どうか大人になる前に
今日は、忘年会だった。
もう何十分か後には、次の年になってしまっている。
俺の隣には、同じ職場の、そして同じ教職員の松永先生がいた。
俺は忘年会が終わった後、一人でそそくさと帰ろうとしたのだが、時間が時間という事もあって、同じ山陽線方面の者同士で帰ってください、と言う事になった。(教頭命令だ)
「雪が振ってきましたよ、どうりで寒いと思った」
彼女の言葉に反応して、上を見た。
「…本当ですね」
彼女はといえば、寒そうに手をさすっている。
「生徒たちは今ごろ、何をしているんでしょうかねー」
赤くなった顔を手で包んで彼女は言った。…生粋の教師だとおもう、この人は。
「…松永先生は、この後は?」
話をそらす為に行ったその台詞は、一体彼女にはどう聞こえただろうか。
にこり。彼女は笑った。
「さあね、旦那も彼氏もいないし、家でごろごろバラエティでも見ますよ」
「…成程」
雪は屋根の無いホームにハラハラと積もる。
彼女の細い手はもう、大分赤くなっていた。寒そうにしながら、けれど絶対にこちらを見ようとはしなかった。
「親ももう…―――死んでしまったし。特に帰る場所も無いですからね、私は」
間があいた。開けて、それは、寂しいですねといって、後悔した。
そんな事を言って、俺はどうするつもりだったのだろう。…最低だ。
それに気がついてか気が付かない振りをするためか、先生はもう一度にこりとした。
目に光を宿したまま、彼女は上を見る。
「…不思議ですね。昔は大人になればどこへでも行けると思ってたんですけど。
――今は、『大人』という名前に縛られて、どこへも行けなくなった」
子供達には、大人になる前にそれに気付いて欲しいんですよね。
そう言って、彼女は下を向いた。
「…電車が来るまで、コンビニであったまりますか」
俺はそういって、彼女にカイロを渡した。
自分では何となく気に入っている作品です。同時に、何も悩まずにさらっと書いた作品でも有ります(笑)