『玉子』
花火職人のお話です
今日は、年に一回の、N町内の花火大会である。
N町内の花火は、町内の住民のみならず、近隣の町村民までが楽しみにしている、大きな花火大会である。
N町は、昔は花火職人の町で、腕のいい職人が
沢山いた。なんでも、ここのお殿様ご用達の品も作っていたそうだ。いまでは、ほんの数人の職人しかいないが。
しかし、伝統の腕と、職人気質は健在だ。
花火玉のひとつ1つをまるで我が子のように作っていく。そんな、花火大会だ。今年も、大勢の人出でにぎわっている。
花火大会のある河川敷には、いろいろな夜店が並び、人の流れでごったがいしている。
玉子は、花火職人の娘の一人である。
玉子は、今日始めて父に連れられて、花火大会に来た。
母がいないので、花火が打ちあがる場所のすぐそばに腰をおろし、ついさっきまで、花火の準備風景をぼんやり眺めていた。
本当は、父の手伝いがしたかったのだが、一声のもとに怒られてしまった。
準備が終わったみたい。
開始の合図が、父のもとから周囲に送られている。父の引き締まった顔が見えた。
何本かの筒に続けて火が付けられた。
「ドドドッーーン」
今まで、ざわめいていた観客が一斉に水を打ったかのように静まり返った。そして・・・
夜空に大きな大輪の花が咲いた。
1つ、2つ、3つ・・・重なり合う大輪は、夜空の星座を消し去ってしまう。
玉子は瞬きも忘れて、花火に見入ってしまった。
連続で、次々と打ち上げられる花火、川面に映る輝き。・・・きれい・・・玉子の口から、言葉がこぼれた。
ふと、父を見ると。父の顔は、花火の筒に向けられたきりだ。真一文字の口が更に引き締められて、作業を進めている。まるで、玉子の存在など忘れたかのようだ。
ちょっと、つまんない。花火には連れて来てくれたけど、お父さん、玉子にニッコリともしてくれないんだもの。
花火は、次々に打ち上げられていく。
周囲には、家族連れで来た人たちの楽しそうな笑顔が花火に映し出されていた。
美しい花火は続いているが、玉子は少し悲しくなった。
お父さん、ニッコリしてくれないかな。
父の謹厳な顔は、相変わらず玉子に向けられることはない。
時間が過ぎ、そろそろ、花火も終わりの頃が近づいてきた。
あれ、お父さんがこっちに来るみたい。
花火職人は、玉子のそばに来ると、すすで汚れた手を差し出した。
玉子は嬉しくて、汚れた手は避けて、父の胸に飛びついた。
お父さん手真っ黒だよ、めっ。
花火職人は、玉子をそのまま抱きかかえると、打ち上げ場の方へ歩き始めた。
さあ、これが今年最後の花火だ。フィナーレを飾る花火だ綺麗だぞ。
父の腕が、ぎゅっと玉子を抱きしめた。
そして・・・
玉子の体が火の玉になり、勢いよく夜空に上がった。
とてつもなく大きな花火が、最高に綺麗な花火が開いた。
親方、大成功でしたね。今年の十五寸玉の「玉子」。
父の満面の笑顔が地上に見えた。
おしまい




