 第1話 「嫌よイヤよも」

この作品は一部日本社会の仕組みを参考にしていますが、舞台はけっして日本ではありませんので、微妙に日本のものと違っている部分があるかもしれません。ご了承ください。

「父親失格」 4年3組 諸葛瞻

僕の父は、我が国の総理大臣をやっています。   

何も知らない人たちからは偉大なる人物として崇め奉られているようですが、父親としては最低最悪です。

仕事だ仕事だと言ってまったく家に帰ってこないし、帰ってきたと思ったらまたすぐにいなくなる、

家族サービスなんて頭の中にないんじゃないか、という人です。

そういう仕事だから仕方がない、と母も兄も言っていますが、僕はそうは思いません。

なぜなら、兄の友達のお父さんは僕の父と同じ政治家という職業に就いているのに、

休みは必ず家族と一緒に過ごしているからです。

他の人ができて、父にできないなんてことは有り得ません。

諸葛孔明には、もっと人の親としての自覚を持ってほしいと常々思います。




「…それ、本当に授業で書いたのか…そりゃ宿題にもされるわな」

「だって、事実じゃないですか。

 入学式にも参観日にも運動会にも学芸会にも親子レクにも来ないんですよ、あの人は。

 法邈(ほうばくさんのお父さんは、総理やってた時でも入学式と体育祭か文化祭のどっちかには絶対に 来ていたらしいのに!劉備さん、あの人の父親代わりならなんか言ってやってくださいよ!

 僕はもうあの人を許しません!!!」

「うむ、まあ、さすがに入学式には来てほしいよな。

 だが、休みでも疲れているだろうし、そもそも休み自体が少ないし。

 孔明は見た目の通り、体力がない子だからな…」

「僕は納得しませんよ、そんな言い訳。いや、言い訳程度ならまだいい。

 あの人は何の反応もない!無視!完全無視!!実の息子に対して!!!」

「まあまあ、落ち着け、瞻。ジュースでも飲むか?」

「あ、オレンジ以外でお願いします」

「…こういうところはソックリなのだがなぁ」

「なにか?」

「いいや、なんでもないよ」


「パイナップルジュースとかあるんだが…」

「パイナップル?!」

「パイナップル。」

「…オレンジとパイナップル以外でお願いします」

「じゃあ、リンゴとブドウどっちがいい?」

「そこは英語で言わないんだ…」(結局、『リンゴ』ジュースにしました)

「ところで瞻。父さんの小さい頃のこと、知りたくはないか?」

「あの人の?なんでまた」


あれは、孔明が瞻と同じくらいの年のころ―


「え、聞きたいって言ってませんけど」

「いいから、とにかく聞きなさい」

「……」

「昔から、人に好かれない子だったんだ。好かれ方を知らない、が正しいのかもしれないがな。」




孔明が初めてうちに来た時、あれはまだ9歳か10歳で、

その少年を取り巻くものは、大人でも耐えられるか不安になるほど複雑だった。

諸葛家は地元ではかなり有名な名士の家だったが、

親は二人ともに病死、預かってくれるはずだった叔父は突然行方不明、

当時高校生の兄は江東で下宿、一回りはなれた姉は結婚して襄陽。

ほかの親戚も孔明を引き取るほどの余裕はなく、

たらい回しにされた果てがこの「くわのき」だったわけだ。

諸葛家とは遠縁でもなんでもない。孔明の叔父さん―諸葛玄っていうんだが―の、

古い友達だ、というだけで押しつけ先に認定だ。


「玄の甥っ子を、うちに?」

「ええ、もうほかに頼める方が見つからなくて…。あなたは玄さまのお友達だとうかがったので」

他に頼める方が、って、じゃああんたが引き取ったらどうだと言いかけて、やめた。

自分の目の前にいる使用人だという女は、もう泣きそうな顔をしていた。

当主が死んでから今まで、色々と苦労してきたのだろう。

話題に上っている「甥っ子」は、親戚中に頼んでも引き取ってもらえなかったような子だ。

相当な問題児らしいな。

「いきなりこのようなことをお願いするなど、無礼にもほどがあるとわかっております!でも、でも…」

必死に頭を下げる人の頼みを、拒むことはできなかった。

「頭を上げてください。その子は…孔明くんは、わたしが立派に育てて見せましょう」

このベタなセリフを聞き、使用人は先程までの表情とはうってかわり、喜悦の色をみせた。

それを見て、ああ、言ってしまったな、と思った。

後悔というわけでもないが、よく考えれば、

子育てどころか妻すら持っていない30代の男に10歳児を育てられるのか?


翌日、夕方ごろに、小さなリュックを背負っただけの美少年がうちを訪れた。

家具などの荷物は午前中にすべて運び終わっている。

彼は大人に劣らぬ挨拶を軽くかわしたあと、瞳から暗い光を放ちながら階段を静かに上がっていった。

部屋にこもって何をしているのかと思えば、ただベッドの上でうつ伏せになっているだけだった。

「孔明」

初対面なのに呼び捨てていることにツッコんではいけない。

本人が『余計な気遣いはいらない』というようなことを言っていたらしいからこうなったのだ。

「…なんですか」

「ん、人の部屋に勝手に入るなとは、言わないのだな」

「言ったところで、それが守られるとは思っていませんからね」

「そうか」

親戚の間では子供らしくない、可愛くないなどと陰でけなされていたらしいが、

自分にはこのくらいでいいと感じた。

少なくとも無茶苦茶に騒ぎ立てるガキと比べればマシだろう。

それに、彼に子供らしくあれと言っても子供らしさとは何かと返されるのは目に見えている。

ちょうど20歳下の小学生に論破されるのはなんとも虚しい。

「孔明」

「まだいたんですか」

「いちゃあ悪いか」

「いいえ別に。ここはあなたの家ですから」

「おまえの家でもあるぞ。これからは」

人形のように整いすぎた顔が少しゆがんだ。

次には、てっきり好きでこんなところに来たんじゃない、とくるかと思った。

だが孔明の瞳はさらに暗さを帯び、少しつつけば涙が出てきそうだった。

「邪魔者ができてしまいましたね」

「自分を邪魔者だと思ってきたのか」

「本当のことでしょう?僕が邪魔者じゃなかったら、ここにはいないはずです」

こんなところ、と言わないだけ、こちらに気を遣っているようすはわかった。

「そんな、悲しいこと言うな。周りの目が悪かったんだ」

「なぐさめているつもりですか?」

「つもりなんかじゃない。慰めている」

「全然気が晴れないんですけど」

「慰めかたが下手だってのか」

「ええ」

「な…おま」

「だってその言い方じゃ、僕が誰にも理解されなかったという事実は変わらないでしょう?」

「……!」

「まあ、事実はどうやっても、変わるものではないのでしょうが」



「孔明」

「……」

「孔明は、食べ物の中で何が好きだ」

「なんですか急に」

「作ってやる」

「なんでもいいですよ」

「なんでも?」

「…あ、カレーライス以外でお願いします」

「なんでもよくないだろう、それじゃあ…」

「カレーと、あとナスとブロッコリー使ったもの以外で。」

「増えたぞ?!」



初日では、孔明の性格だとかそういうものは全くつかめなかった。

ただ、同年代の子供にはないものを背負っている。それだけだった。



結局その日の夕飯はハンバーグにしたんだが、あれが喜んで食べていたのは秘密だぞ。


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