親の顔が見てみたい
アリル達の「エルフの里が見てみたい!」という要望に応えて迷いの森を進むこと2日。
明け方の清々しい空気の中、入口をくぐった三人はポカンと口を開けたまま立ち止まっていた。
分かる、里入った途端視界が開けるもんな。自分も初めて来た時同じ感じだったし。
「いらっしゃい、あれ?」
里の入り口で番をしている二人のエルフの男性が、ネルを見て首を傾げた。
「ミミンさん!シーラさん!久しぶり!!」
「……ネル、か?そうか!大きくなったなぁ!!」
「里を出てまだ、ええと、三年だろ?たったそれだけでこんなに背が伸びるなんてなぁ」
たった三年、ここの人たちは相変わらずだ。
そしてネルの身長は拳一つ分伸びたかどうかって程度である。
苦笑しながら見守ってた自分の袖をネルが引っ張った。
「ボクよりヒィロの方がおっきくなったよ!ほら!!」
「ヒィロってぇと、ロシュの息子か?」
「どこ?」
自分達一行を見回す二人、いまだに動かない三人まで首を回して、再び目線が自分へと戻った。
「ども、ヒィロです。お久しぶり?」
頭を下げて、再び上げても門番二人は動かない。
「……あの?」
「そうかぁ……やっぱ、人間は早いなぁ……」
「さっきロシュが向こう行くの見たから、呼んできてやる」
なぜか朝日の中で黄昏たような二人、そのうち一人が返事も待たずにとぼとぼと歩き去っていった。
よくわかんないけど、とりあえず三人の再起動を促そう。
ネルの伯父であり、自分の育て親でもあるロシュに連れられてやってきたのは、里の中で明らかに浮いている一軒家、外の文化の体験用兼客人宿泊用としてロシュが音頭をとって建てたらしい。2階建てに見えた部分は、やけに天井の高い1つの部屋だった。
手合わせの前に、まずは軽く旅の話をしようと自分たち一人ひとりに向き合って話をする。
今まで行った迷宮とか、強敵だった魔物とか、これ、手の内解析されてるなぁ、と苦笑いしながら自分の番になった。
街の様子やどんな迷宮や魔物と遭遇したのかまでは、隣でネルが口を挟みながらの会話だったが、物価や冒険者の人数の傾向等に話が移ると、退屈になったのか即座にアリルの元へと離れていった。
「んで、去年の粉を今年のが入る前に片付けようとしてるらしくて、今年豊作だってことみんな知ってるから店頭に山積みにされた袋の値段がどんどん下がってるんだ。家があったら1年分買い込むくらいの金額。よっぽど去年は儲けたんだろうな」
「そうか。相変わらず里の外は不思議だな。取れる作物の量が年によってそこまで変動するなんて……」
ふと、鼻腔を掠めたのは、魔物避けの香。見ると、ロシュの服の裾から微かな紫煙が流れていた。
微かに混ざるのは虫除けにもなるアカクキか、自分も重用してるやつだ。
さっきまで外にいたって言ってたから、蓋の閉め忘れかな?
「ヒィロ!お話長い~」
痺れを切らせたネルが後ろから飛びついてきて、慌てて前の床へと手をついた。
「うわっ!?ちょ、ネル!?」
「……すん、あれ?この匂い…あっ!おじさん、ずるい!!」
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ネルがヒィロに飛びついた瞬間に、僕たち全員の動きが固まった。
床につこうとしたヒィロの腕がかくりと折れて、その身体が床へと向かうのを掬うように抱え上げるロシュさん。
「ネル、この子あっちに寄せとくから、ちゃんと守っときなさい」
その腕の中におさまったヒィロの手足がゆらゆらと揺れていて、完全に意識が飛んでることがわかった。
「え、ヒィロ!?」
アリルが慌てて駆け寄ろうとしてシスに腕を引かれて止められる。
「おじさん!手合わせするんじゃなかったの!?」
「ん?手合わせ、というか……教育、かな?」
ネルに背中をぽかぽかと叩かれながら、無防備に僕たちへと背を向ける。その様子から敵意は感じない。
「ちょっと、ネル!ヒィロ大丈夫?」
アリルの声かけに、ネルの呆れたような声。
「うん、大丈夫、えっと、なんていうかね、ヒィロ専用の寝かしつけの香だから、多分しばらく起きないけど」
ロシュさんはそっと壁際にヒィロを横たえて、ネルの頭を撫でてそこへと待機させた。そしてゆっくり振り返る。
「さて、冒険者として覚えておくといい。多対一の時は、一番初めに指揮官を排除する。一対一を複数の状態にすることで生還率が上がる」
そして、容赦のない教育という名のしごきが始まった……。
僕たちにそれぞれ練習用の武器を選ばせ、十数歩の距離で向かい合う。この状態でふっつーに手合わせやるらしい、なんだこの人! マイペースか!?
「まずは盾を用意する」
言うが早いかロシュさんが距離を詰め、迷いなく木剣をアリルに向けて薙ぎ払った。
それを勢いよく弾き返そうとしたアリルが若干体勢を崩す。
そのまま、距離を取るでもなく軽く見える応酬と重い木剣同士がぶつかる音が響く。
くっそ、やけに位置が入れ替わって予測がつかない。これは、牽制に魔法打ち込むとむしろアリルの足引っ張るか?
僕が躊躇していると、いつもなら補助に入っているはずのシスも手を出しあぐねてることに気づいた。
盾って……そう言うことか!?
くるりと場所を入れ替えて、突然目の前にはロシュさんの背中、その距離に魔法を叩き込むべきか、逃げるべきかを決めかねていると、急にこちらに向き直って額を指先で小突かれた。
「はい、サマル退場。魔法使いがこの距離まで近付かれるのも、近づけさせるのも失格」
「は?」
呆然と口を開けていると、ネルが手招きしている姿が目に入る。
退場者はあそこで待機するらしい。
トボトボと壁際に向かい、ネルの隣に腰を下ろす。
「ヒィロは?」
「寝てる~、ぐっすり」
確かに、ネルの膝を枕に口を半開きにして熟睡中だ。
「寝かしつけ用の香ってなんなん? そんなやばい薬?」
「ん~、むしろかな~り弱いやつ。ヒィロは使われてるって気づくと寝ないから、極力成分減らして、代わりにヒィロの好きな種類の草とか花とか混ぜてあるんだって。ちっちゃい頃から寝れない時とかに使ってたらしいよ」
あぁ、好きな匂いだとむしろ深く吸っちゃうってやつかな?
「なんか、ズルくね?」
「でしょ? だからボクもズルいって言ったの!」
それから程なくして、シスが同様にアリルの体を障害物として使われて足を払われ、その直後にアリルも木剣を跳ね飛ばされて終わった。
「「「はぁ……」」」
手も足も出なかったことにため息を吐く僕たち三人に容赦のない声がかけられた。
「相談の時間は終わったかな? 次やろうか」
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気づいた時には夕方だった。
「お前の育て親って、ほんっと癖が強いのが多いよな!!」
起き抜けの、回らない頭にぶつけられたサマルの第一声。
「へ?……あ?喧嘩売ってんなら買うけど?」
「そんな気力残ってねぇ……」
うめくようなシスの言葉に見回すと、なぜか全員疲労困憊でぐったりしていた。
何でこいつらこんななってんだ?
翌日、再びの手合わせに燃える三人に付き合わされ、再びやってきた宿泊用の建物、なぜか三人が自分の前に立ち、ネルに腕を掴まれている。
「あの?」
「ヒィロはおじさんとおしゃべりするの禁止!今日は勝つんだから!!」
ネルの強い口調に口をつぐんだ。昨日何があったのかとか聞いても答えないし、ほんと、ロシュにどうあしらわれたんだか。
短めの木剣を手にして対峙する。
一対五とかちょっと卑怯な気もするが、ま、やるからには勝ちに行かないと失礼だ。
「シス!まずお前が突っ込んでロシュの相手な、そんで、サマルは自分の後ろ、アリルはシスとロシュに巻き込まれない、けどあと一歩で手が出せるって位置キープな。あと、ロシュを中心として自分の、というかサマルの反対側、できる限りその位置を取ること」
「ヒィロ、こっちまで丸聞こえなんだが……」
ロシュの呆れたような声。でも、それに自分は笑って見せた。
「聞こえても問題ないからね。シス、アリル、場所だけ気をつけたらあとは自由裁量な。サマルは、まぁ、手加減だけはしっかり頼んだ」
そうして始まった二度目の、自分にとっては一度目の手合わせ。
基本はシスに任せ、アリルのちょっかいに合わせて大外を静かに回る。
「サマル」
向こうに気づかれない程度の声量。
「基本は水、特に外したと見せかけて足元にばら撒く。ある程度広範囲に広がったら、シスごと靴を凍らせる」
「りょか」
こうして、一度目は足場を凍らせた時点でロシュの降参が宣言された。
「むぅ……」
頬を膨らませているのは、見てるだけでなんの貢献もしなかったとおかんむりのネル。
「いや、別にネルが役立たずとかじゃなくてさ、ほら、ネルは治癒師だろ?怪我した時に治してくれるのがお仕事……」
自分が機嫌を取ろうと頭に伸ばした手はあえなく振り払われた。
「ボク、魔法も出来るし! 弓だってあるし!!」
「いや、その、弓は殺傷能力が高すぎるから」
特に矢尻に細工して、刺さりやすく抉りやすい状態に魔改造したあれは、人に向けるには危険すぎる。まぁ、作ったの自分だけど。
「じゃぁ魔法!!」
「魔法かぁ……じゃ、ちょっと考えようか?」
「うん!」
魔法改造中
「ん~、嫌な音を十倍くらいにしたら耳塞ぐから手が使えなくなるんじゃないか?」
「わかった!十倍くらいね、音の十倍ってどれくらいなんだろ、ま、いっか」
「うーん、全員が喰らうとまずいからな、ロシュ専用ってことで、かなり高めの音で、人間には聞こえなくてエルフなら聞こえる音にしよう」
「わかった、すっごく高い音だね」
「ネルの耳は自分が塞ぐことにすれば大丈夫かな?」
「うん!お願い!!」
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二戦目、開始と同時にネルが魔法を行使した。
「風よ!うにゃっ!?」
「ぐっ!?」
「うぁ!?」
響いた三者三様のうめき声。
そして、ロシュとネル、さらにはヒィロの三人がその場で崩れ落ちた。
「え!?何?何!?」
「て、敵襲!?ヒィロ!ネル!?ロシュさん!?」
「とに、とにかく治癒魔法!三人共ここ並べて!!」
残されたアリルとシスと僕の三人が慌てふためく中、続々と先ほどの騒音はなんだったのかと里のエルフ達が集まり出していることを、誰も知らなかった。
「対エルフ用の音域でなんでお前もやられてんだよ?」
ヒィロのそばにしゃがみ込んで、僕は呆れたようにため息を吐く。
「やめ……ちょ、しゃべんな……」
返ってきたのは蚊の鳴くような声。
意識は戻ったらしい。
残り二人はまだ呼びかけに反応はない。
「どういう状況?治癒魔法で治せるやつ?」
唯一の情報源から何かしら対処法を聞き出そうとしたのだが、
「……車酔いの酷いやつ、魔法、無理」
最後の気力を振り絞ってそれだけ伝え、残り二人と同様に、ヒィロは床へと沈んだ。




